20.アルフレッドと忌み子と

「失礼。先程から随分と身構えられていたようなので」

「いや、その……」


 柔らかな口調のアルフレッドに対し、オレは言葉に詰まってしまう。……油断できなそうだなあと思っていたことがバレてたか。


「まあ、僕も自分の目でここを見るまでは、警戒心を剥き出しにしてましたので、人のことはいえないんですけどね」

「……そうなのか?」

「ええ。アイラさんが他の誰かと一緒なんて、長い付き合いの中でも初めての出来事ですから」


 悪意を持った連中に騙されているのではないかと勘ぐってしまいまして、と、付け加え、アルフレッドは笑った。


「でも安心しました。そのようなこともなさそうですし、何より、彼女のあんな楽しそうな顔、初めて見ましたので」

「初めて?」

「ええ。少なくとも僕は、あんな風に活き活きとしているアイラさんを見たことはないですね」

「うちではずっとあんな感じだけどな……」

「それは羨ましい。信頼されている証ですよ。いやはや、軽く嫉妬を覚えてしまいますね」


 苦笑するアルフレッド。上手くいえないが、先程までまとっていた商人の鎧を、一旦脱いで話をしているように思える。どうやら嘘はいっていないらしい。


 ……考えてみれば、オレはアイラのことをほとんど知らない。ふらっとここへやってきて、一緒に暮らし始めてからも、それで不自由はなかったし、恐らくこれからもそうだろう。


 話したいことがあればアイツから話してくるだろうし、聞きたいことがあれば直接尋ねればいい。だから、長い付き合いがあるというアルフレッドに対しても、確認しておきたいことは、たった一点だった。


「ひとつ聞いてもいいか?」

「何なりと」

「アイラが猫人族の忌み子だってことは……」

「ええ、勿論、知っていますよ。龍人族の間にも、そのような伝承を信じている者が少なからずおりますし」

「それなら、どうして取引をしてるんだ? 忌み子から仕入れた物を嫌がる客だっているだろう?」


 オレの問いに、アルフレッドはボサボサの髪の毛をかきむしりながら、微妙な表情を浮かべた。


「商いをする上で大切なのは、信用のおける相手と、信頼できる物品を売買することだけです。他の要素は必要ありませんよ」

「そういうものか」

「タスクさん。そういうあなたも、アイラさんが忌み子だと承知の上で、一緒に暮らしてらっしゃる」

「うん、まあ……」

「異邦人のあなたはご存じないかも知れませんが、猫人族に伝わる伝承は、猫人族よりむしろ人間族の方が忌み嫌っているものです。なのに、なぜ?」


 詰問するような口調で、まっすぐにオレを見据えるアルフレッド。恐らく、彼なりにアイラの事を親身に考え、心配しているのだろうということが、言葉の端々から伝わってくる。


「……オレは無神論者だしね。この世界でそんな伝承があったとしても信じないし、もしも自分に何かしら不幸なことが起きたとしても、それをアイラのせいにしようだなんて思わないよ」

「なるほど」

「それに」

「それに?」

「三毛猫、カワイイじゃんか」


 オレとしては冗談でも何でもなく、本心を言ったつもりなのだが。聞いた本人の反応としては、驚き以外の感情が浮かばなかったらしい。


 大きく目をぱちくりさせたかと思えば、三秒ほど間を空けて、アルフレッドは愉快そうに心の底から笑い声を上げ始めた。


「アッハッハッハッハ!!!! カワイイですか!! そうですか!!」

「……え? そんなにおかしいこと言ったかな、オレ?」

「いえいえ、そのようなことは決して……! 笑ったりして申し訳ない……!」

「はあ……」

「いえ……、彼女のことをそのように言ってくれる相手などいなかったものですから、つい」


 ……何か変なことでも言ったのかと気にしているオレに、笑い声を収め、呼吸を整えたアルフレッドは、表情を改めて向き直る。


「いや、大変失礼しました。あなたのように、純粋な気持ちでアイラさんと接してくれる人がいたかと、嬉しくなってしまいまして……」

「それにしては笑いすぎじゃね?」

「僕にとって、こんなに嬉しいことはないですからね。長い付き合い、ということもありますが、こう見えて、彼女のことを妹のように思っていますので」

「妹?」

「ええ。アイラさんが聞いたら怒るかも知れませんがね。妹に幸せになって欲しいと願うのは、兄としての本心ですよ」


 アルフレッドは目を細める。長い付き合いがある彼なりに、何か思うことがあるのかもしれない。

 そうこうしているうちに、アイラが家から姿を現した。取引するものが入っているであろう袋を片手に、こちらに手を振っている。


「あなたとは商売を抜きに、ゆっくりとお話をしたいものです。機会があれば、お付き合いいただけますか?」

「もちろん。オレで良ければ」

「よかった。あ、先程の話、アイラさんにはくれぐれもご内密に……」

「大丈夫。わかってるよ」


 アイラには聞こえないぐらいの声を交わし合いながら、オレたちはぴょこぴょこと尻尾を揺らしながらやってくる、三毛柄の猫人族を迎えるのだった。


***


 サンプル用の丸麦、それからアイラが狩りで捕ったイノシシの牙など、それぞれの数量を確認しながら、アルフレッドは台帳に書き記していく。


「丸麦はお預かりさせていただくとして。スピアボアの牙が二点、魔石の小サイズが五点、中サイズが三点、と。今回、毛皮のお取引はないのですか?」

「ない。裁縫と加工のできるやつが同居人におってな。今後もそやつへ預けることにした」

「そうですか。それは残念ですね」


 二人のやり取りを聞きながら、オレは尋ねた。


「スピアボアって、もしかして、この前の狩りの時に出てきたイノシシのことか?」

「そうじゃ。牙も立派な取引品なのじゃよ」

「主に薬の材料や魔法の媒体として使われましてね。このぐらいのサイズはなかなかお目にかかれないので重宝しますよ」

「それじゃあ、魔石っていうのは?」

「読んで字のごとく、魔物の体内にある石の事じゃ」

「なるほど。全然わからん」

「具体的に解明はできていないのですが、いわゆるモンスターと呼ばれる生命体の中には、魔力の貯蔵庫のようなものがありまして」

「それが魔石?」

「ええ。純度が高いものほど宝石のような輝きを帯びているのです。これもなかなかに貴重品ですよ」


 二つの太陽へ魔石を照らしながら、アルフレッドは満足げな顔を見せる。用途を聞いたところでピンとこないだろうし、モンスター退治も専門外だ。アイラに任せるとしよう、うん。


「ところで、本日はどうされますか。金銭か、それとも物品か。どちらで取引なさいます?」

「そうじゃのぅ……。おい、タスク」

「どうした?」

「おぬし、何か欲しいものがあるかえ?」

「欲しいものならあるけどさ。アイラが狩りで捕ったものだろ? お前が欲しいものを取引するべきじゃないか?」

「阿呆ぅ。イノシシはおぬしと二人で獲ったものじゃろうが」


 ……いや、あなたが一方的に倒してましたけどね、それも一瞬で。という、ツッコミを言うより早く、アイラは続ける。


「一緒に暮らしておるんじゃ。生活品なら私も使うし、取引の内容はおぬしに任せる」

「それはありがたいけど……」

「ではタスクさん。こちらが今現在、私が用意できる品物になります」


 話は決まったとばかりに、笑顔で紙を差し出すアルフレッド。アイラがそれでいいなら、オレが決めちゃうけどさ。本当にいいのかな?


 ……まあ、チラリとアイラの方を見たら、いつもみたいに大あくびをして、眠そうにしてるので、いいんだろうな……。うん、それならこっちで決めさせてもらおう。


 アルフレッドから受け取った紙には、様々な品目が書かれていて、どれも目移りしてしまうのだが。とりあえず、不足しているものを中心に生活用品と交換することに決めた。


 野菜と果物といった生鮮食品、四人分の衣服やタオルに靴、油と重曹、石けんなど。あればあるだけ助かるものを重点的に頼むと、アルフレッドは指を鳴らし、空中から巨大な鞄をいくつも出現させて、それらを次々に用意し始めた。


「ご要望のものがありましたら、次回までに用意しておきますよ。」

「次回って、またアイラに頼んで呼び出せばいいのか?」

「いえいえ。お預かりしている丸麦の事もありますし、僕から伺いますよ。そうですねえ、一週間後などはいかがですか?」


 特に問題ないので了承し、その際、野菜の苗や果物の苗、それに鉄製の調理器具を用意できないか聞いてみると、アルフレッドは笑顔で応じる。


「わかりました。お気に召すようなものを見繕うことにしましょう。どうぞお楽しみに」


 そうして、もう一度指を鳴らし、宙に浮かんだ鞄を一瞬にして消してしまう。うーむ、つくづく魔法っていうのは便利なものだなあ。ある種のチートみたいなものじゃないのか、これ。


 ……魔法が使えるようになるような道具を頼めば良かったかな、とか、そんなことを考えていると、帰り支度を整えたアルフレッドから声をかけられる。


「それでは僕はこれで。次回は普通にやってきますので、ご安心ください」

「そうじゃな。できるだけ静かに頼むぞ」

「ええ、心がけます。残りのお二人には申し訳なかったと、くれぐれもよろしくお伝えください」

「わかった。伝えておくよ」


 安堵したようにニッコリ微笑んだアルフレッドは、メガネのズレを手で直してから、再びドラゴンの姿へ変化し、大空に羽ばたき、西の彼方へ飛び去っていく。


 ついこの間、サラリーマンとして生活していた時には、創作の中のものとしてイメージしていた、巨大なドラゴンの後ろ姿という非現実的な光景を眺めながら、「ああ。本当に異世界で生活しているんだな」とか、オレはそんなことをぼんやり考えていた。

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