カラステング
空から降りてきた白田さんが、翼をしまいながら半田さんの方を向いた。
その表情は、なんだか微笑ましそうだ。
「十年前も、似たようなことがあったな」
片方の口元だけを上げた白田さんの笑みに、半田さんは肩をすくめる。
「似てるだけで、同じじゃないよ」
十年前といったら、半田さんが何でも屋を始めた頃の話だろう。
似たようなこととは、一体?
首をかしげる僕を見て、白田さんは小さく笑い、口を開くのだった。
今から十年前。あの世とこの世の境に銀行強盗が逃げ込んだことがあったのだと、白田さんは言う。
何でも屋に就職したばかりの、まだ人間だった半田さんは、所長である河原さんと共に、騒動に巻き込まれてしまった。
銀行強盗たちの人質になったのだという。
十年前のうたたね課に所属していたのは、白田さんただ一人。ごろね課とひるね課にも、まだ一人しかいなかった。
何でも屋の所長である河原さんは、鬼の半人だった。自分の丈夫な体を盾にして、人間だった半田さんを逃がそうとした。
しかし強盗たちは、そんな河原さんに拳銃を向け、引き金を引いた。
倒れる河原さん。
構わず逃げろ、と言われた半田さんは、あの世とこの世の境で育てられていた幽霊柘榴をもぎ取って、無我夢中でかじりついた。
河原さんを助けたい一心で。
二度と人間に戻れないことを、覚悟の上で。
「そ、それで、強盗たちはどうなったんですか……」
生唾を飲んで話に聞き入っていた僕に、白田さんはニヤリと笑う。
「座敷童子の手を取った……いや、違う。座敷童子に選ばれた半田の、幸運の力が勝ったんだ」
「強盗たちの拳銃が突然詰まって、弾丸が出なくなったんだっけ」
「その上、暴発してな。怪我を負って怯んだ奴らを、三大ずぼら課で捕まえて、警察送りにしたってわけだ」
誰かを守るために、幽霊柘榴を口にする。半人になることを覚悟して、相手に一矢報いるために。
「半田も、一年も、どうしようもなくお人好しだってことだな」
明るく笑う白田さん。
半田さんは、それはどうだろうね、と素っ気なく視線をそらしていた。
「それよりも、白田。今回の暴行事件の犯人だけど」
半田さんが、白田さんと目を合わせないまま言った。瞬間、白田さんの表情がきりりと引き締まる。烏天狗の半人である白田さんは、大きく一度頷くと、赤井さんの方を見て告げた。
「赤井が以前飲み込んだ、半魚人がいただろう?」
「半田たちの依頼人だった人だ。手荒な真似をしてくれたね」
「すまなかったよ。しかし、あそこでその依頼人を捕らえていたお陰で分かったんだ。今回の連続暴行事件の犯人も、同じ飯屋で食事を続け、半人になった可能性が高いとな」
「やっぱりそうだったんだ……」
半田さんが沈んだ様子で俯く。
あの世の食べ物を使って、違法な店を開いている飲食店。その存在のせいで、人間をやめることになってしまった人たちがいる。
「店の場所を突き止めた。明日早朝、開店と同時に摘発し、店主を捕らえる」
白田さんは、僕たちにそう約束してくれた。白田さん曰く、店主が捕まれば、そこから食材の入手ルートも特定でき、あの世産の食べ物の流入を少しでも防ぐことができるそうだ。
「ここから先は役場の仕事だ。民間人は休んでいてくれ」
白田さんの言葉に、僕と半田さんは素直に頷いたのだった。
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