93.しらたまとあんこ

 その日の夜。


 夕飯を終えたリビングでは、新たな仲間となった『しらたま』と『あんこ』のお披露目会が行われていた。


 奥さん方は概ね「カワイイ!」という反応を示したものの、アイラだけは猫耳を伏せたまま渋い顔をしている。以前、ミュコランに酷く威嚇されていたのを覚えているらしい。


 そんな猫人族は気にしないとばかりに、二匹の小さな毛玉たちはトテトテとテーブルの上を懸命に動き回り、みゅーみゅーと愛らしく鳴くのだった。


「ボク、ミュコランの子供って初めてみました! こんなに可愛いんですねえ!」

「アハッ☆ 生まれてから二週間ぐらいまでは小さいままなんだけどネ♪ これからものすごい早さで大きくなっていくよ?」


 瞳をウルウルさせながら、リアがミュコランへ視線を向けている。やがて二匹はサキュバスの元へとその足を運んだ。


「ミュコランは警戒心が強いって話だったけど……。小さいうちは人懐っこいのね」


 クラーラがしらたまとあんこを両手ですくい上げると、エリーゼが応じる。


「このぐらいのうちに、自分を守ってくれる人の匂いを覚えるんですって。大きくなっていくにつれ、その時間がかかるらしいですよ?」

「へえ……。不思議な生き物ねえ。じゃあ、この子たちは今私たちの匂いを覚えているってことなのね」


 エリーゼはクラーラから受け取った二匹を、大事そうに胸元へ抱えた。


「おー、ヨシヨシ、カワイイでしゅねえ。ワタシがママですよー、なんて……」

「ウンウン☆ ウチらに赤ちゃんが生まれたら、こういう感じになるのかなあ★」

「ボクの赤ちゃん……」

「リアちゃんの赤ちゃん……! イイ! 実にイイわね!」


 欲望を前面に押し出したサキュバスはそう呟き、勢いよく立ち上がった。


「さあ、リアちゃん! そうと決まれば早速、私と子作りしましょう! 最初は男の子がイイ? 女の子がイイ? あ~ん、でもでも、リアちゃんとの子供だったら私どっちでも゛っ゛……!」


 ふーむ、こうやってクラーラの頭上へチョップを放つのも久しぶりだなあ。両手で頭を抑えながら痛みに耐えているクラーラは、涙目で声を上げている。


「いったー……! 何すんのよ!!」

「やかましい。オレの嫁さんに手を出そうとするからだ」

「フン! 障害があればあるほど愛は燃え上がるのよっ!」

「そうかそうか、せいぜい鎮火されないことを願うばかりだな」


 エリーゼからしらたまとあんこを受け取ったオレは、相変わらず拗ねた表情のアイラへ声を掛けた。


「で? お前はなんでさっきからそんな感じなんだ?」

「……皆、揃いも揃って、そやつらに気を許しているのが解せぬだけじゃ。よいか! いくら手を差し伸べたところで、いずれそやつらは私たちを裏切るのじゃぞ!?」

「まだ、この前のことを根に持ってるのか……。あれは大人のミュコランだから懐きにくかっただけだって」

「いいや! そやつらは猫人族が嫌いなのであろう! でなければ、おぬしに懐いて私に懐かぬ理由がわからぬ!」


 強情だなあ。こういうときは多少荒っぽく……。


「いいからホレ、お前も抱いてみって」

「わっ! こらタスク! きゅ、急にこやつらを渡してくるでないっ!」

「落とさないよう、しっかり抱っこするんだぞ?」

「ま、待てっ! いきなりそんなことを言われて……も……」


 猫人族の胸の中でも、変わらず「みゅーみゅー」と愛くるしい声を出しているしらたまとあんこ。その声が耳に届いたのか、先程までの警戒感はどこへやら、アイラはだらしない顔を浮かべ、「ほわわわわわ」という意味不明な言葉を発してから一言、


「か、かわいいのぉ……」


 と、呟くのだった。うむ、素直でよろしい。


 微笑ましい雰囲気にほっこりとしていると、その様子に我に返ったアイラは慌てた様子で弁解を始めた。


「ち、違うぞ! これは違うのだっ!」

「何がだよ?」

「お、おぬしが突然こやつらを渡してくるから! 私としても仕方なく抱きかかえているだけで!!」

「じゃあ、もう抱っこしなくていいんだな?」

「そ、そうはいっておらぬ!」


 ……強情だなあ。抱きかかえたいなら抱きかかえたいって、ハッキリ言えばいいのに。


「そ、そもそもじゃ。こやつらは確かに愛らしいとはいえ、猫の姿に変わった私の愛くるしさと比べれば、到底及びもつくまい!? な? そうであろう、タスク!?」

「何を競い合ってるんだ……。そもそももなにも、お前、最近、猫の姿になんかなってないじゃないか」

「う……」

「オレが散々猫好きだって言っていたところで、聞いてくれないしさあ」

「うぅ……」

「はぁぁぁぁ。オレだって、もう少し身近なところで、思う存分モフりたいんだけどなあ」

「うぅぅ……」


 ぷしゅぅと頭から湯気が立ち上るような勢いで、顔を真っ赤に染めたアイラは、オレを手招きすると、恥ずかしそうに耳元で囁いた。


「お、おぬしがそこまで言うなら……。あ、あとで寝室にいくからの……。そ、その時に……」

「お? おう……」


 ……その破壊力に、思わず生唾を飲み込んでしまった。別にエッチなお願いをしているワケでも何でもないんだけど、なんというかいけないことを頼んでいるみたいで、すっごくドギマギしてしまう。


 いかんいかん!! あくまで健全! 健全なお願いです!! 変な事ではありません! 慌てて自分に言い聞かせ、なんとか理性を保つことに成功。ふー、危ないところだった。


 その後。寝室にやってきたアイラは恥ずかしそうに三毛猫へと姿を変え、オレは堪能するようにその全身を撫でることが出来た。……おかしな事なんて何も言っていないはずなのに、どことなくいやらしい響きがするのは何故だろうか? オレが穢れているだけなのか……、うーむ。


 あ、そうそう。ちなみにしらたまとあんこの二匹は、三毛猫の姿になったアイラを大層気に入ったらしい。


 全く離れようとしなかったので、アイラも根負けしたみたいだ。猫の姿のままで身を丸めると、そのお腹へ埋もれるようにしらたまとあんこは眠りについた。


 見ているだけで癒される光景にオレも自然と眠気を誘われ、まどろみの中へ身を委ねるのだった。


***


 それからというもの、しらたまとあんこは領地のアイドル的存在となっていった。


 どこに行くにも、オレの後方を懸命にぴょこぴょこ歩いて付いてくる。危なっかしい足取りに、抱きかかえて移動したい気持ちが芽生えるんだけど、ベル曰く、歩くのもこの時期のミュコランには大切なトレーニングになるそうだ。


「抱っこしてはならぬぞ、タスク? 甘いままでは親は務めらぬからな?」


 尻尾をピンと伸ばしたアイラが、ドヤ顔を浮かべながら並び歩いている。初日以来、すっかり母性を刺激されたらしい猫人族は、ここ数日は狩りへ行くこともなく、しらたまとあんこに付きっきりだ。


 まったく……、どっちが甘いんだかと言いたくなる気持ちをぐっと堪え、苦笑いで応じるだけに留めておく。ま、ミュコランへの苦手意識がなくなったなら、それはそれで喜ばしいことだしな。


 そんなことを思いながら歩いていると、前方から威勢の良い声が聞こえてきた。


「お館様ぁ!!! お館様ぁぁ!!!」

「領主様! た、大変です!!」


 アレックスとダリルだ。海辺から駆け寄ってくるハーフフットの双子に、オレは落ち着くよう声を掛ける。


「お、落ち着いてなんかいられねえよ、お館様!!」

「はい! 大変なんです!!」

「何がそんなに大変なんだ?」

「う、海ぶどうが……!」

「まさか……。枯れたとか?」

「違います、逆ですよ逆! 大量に海ぶどうが実っているのです!!」

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