107.竜騎士のヴァイオレット

 その一言にオレは思わず立ち止まり、両手で抱きかかえるようにしてココを右肩から降ろした。


「それ、本当なのか?」

「疑ってるの? 悪いけど、間違いなく本当よ」


 両手から離れたココは目の前でふわふわ飛びながら、得意げな顔でその根拠について話してくれた。


 根拠その一。妖精たちの情報網が大陸中に張り巡らされていること。好奇心旺盛な彼女たちは、興味があることに対しては危険を顧みず突入し、真偽を確かめる傾向にある。


 それは魔物や魔獣の住処だけでなく、王族や貴族が暮らす宮殿も同様で、知り得た情報は共有していくのが常だそうだ。


 根拠その二。匂いを感じないこと。……は? 何それ?


「んー……。上手くいえないんだけれど、アナタって、異邦人じゃない? 他とは違う心地よい匂いがするのよね」


 それは普通の人間族からは決して感じることの出来ない、妖精にしかわからない独特の匂いらしい。もしかしてフェロモンとか、そういう物質に近い感覚なんだろうか?


 そういえば……。ハヤトさんもその昔、妖精たちには好かれていたってジークフリートが言ってたな。オレとハヤトさんに共通する独特な匂いを、帝国では感じ取れなかったということか。


「何より、異邦人といえば人智を超えた存在として知られるもの。かつては大陸を救った英雄として、いまは不思議な作物を次々と生み出しながら開拓を進める領主として、それぞれ存在が知られているわ」

「思っていた以上に有名人だったのか、オレ」

「茶化さないの。にも関わらず、帝国にいる異邦人について、どのような能力を持っているのか誰も知らないのはどうして?」

「箝口令でも敷いているんじゃないか?」

「……あのね。やろうと思えば、王様の寝室にだって潜り込めるのよ、妖精わたしたち。秘密が守れると思う?」

「うん、ムリだな」

「とはいえ、私はレディだから、そんな下品な真似はしないけれど……」


 とにかく、と続け、ココは胸を張った。


「以上が帝国に異邦人がいないという明確な根拠。理解できたかしら?」

「ああ、よくわかったよ」


 しかし、いないとわかったらわかったで、これまた厄介なことになりそうだな。ジークフリートなんて仮定の話だけで殺気立ってたし、事実を知ったら大変なことになりそうだ。


 問題はこれから面会に行くヴァイオレットが、どの程度まで情報を知っていたかなんだけど。


「ココ、お願いがあるんだけどさ。今話してくれたこと、面会の間だけでもいいから内緒にしてくれないかな?」

「それはいいけれど……。何かするつもり?」

「たまには領主らしく、ビシッと締められるところを見せようと思ってね」


 笑いながら応じたものの、ココはキョトンとした顔を浮かべている。ま、そりゃそうか。


 着いてくればわかるさと続けて、オレたちは来賓邸の中へと足を運んだ。


***


 グレイスの案内で部屋に通されたオレたちは、ベッドへ上半身を起こしつつ、丁寧に頭を下げる女性騎士から出迎えられた。


 若干やつれていたものの、ヴァイオレットの血色はよさそうだ。背筋をピンと伸ばし、ブロンド色の美しいロングヘアはキチンと整えられている。具合が悪い中でも礼節を尽くそうとする心構えは、流石といったところだろうか。


「お見苦しい格好で申し訳ない。本来ならば身なりを整えてから礼を述べるべきなのだが……」


 ややハスキーがかった声のヴァイオレットは、申し訳なさそうに口を開いた。


「いや、気にしないでくれ。それより怪我の具合はどうかな?」

「ありがたいことに丁重な治療を施してくれたようだ。聞けばフローラも助けてくれたとか。重ねて礼を言う」


 それにしても優秀な医師が揃っているようで羨ましい限りだ、と続けるヴァイオレットの言葉に、側で控えていたクラーラがドヤ顔をオレに向けている。……わかってるって、今は大事な話をしてるところだから、な?


「改めて自己紹介をさせていただく。私は帝国軍国境都市、竜騎士団所属、ヴァイオレットだ。この度は領主殿を始め、皆さんに大変なご迷惑をおかけしてしまった」

「なあに、困った時は助け合うのが当然さ。それより、聞きたいことがあるんだが……」


 クラーラへ視線を向けると、少しの時間なら大丈夫という声が返ってくる。回復したばかりだし、負担を掛けないようにしないとなと思っていたのだが、ヴァイオレットは首を横に振って応じた。


「かまわない。立場上、私は捕虜の身だ。尋問を受けるのは当然だからな。いくらでも時間を割こう」

「そんな堅苦しく考えてもらう必要はないんだけどな……。ま、いくつか確認させてくれ」


 最初の質問は、樹海の川へ倒れ込んでいた経緯である。フローラの時と食い違うようなことがあれば追求しなければならないと考えていたものの、幸いなことに回答はまったく同じだった。


 で、問題はここからだ。


「しかしわからないな。講和の直前だったんだろ? なぜ連合王国へ攻め込む必要があったんだ?」

「国境都市を治める領主のご判断だ。私にはわからない」

「下手な動きをすれば講和自体が無くなると思うんだけど……。いち領主の判断で、そんな真似ができるのか?」

「さあ……。私はただ命令に従うまでのこと」

「そうだよな。不本意であったとしても、軍人は上に従わないといけないからな。大変な仕事だと思うよ、ホント」

「……何が言いたい?」

「ふとこんなことを考えたのさ。講和寸前に攻め込んだのは領主の判断じゃなくて、もっと上の判断、例えばそっちの国に現れた異邦人の指示なのかもなって」

「いや、そう考えるのは不思議ではない。妥当な線だろう」


 うん、ここまでは想定通り。次の質問でどう出るかによって、こちらも対応を変えないとな。


 椅子の背もたれから身を起こし、若干前のめりの姿勢になってから、オレは女性騎士へ切り出した。


「しかしなあ……。戦争を起こすために、実際は存在しない異邦人を担ぎ出すのも面倒な話だと思わないか?」


 グレイスとクラーラの驚く声が耳に届いたが、それ以上に驚愕の面持ちを浮かべていたのはヴァイオレットだった。大きく目を見開いて、口を何度かパクパクさせた後、絞り出すような声を発した。


「……どうして、貴方がそれを知っている……!?」


 ビンゴだったか。そりゃ困ったな……。事実を知らなければ、まだ対処もラクだったんだけどねえ。


 ボリボリと頭をかきむしりつつ、オレは隣で漂う妖精へ目線を送った。


「ウチの情報網は優秀でね。大陸中の様々な事を瞬時に知ることが出来るんだよ」


 本当はどうだかわからないけど、大げさに伝えた方が効果的な時もある。エヘンと胸を張るココの様子を察するに、本当にそうなのかもしれないが。


 ヴァイオレットはココを見やった後、観念したように大きくため息をつき、それから軽く肩をすくめた。


「それで。それをご存じの領主殿は、私をどうされるおつもりだろうか?」

「別にどうもしないさ。強いて言うなら、君たちを助けたい。それだけだな」

「……は?」

「知っている情報を教えてくれたら、その分、君たちを助けやすくなると思ってね」

「本気で言っておられるのか? 私は戦争を起こした当事国の軍人だぞ!?」

龍人族ウチの国には関係ないしなあ。ほら、そっちとは国交ないみたいだし。捕虜の引き渡し義務とかないんじゃないの?」

「呆れたな……。領主の権限でそんなことが出来ると……」

「出来るさ。必ず助ける」


 アレックスやダリルとも約束したからな。戦争の罪を背負わせることはしないって。ま、オレ自身もそんなつもりはさらさらないし、ただ単に本当のことが知りたいだけなんだけど。


 ま、ヴァイオレットの困惑もわからんではない。一方的に捕虜を助けるお人好しの存在とか、戸惑い以外の何者でもないだろうしね。


 どう反応していいのかわからないといった様子のヴァイオレットだったが、その膠着を打ち払うように、突如としてココが会話へ割って入る。


「もう! いちいちゴチャゴチャ言っていないで、素直にタスクを信じなさいな!」

「お、おい、ココ……?」

「いいこと? タスクに助けるつもりがないんだったら、最初っからアナタのことなんか見捨てていたのだからね!? そこのところ、しっかり理解されているのかしら!?」

「そ、それは感謝しているが……」

「それならさっさと、知っていることを素直に全部喋ってしまえばいいのよ! アナタが思っている以上にタスクは紳士なのだから! 助けると言ったら必ず助けるわ!」

「いや、ココ。いきなりそんなこと言わなくても」

「何を言っているのよタスク! もっと強気でいかなきゃダメじゃない! アナタはレディたる私が認めた男なのよ? 未来の伴侶が今からそんな調子でどうするの!?」

「誰が未来の伴侶だ、誰が」


 シリアスな空気が一転、いつものように騒がしくなってしまった……。やれやれ、少しはかっこつけさせてもらいたい場面だったんだけど、そう上手くはいかないらしい。


 とはいえ、この馬鹿馬鹿しい騒がしさはヴァイオレットに効果的だったようだ。やや間があってから、女性騎士は声を立てて笑い始める。


「いや、失礼。急に緊張感がなくなってしまったもので、つい……」

「ここではいつものことだからな……。大事な話の途中で申し訳ない……」

「いやいや。お陰で貴方という人柄が垣間見えた気がしたよ」


 すっかりと毒気の抜かれた顔でオレに向き直り、ヴァイオレットは姿勢を正した。


「……わかった。私の知っている限りのことを貴方へお話ししよう」

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