第36話「引き留めてくる妹」

『やだぁああああああああ! エマもいくのぉおおおおお!』


 現在シャーロットさんの部屋の前――学校に行こうとする俺の事を、エマちゃんが全力で引き留めていた。

 小さな体をめいいっぱい使って俺の腕を引っ張っている。


 まぁそれでも体格の違いによって俺が力を入れれば簡単に動けてはしまうのだが、こんなふうに呼び止められるとそれもはばかれる。

 本当なら俺もエマちゃんと遊んでいたいが、さすがに学校に連れていくわけにはいかない。

 ましてや、休むなんてありえない。


 俺は膝をかがめてエマちゃんの目線の高さに合わせ、優しく彼女の頭を撫でた。


『ごめんね、エマちゃん。今日の夜も遊べるから、それまで我慢して待っててくれるかな?』


 言い聞かせるように俺が言うと、エマちゃんは涙目で俺の顔を見つめてきた。

 その表情は何かを訴えかけているようだったが、その内容を察してしまうと多分俺はこの場を離れられなくなるため、スッと目を背けた。


 すると、エマちゃんが息を呑んだのがわかる。

 まさか目を背けられるとは思っていなかったのだろう。

 もうわがままを言わないのか、玄関がシーンと静まりかえった。


 俺はかわいそうな事をしたと思いつつ、これで学校に行けると安堵したのだが――エマちゃんは、そう甘くなかった。


『おにいちゃん……エマのこと……きらい……?』


 小さく――しかし、しっかりと俺の耳に届く声で、エマちゃんが不安そうに聞いてきた。

 今にも泣きそうな涙声で、このまま立ち去るとずっとこの声が頭に残ってしまう気がする。


「青柳君、だめです。振り向いたら負けです」


 エマちゃんの誘惑に負けて振り向こうとすると、玄関の前で俺とエマちゃんのやりとりを見つめていたシャーロットさんが呼び止めてきた。


 ……シャーロットさんずるい……。

 君絶対、エマちゃんにわからないように日本語で言ってきただろ……?


 振り向くのをなんとか堪えてシャーロットさんの目を見ると、サッと目を逸らされた。


 うん絶対、エマちゃんに嫌われないように日本語で言ったな……。


「青柳君、このままでは学校に遅れてしまいます……!」

「いや、それはわかってるんだけど……この子をどうにかしてよ……」

「無理です……! もう青柳君と遊ぶ気満々ですから、何を言っても聞きませんよ……! 切り札も先程通じませんでしたし……!」


 えぇ、諦めるの早くない……?

 でも、姉のシャーロットさんが言うならそうなんだろうな……。

 後、切り札ってなんだ……?


 シャーロットさんが言う切り札がなんなのか、そしていつ使ったのかが気になった俺は、今もなお目を合わせようとしないシャーロットさんを見つめる。

 するとなぜか、段々と彼女の頬が赤くなり始めた。


 もしかして、熱でもあるのだろうか……?


 ――クイクイ。


『ん、どうしたの? ……あっ――』


 シャーロットさんの事を考えている最中に服の袖を引っ張られたため、反射的に振り向いてしまった。

 そしてバッチリエマちゃんと目が合う。


 目が合ったエマちゃんは、目を潤ませながら上目遣いに見つめてきた。


『おにいちゃん……エマはおにいちゃんといたいの……。エマもつれていって……?』


 甘えるような声で言ってきたエマちゃんは、俺の体に抱きついてきた。


 ………………一日くらい、休んでも問題ないかな……。

 学校に連れていくわけにはいかないから皆勤賞は飛ぶけど、エマちゃんのほうが優先度は高いはずだ。


『うん、いい――』

『――だめですからね?』


 エマちゃんのおねだりに頷こうとすると、即座に笑顔のシャーロットさんが俺からエマちゃんを引き剥がした。

 そしてそのままだっこして部屋の奥へと連れていこうとする。


『ロッティーはなして! いじわるしないで!』

『だからこれはいじわるじゃないの! 私たちが帰ってくるまでおとなしくまってて!』

『うわぁあああああん! おにいちゃぁあああああん!』


 連れていかれるエマちゃんは泣きわめきながら俺に手を伸ばしていたが、ここで俺も手を伸ばすとシャーロットさんに怒られそうな気がするので俺は我慢した。


『……青柳君はいつも私の言う事よりも、エマの言う事を聞くんですもん……』


 エマちゃんを置いて戻ってきたシャーロットさんはなんだか頬を膨らませてブツブツ呟き始めたが、拗ねる様子が子供っぽくてかわいいため俺は少しの間横目で見守る事にするのだった。

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