Chapter 58:コラボ商品会議 後編
《“ポンタ”のデータは無駄が多すぎます》
今回の企業案件を受けるにあたりリュシオンにポンタのデータ解析を頼んだんだけど、リュシオンの感想の第一声がそれだった。
どういう意味だと尋ねた俺にリュシオンは丁寧に説明してくれた。
ざっくり掻い摘むと、俺が構築したポンタのデータには今までの俺の記憶の中にあるポンタ―のデータのほとんど全てが詰まっているらしい。
それは俺が初めてポンタと出会った仔犬の頃から最後に帰省した時に見た老犬の姿のポンタまでの姿と思い出も含めてということらしくて。
俺がより完璧にポンタを構築するため無意識的に回想した結果、それがそのままデータとして取り込まれていったのだろうというのがリュシオンの予想だ。
指摘されてみると確かにそうかもしれないと思えたので、的外れな憶測ということではないだろう。
実際、ポンタとまるで同じサイズでまったく同じ手触りを再現しようと思ったら必要とされるデータ量は1/10も必要ないらしい。
アバターをはじめとする造形物は基本的に変化する性質をもたないので、時間経過で緩やかに老いるポンタは特異な存在だという。
それに加えて俺がリアルのポンタと過ごした時間の記憶や性格の情報まで盛り込まれたポンタのデータ量は凄まじいらしい。
そのデータを基に今回の企画のポンタを作成しようとすれば当然そのデータ量は多くなるわけで…。
「うーん…例えばなんですけど、ポンタのデータサイズが今の1/10になったら実現は可能ですか?
今のデータから外見的な特徴や表面的な性格の部分だけを取り出せばそのくらいデータは小さくできます」
商品化するにあたりまったく同じものを作る必要はない。
ポンタの人懐っこい性格は必要とされても、思い出に関する記憶まで完璧にコピーする必要はないだろう。
また期間限定商品なので今と同じ子犬の頃の姿形を創り出せれば十分なはずだ。
「1200万ニューロンですか…」
リブラさんに至っては不安げにそんな奈須社長をじっと見つめていた。
9割カットでも難しいのなら、1憶2000万ニューロンは確かに目玉が飛び出る数字だったのだろう。
そんな巨大データ領域をプレイヤーにポンと渡して自由に使わせるとは、クロス・ファンタジーも恐ろしいRPGだ。
とはいえ、俺だって諦めたくはない。
一定期間を過ぎたら…つまり奈須社長の会社が借りているデータ領域のレンタル期間が過ぎてしまったらミニポンタは消滅してしまうだろう。
それでもそれまでは傍にいてくれるというなら、ぜひ手元にいてほしい。
3DVの編集の合間にミニポンタと戯れられるなんて、夢のようじゃないか…!
「ではさらにその1/10だったらどうですか?」
「その程度でしたら、何とか。
けれどどのようにデータ量をカットするつもりで?」
奈須社長の眉間の皴が和らぐ。
まだ身構えているような空気はあるものの、完全にノーという表情はしていない。
恐らく条件さえ揃えられれば頷いてくれるだろう。
『i+f』で外回りの営業をしていた時にも同じような経験は何度かあったからわかる。
「現在のサイズよりさらにサイズダウンしてしまうのです。
現在の構想では恐らくこのくらいのぬいぐるみサイズをお考えでしょう。
そうではなく、いっそこの掌にのってしまうようなサイズにしてしまうのです」
俺は2人の目の前で1/10サイズのポンタの輪郭を何となく描く。
毎日ログインしてポンタと戯れているのでおおよそのサイズはわかる。
その1/10がどのくらいなのかも。
だから俺は敢えて掌を天井に向けた向きでそのサイズを示した。
俺が提案しているのはぬいぐるみサイズではなく、ストラップについているようなミニミニポンタだ。
小さいぶん確かにぬいぐるみのように抱き締めたりといった事はできない。
だが絵に描いた餅より大豆サイズであっても本物の餅の方が価値はある。
それにミニミニポンタにはそのサイズならではの利点があるはずだ。
考えろ、俺!
ここで奈須社長にうんと言わせたらミニミニポンタがうちにやってくる…!
「しかしそうなると、商品としての価値が下がってしまうのでは?
腕に抱けるサイズであれば愛でようもありますが、そこまで小さくしてしまっては魅力が半減しませんか?
企画を実行するにあたり、消費者…つまりお客様の興味を引かなければ企画そのものに意味がありません」
腕組みした奈須社長が試すような目線を俺に向けてくる。
俺が営業先でよく向けられた、値踏みするような目だ。
それが悪いと言いたいわけではなく、経営者なら当たり前にもっているものだ。
判断ミスで会社が傾くようなことになれば、自分だけでなく一緒に働いてくれる従業員たちも生活に困ることになる。
恐らくこの企画で大金が動くことになるのだろう。
慎重になるのは当然かもしれない。
「確かにこれだけ小さくなってしまうと抱き締めることはできないでしょう。
けれど掌サイズだということは、肩にのせたり指先を伸ばして遊ぶことができます。
体が小さいので机の上を少し片付けてやればそれだけで十分な遊び場になるでしょう。
ゲーム内ではポンタを抱っこするのと同じくらいボールを放って一緒に遊ぶお客さんが多いです」
3DVでポンタコーナーが人気なのは分かっても、実際に来店するお客さんが何を求めているのかまでは知らないだろう。
ポンタコーナーの人だかりがいつまで経ってもなくならないのは、抱っこしてみたり遊んでみたりを交代で繰り返しているからだ。
あまりの人気ぶりに自分の順番が回ってこなくても見ているだけで癒されるという人もいる。
机の上を元気に走り回って指先にじゃれついてくるポンタなんて、最高じゃないか…!
奈須社長はリブラさんと無言で視線を交わした後、おもむろに口を開いた。
「わかりました。
では明日から2週間ほど開店時間内だけで構いませんから、ポンタコーナーを撮影したデータを提出して頂きたい。
カクタスさんの言葉を疑っている訳ではありませんが、大きなプロジェクトですから我々も危ない橋は渡りたくないのです。
あくまでも調査が目的ですので撮影中だということはご内密にお願いします。
撮影データはもちろん実態調査以外の目的では使用せず、結論が出た時点で廃棄します。
いかがですか?」
静かな眼差しが俺を見つめてくる。
俺はその目に確かな感触を感じ取った。
この企画を現実にしたいなら断るという選択肢はない。
隠し撮りするようで少し気は引けたが、そもそもポンタコーナーには常時誰かしらがいる。
コンビニやスーパーにも監視カメラがあることを考えればそこまで悪いことじゃないだろう。
奈須社長達だって録画データを悪用しようなんて考えないだろうし。
「わかりました。
では次回は撮影データをお持ちします」
この撮影データをのお陰で企画が本格始動すれば、ポンタファンの子達は自室でポンタを愛でられるようになる。
スナック菓子1つ買うごとにミニミニポンタが1匹ついてくるのだから、ポンタ天国を作ることも可能だ。
それで許してもらおう。
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