Chapter 46:クロス・ファンタジー実況 冷やしポーション始めます 後編
「とりあえず皆さん、ジュースでも飲みますか?
丁度冷やしておいたので」
沈黙が重すぎて、俺はとりあえずジュースでお茶で濁した。
“ありがとうございます”も“すみません、受け取れないです”も言えない苦肉の策だ。
俺は魔石の入った箱の中から瓶を取り出す。
ワインサイズの瓶は無理だが、500mlのペットボトル4本分くらいなら四隅に余裕がある。
柊さんが来ると聞いてあらかじめ準備しておいてよかった。
これならここにいる全員分賄えるだろう。
俺が誘うと柊さんは目を輝かせて頷いた。
心なしか船長さんの後ろで控えていた船員たちの頬も緩んだような気もする。
船長は…いつも通りだ。
いや、その腕にはちゃっかりポンタが居座っているけど。
ポンタが船長さんに懐くのにそう時間はかからなかった。
いつものようにアイテム補充の為に来店した柊さんと俺が喋っている間に、護衛としてついてきていた船長さんに愛嬌をふりまいていたらしい。
俺が気づいた時にはもうポンタはちゃっかり船長さんに懐いてその腕に抱き上げられていて、俺は血の気が引く思いだった。
なにせポンタがどんな粗相をして船長さんを怒らせてしまうか気が気でなかったし、逆に船長さんがポンタを気に入って連れて帰ると言ったら抵抗できるだろうかという不安があったから。
だが変わらずポンタを抱き上げてくれているところをみると、少なくとも船長さんはポンタを煩わしいと思ってはいないようだ。
一方で、期待の眼差しを俺に向けている柊さんや船員さん達を、オパールだけは不思議そうな目で眺めている。
オパールが手伝いに来てくれてから今まで、アイテム補充の為に深夜来店する柊さんと直に顔を合わせる機会がなかった。
なにせ遅い時間なので平日はログアウトしていることが多かったし、仮にログインしていても仕入れや採取の為に外出していたりしたからだ。
今日に限ってはもしかしたら柊さんからあらかじめサプライズの件を聞いていて、面白がってずっと店内に残っていたのかもしれない。
けれどいつも仕入れの時には居合わせないので、今から俺が何をしようとしているかを理解していないのだろう。
そんな人たちの視線を浴びつつ、俺は人数分のグラスを用意してそこに特製ジュースを注ぎ入れる。
柊さん達はいつも複数人で来るので、いつか使うかもしれないと思ってグラスを多めに買っておいて良かった。
「どうぞ」
「いただいます!」
差し出したグラスを柊さんはとても嬉しそうに受け取ってすぐに口をつけた。
「わ~!いつもより美味しいです!」
その表情はとても満足そうで、ジュースをあらかじめ冷やしておいたのは正解だったなと笑みが零れた。
「良かったです。
他の皆さんたちもどうぞ」
強面の船長さんと俺の持っているトレイに釘付けになっていた船員さん達にもジュースを配る。
さすがに邪魔かもしれないと船長さんからポンタを受け取ろうとするが、“問題ない”という短い返答と共に空になったグラスの方を返された。
…もしかして船長さん、わりとポンタの事を気に入ってくれてる…?
ポンタを抱こうと伸ばした手に空のグラスを戻されてしまうとそれ以上は何も言えない。
俺はポンタが粗相をしないように頭を撫でて言い聞かせ、他の船員さんからも空のグラスを回収した。
全員プレイヤーで中の人が存在するのだが、強面なのに口元が緩んでいる。
美味しそうに飲んでくれるので、作った俺としても嬉しい。
最後にオパールにグラスを差し出すと不思議そうな顔をしつつもいつもの調子でぐいっと飲み干した。
「ん?
これ、混乱回復ポーションっすか?」
「いや、味は似せてるけど薬効はないよ。
それはただのジュースだから」
「えぇっ!?
ポーションの薬液無しでこの味を再現したんすか!
カクタスさん、さすがっす!」
…うーん、オパールっていつも俺がポーション作ってるの見てるよな?
作り方を覚えようとしていないから、注意して俺の手元を見ていないということなのだろうか。
ジュースの作り方は基本的にポーションを作るのとほとんど変わらない。
ポーションの薬液の代わりに他の材料を混ぜて作るだけだから。
それともポーションの薬液の味の代わりになるものを探し出せたことが凄いと褒めてくれているんだろうか?
「特別、大したことはしていません。
ジュースに関しては薬師のスキルを必要とされませんから、調合スキルさえ習得してしまえばオパールにも作れますよ」
「それは素晴らしいですっ!
オーちゃん、ぜひカクタスさんに作り方を習ってほしいなっ」
オパールが何か言う前に柊さんが光の速さで食いついてきた。
本当にこのジュースがお気に入りらしい。
オパールが手伝ってくれたおかげで今回は前回までよりジュースの数を多く確保できたが、ジュースを作ることができるプレイヤーが増えてくれるのは柊さんとしても嬉しいのだろう。
「もしジュースを作ってくれたら、お礼にオーちゃんが欲しいアイテムも融通させてもらうよ!」
「姐さん、マジっすかっ!」
「ふふんっ。
まっかせなさーい」
こちらも目を輝かせて食いついてきたオパールに、自分の胸をポンと叩いて胸を張っている柊さん。
オパールがいるせいか最近は俺の前でも柊さんは素の表情をしてくれることが増えた。
しかし完全にキャラ崩壊してきている気がするが、それはもういいのだろうか?
まぁ喋り方が変わろうとテンションが高くなろうと、柊さんは柊さんだから別にいいんだけど。
「カクタスさん、俺にもジュースの作り方教えてほしいっす!
この通り!」
柊さんに焚きつけられたオパールがやる気に満ち溢れた顔で俺を拝んでくる。
別に拝まなくても作りたいなら教えるけど、そんなに欲しいものでもあったのだろうか?
「構いませんよ。
オパールにはいつも助けてもらっていますしね」
「やった!
カクタスさん、ありがとうっす!」
ひゃっほう!っとオパールがジャンプする。
ポンタもそれを見て船長さんの腕の中で楽しそうに鳴いた。
何か新しい遊びだとでも思ったのかもしれない。
「それはそうと、柊さんへのお礼ですけど」
「大丈夫ですから!
“カクタスさん貯金”ですから!」
「いえいえ、そういう訳には」
柊さんの姿勢は俺がどんな言い回しでなだめすかしても、頑として動かなかった。
あげく“私の言葉が信用できないなら、カクタスさん貯金用の帳簿をお見せします!”とまで言われてしまった。
さすがに背中に刺さる視線も痛いくらい感じている状況下でそれ以上は食い下がれず、俺は再び頭を悩ませることになってしまった。
基本的に毎日ログインしては店売りのポーションを作り、3DVの撮影をするのがルーティーンになっている。
仕入れの大部分をオパールが代わってやってくれるようになってからは薬師の店と3DVのネタ探し以外で外を出歩かなくなってしまった。
そんな俺が大陸を股にかけて活動している柊さんにしてあげられることってなんだろう?
そんな俺をじっと見ていた柊さんは、じっと考え込むそぶりをした後でポンと手を叩いた。
「じゃあ、もし良かったら新作のジュース作ってくれませんか?
今のジュースも美味しいんですけど、もし可能ならもっと色々と味わってみたいなって。
ポーションじゃないなら薬液の縛りもないですし、もっと色んな味でジュースが作れたりしませんか?」
柊さんが控えめだが期待に満ちた眼差しをこちらに向けてくる。
確かに柊さんの言う通り薬液を使わなくてもいいジュースなら、今までとは違った味のものを作り出すことはできるだろう。
暑い季節だし、水分補給が大事な今だからこそ余計にそう思うのかもしれない。
そんなことで本当にお礼になるのだろうか?という気持ちもあるにはあるが、こんな風に期待してくれるのなら断る理由はないだろう。
「わかりました。
では次にお会いする時までに何か作っておきますね。
お口に合うかどうかはわかりませんが」
「わーい!
ありがとうございます、カクタスさん!」
両手を天井に向けてバンザイした柊さんはそのまま俺に抱き着いてきた。
ずしっとした重みが突然襲い掛かってきて、俺はよろけかけて慌ててふんばる。
バランスをとろうと咄嗟に柊さんの背中へ腕を回しかけるが、柊さんの後方からどんな刃物よりも尖った視線が突き刺さってきて固まる。
全身がすくみ上った。
ぞわりとした気配が背中を這い、喉が締まる。
柊さん、お願いだから早く離れて…!
「お、大袈裟ですって。
あ、アハハハハ…」
声が否応なしに上擦る。
いっそ柊さんの肩を掴んで押し戻してしまいたいが、触れるだけで何をされるのか分からないのでひたすら固まるしかない。
怖すぎて俺は自分に向けられる視線を直視できない。
視界の隅で船長さんの視線に気づいたらしいオパールがヒッと小さな悲鳴を上げて震えあがった。
その目元にうっすら浮かんだ涙を見ただけで十分だった。
「そんなことないです!
カクタスさんはご自身で思ってるよりずっと凄いんですから!
もっと自信をもってください!」
俺に抱き着いたままの柊さんが顔を上げて励ましてくれる。
ちょっと頬を膨らませているようだが、正直それどころではない。
まったくもって無防備な柊さんがとる次の行動次第では、俺は全アイテムロストが確定してしまう。
背中に核爆弾の発射口が押し当てられている気分だ。
「ありがとうございます。
あの、そろそろ…」
背中から嫌な汗が滝のように流れる一方で水分を奪われた心臓がしおれていくような錯覚を覚える。
体内の危険信号が限界まで振り切っていた。
これ以上は、耐えられない。
たす…っ、たすけ…ッ
「あ、ごめんなさい!」
俺がやんわりお願いすると柊さんはようやく気付いた様子でぱっと俺から離れてくれた。
頬を僅かに赤らめているあたり、年相応の恥じらいはあるらしい。
照れて俯くその様子は確かに愛らしいが、俺はようやくまともに酸素を肺に取り込めるようになったことの方が嬉しかった。
レベル1の冒険者が
俺は鳥肌のたった二の腕を撫でて宥めつつ、無意識に浮かんでいた涙をこっそりと指先で拭った。
「でもカクタスさんがお忙しいのはわかってますから、急がなくていいです。
いつかお暇な時にでも作ってもらえたら」
作ります。
もう抱き着かないでくれるなら、いくらでも。
九死に一生を得た様な心地の中でそう思った。
柊さんの気遣いは嬉しいが、柊さんのボディガードが災害級すぎる。
あぁ、
そんな俺の足にゴチンと衝撃が走った。
まさに俺が求めていたものがベストタイミングで自分からやってきてくれたようだ。
俺は痛む脛を軽く撫でつつポンタを抱き上げた。
ポンタは構ってもらえて嬉しいのか俺の顔を舐めてくる。
「あはは。
くすぐったいよ、ポンタ」
俺は思わず笑ってしまい、ようやく人心地ついた。
ポンタは本当に癒しの天使だ。
ポンタがいてくれて良かった。
「ジュースは暇を見つけて作っておきます。
お口に合うかわからないのでいくつか試飲してもらうことになるかもしれませんが、構いませんか?」
「はい!
楽しみにしてますね」
何も気づいていない柊さんは満面の笑みで俺に頷いたのだった。
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