Chapter 59:曜日別イベント
「相変わらず賑わってますね」
店のカウンターにローブ姿の女性が顔を出したのは夜の分のポーションが売り切れた時だった。
彼女は攻撃魔法に特化した魔法使いで、一番最初に露店でポーションジュースの試飲をしてくれた人だ。
“美味しい”によほど感動したのか、同じ冒険グループの仲間プレイヤーのみならずゲーム内掲示板やSNSで拡散してくれたのも彼女らしい。
名前はシトリン、相変わらず丈の短いローブの下はアラビア風の踊り子さんみたいな衣装を着ている。
褐色な肌色の豊満なラインが眩しいので俺は意識して視線を下に向けないように注意しながら口を開いた。
「シトリンさん、どうも。
でもすみません。
さっき出ていったお客さんで今日の分のポーションは売り切ってしまったんですよ」
空になった冷蔵機能付きショーケースに触れつつ苦笑いを浮かべて謝る。
本日分のポーションは売り切れてしまったのでポーション目的のお客さんは彼女以外もう店内にはいない。
相変わらず人が居るのは柊さんが持ち込んだアイテムが並んでいる輸入品コーナーとポンタコーナーだけだ。
ちなみにオパールは奥で明日の分のポーションジュースの仕込みをしてくれているのでカウンターにはいない。
「あら、それは残念。
それで新味のポーションの開発具合は?」
きた。
シトリンさんは移転してからもちょこちょこと顔を出してはポーションの新味をリサーチしにくるのですっかり顔馴染みだ。
閉店間際の時間帯ということもあってかポーションの売り切れはすでに見越していたようで、シトリンさんはそれほどショックを受けた顔はしていない。
どちらかと言えば新作のポーションジュースが出てないか確かめにきたというのが本題だったのだろう。
まぁ感激のあまり勢い余ってゲーム外でも拡散してくれたみたいだし、それだけポーションジュースを気に入ってくれたのなら、俺としても悪い気はしない。
それでもやはり人手が足りないという現実に変わりはないのでおいそれと増やせたりはしないのだが。
「うーん、もうちょっとですかね」
苦笑いで名言を避ける。
これもいつも通りのやりとりだ。
人手さえあれば生産量の増加も商品の種類も増やせるが、現状どちらも追いついていない。
わざわざ足を運んでくれるお客さんには悪いと思いつつも、安易にレシピの無料公開をすると以前のように詐欺商品が出回りそうでどうしても警戒してしまう。
オパールのようにちゃんと責任をもって作ってくれるのならレシピを無料公開しても構わないのだが…なかなか上手くはいかないものだ。
「カクタスさんってお弟子さんはとらないんですか?
3DVの方だって忙しいでしょう?
コメント返信とかもちょこちょこしてますし」
「うーん…、クロス・ファンタジーはゲームですからね。
長時間拘束になっちゃうのでどうしても難しいんですよ。
普通に武器持ってダンジョンに潜った方が、コインも経験値も稼げますしね」
嘘ではないし、問題の本質でもあるだろう。
秋からは別のゲームの実況を始めようとリュシオンと戦略を立てている。
そうなれば現在のように毎日ログインしてポーションジュースを販売することは出来なくなるだろう。
その為、オパールには少しでも早く商人レベルを上げてもらうと以前よりカウンターを任せている時間が増えた。
オパールには秋までに転職可能な商人レベル50になってほしいから。
頼まれた以上は最後まで面倒をみるつもりでいる。
でも店に関しては…正直どうしようか迷っている。
俺自身が別の職業に転職して店を畳んでしまうのは簡単だが、ポーションジュースを楽しみにしてくれている常連プレイヤー達がいる。
柊さん達だって商品を委託できる店が無くなったら困るだろう。
だがだからといって片手間で他のゲームに手を出して数字が伸びなかったら、目標の達成はますます困難になる。
今まで仕方ないと横に置いていたものが、とうとう無視できなくなったというところだろうか。
これまで応援してきてもらった人達に不義理はしたくないし、そろそろ何か本気で対策を考えなければならない。
「そういえば、来週から始まるイベントの内容読みました?」
「あぁ、確か曜日別クエストが始まるって話ですよね?」
俺から新ポーションジュースの情報を引き出すことは諦めたらしいシトリンさんは当たり障りのない話題に切り替えてくれる。
公式HPの告知によると来週から新イベントとして各曜日ごとに特殊ダンジョンが出現するらしい。
誰でも一人一回挑戦できる中ボス撃破クエストらしく、課金の消費アイテムを使えば何度でも挑戦できる仕様らしい。
与ダメージやボス撃破までにかかった時間によってアバターの染色剤からレア装備品までを確率でドロップするという。
「どうもその中ボスが色々な状態異常スキルを使ってくるみたいなんです。
期間限定クエストでもないし、状態異常回復のポーションジュースの予約ができるならしたいなーって思ったんですけど」
こちらに身を乗り出してきたシトリンさんのローブの隙間からむっちりとした谷間が見えてしまい、慌てて目を反らす。
おおっと危ない、危ない。
まだ店内には他のプレイヤー達も残ってる。
まかり間違っても鼻の下を伸ばして清潔感のあるカクタスのイメージを損なう行動はとれない。
「そういえばそうでしたね。
月曜から日曜まで日替わりで中ボスが特設ダンジョンに出るんでしたっけ」
イベント告知の3DVでデモプレイシーン中にプレイヤー側のキャラが状態異常にかかっていた気がする。
たしか月曜日のヒドラの炎系魔法で火傷、金曜日のマンティコアでは毒の状態異常をくらっていたような。
「そうなんです。
一回の戦闘で何度も苦かったり辛かったりするポーションを飲まなくちゃならないのって苦痛ですし」
確かに種族耐性や
…あれ?まずくないか?
現状で既に数量が足りていない。
毎日用意したポーションはほぼ全部売り切れている。
今までそこまで集中的に
けど公式がそんなクエストを始まったとしたら…。
「だから、ね?
どうにかできないですか?」
シトリンさんが上目遣いで俺を見上げてくる。
その顔の向こう側に柔らかそうな膨らみが見えているのだが…いやいやいや。
気のせいだ、気のせい。
落ち着け、俺。
「どうにか、と言われても…。
そもそも製造が間に合ってないのが実情ですから、難しいですね。
すみません」
主張している膨らみを見ないようにしながら苦笑いを浮かべて詫びる。
引きずられそうになる理性をなんとか保った俺を誰か褒めてほしい。
いくら常連であってもそんな特別扱いはできない。
一人に許してしまえば他のプレイヤー達が雪崩れ込んでくるのが目に見えている。
「そうですか…。
ご無理言ってすみません」
シトリンさんは少し残念な表情を浮かべて体を起こし、ふっと一瞬だけ口元に笑みを浮かべた。
まるで俺の心の動揺を見透かしたみたいに。
もし偶然や天然なんかじゃなく全部わかっててやっていたなら、悪い
「じゃあせっかくなのでポンタちゃんをハグして帰りますね」
「あ、はい。どうぞ」
内心ではホッとしつつニッコリ笑顔を浮かべ片手を振りながら店内角のポンタのふれあいコーナーへ向かうシトリンさんを見送った。
そうか。
ポンタだったらあの胸に……‥‥いやいやいや!
そういうことは考えない!
「そうか。
曜日別クエストか…」
邪念に憑りつかれないよう、頭を商人モードに切り替える。
お客さんの方もアイテムボックスのような収納に便利な魔法やアイテム持ちが多くないので、足りなくなったら買い足すというスタンスなのだろう。
だが曜日別クエストが始まれば該当する
今でさえ毎日混雑しているというのに、ポーションジュースを売り始めた当初と同じくらいまた店が混雑する可能性がある。
あれはもう混雑を通り越して軽くパニックだった。
二度と繰り返したくはない。
そのために何か手を打たないとまずい。
俺は腕組みして対策を考え始めた。
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