オニ

「一体何が起きていたんですか」

 次の仕事場へ向かう半田さんについて行きながら、僕は先程の出来事について尋ねていた。半田さんは僕とは目を合わせずに、柘榴を一口食べる。

「ヒョウイだ」

「ヒョウイ?」

「憑依。自分の体を依り代にするんだ」

「な、何の依り代に?」

「妖魔、怪異、化け物」

「え? はあ?」

 呆然とする僕を置いて、半田さんは市民体育館に向かって歩いていく。

 遠慮なしに体育館の扉を開いて、そこで待っている集団に声をかけた。

「彼岸町何でも屋だ。待たせたな」

 集団は、スポーツをしているようだった。柔道、剣道、空手、バスケットボールに、サッカーに、レスリング。皆バラバラの格好をしていた。

 何をしようというのだろう。僕が問いかけようとした時だった。

「憑依」

 半田さんが呟いたのは。


 半田さんの額から二本の角が生える。


「二時間たっぷり遊ぶぞ、かかって来い」

 男かも女かも分からない先輩の一言で、待ち構えていたスポーツ集団たちは一斉に動き出した。順番を守ることなく、レスリングの選手がタックルした直後に剣道の選手が面を狙いにいって、バスケットボールを持った選手が半田さんを抜き去っていった。

 半田さんは誰とも目を合わせなかった。少なくとも僕にはそう見えた。

 レスリング選手を左腕だけでひっくり返し、竹刀を右腕で防いで弾き返し、バスケットボール選手に追いついてボールを素早く奪い去る。

 そのまま柔道選手の元へ駆けていき、ボールを強く跳ね上げ、ボールが戻ってくるまでの僅かな間に柔道選手を一本背負いした。

 落ちてきたバスケットボールをキャッチ。ゴールにダンクシュートを決める。

 続いてサッカー選手からボールを素早い足の動きで奪い去り、ボールを蹴り上げた直後に空手選手に三段蹴りを浴びせ、戻ってきたサッカーボールを設置されていたゴールに蹴り込む。

 そんなチャンポンな総合スポーツが、目の前で繰り広げられていた。

 半田さんは汗一つかかない。呼吸も乱れない。

 見ているこちらが疲労と酸欠を起こしそうになるほど激しく、素早く動き回り、満遍なく全ての選手の相手をしていた。

 選手たちの目はキラキラと輝いていた。全力で立ち向かい、角が生えた半田さんに挑んでくる。素人が見ても半田さんの方が強いと分かるのに、それでも楽しそうに挑んでいくのだった。

 呆然と眺めるしかできない、僕。

 キュッキュッと運動靴が床をこする音が響く体育館。

 半田さんのポシェットから、ピピピピ、と甲高い音が鳴った。

「二時間だ。これにて今日の契約は終了」

 落ち着いた様子で猫目の作業着姿の人物が言うのに、ゼエハアと息を切らしていた選手たちが姿勢を正し、揃って頭を下げる。

「ありがとうございました!」

 彼らの重なった声は、とても迫力があった。

 半田さんは片手を上げてそれに答える。角が徐々に短くなり、消えた。

「ヒトオシ、行くぞ」

「ヒトトセです」

 体育館にいた皆さんに頭を下げて、僕は半田さんを追いかけた。


「すごい身体能力ですね」

 次の仕事に向かうのだろう、スタスタと歩いていく半田さんに声をかけると、半田さんは何でもないことのように口を開く。

「あれが憑依だ。自分の体を依り代に妖怪や怪物を呼び寄せる。そして化け物の力を手に入れる。その為には黄泉竈食ひが不可欠」

 ヨモツヘグイ?

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