第34話「立場逆転」

「眠たいな……」


 カーテンの隙間から差す日の光によって起きた俺は、重い瞼を頑張って開きながら学校に行く準備をしていた。

 歯磨きをして、シャワーで寝癖を直し、そして顔を洗ってもまだ眠気が消えない。

 昔は気を張っていたからか、寝起きでもすぐ意識がはっきりとしていたんだがな……。

 これほど体がだらけているのなら、走り込みくらいは再開したほうがいいのかもしれない。


 ――ピンッポーン!


「ん……? こんな朝早くから誰だ……?」


 朝早くから人が来る事は今までなかったため、俺は訝しみながらドアを開けた。


 すると――

「お、は、よ、う。お、に、い、ちゃ、ん」

 ――かわいすぎる天使が、微笑んで挨拶をしてきた。


「あれ、エマちゃん? 日本語が話せるようになったの?」


 日本語で挨拶をしてくれたエマちゃんに、俺は思わず日本語で話し掛けてしまった。


「……?」


 当然日本語をきちんと理解しているわけではないエマちゃんは、俺が何を言ってるのかわからずにキョトンっとして首を傾げる。

 その後笑顔で頷くと、両腕をいっぱいに広げて俺の顔を見つめてきた。

 どうやら、《だっこをして》とおねだりしているようだ。


 今この子、わかってないのに適当に頷いたな……。


 まぁ日本語で話し掛けた俺が悪いため、俺は気にするのをやめて腰をかがめた。

 目線をエマちゃんの高さに合わせると、俺も同じように「お、は、よ、う」と笑顔でゆっくりと挨拶を返した。

 せっかく日本語の挨拶を覚えているみたいだから、エマちゃんが早く日本語に馴染むよう手伝おうと思ったのだ。

 

「あっ――お、は、よ、う」


 俺がエマちゃんと同じように挨拶を返したのが嬉しかったのか、またエマちゃんが同じように挨拶をしてきた。

 嬉しそうに笑顔を浮かべる姿が凄くかわいらしい。

 また同じように挨拶を返してもいいが、多分そうするとイタチごっこになる気がする。

 だから俺は、最初にエマちゃんが求めてきた要望を叶える事にした。


 小さな体に手を伸ばすと、エマちゃんは嬉しそうに目を輝かせる。

 落とさないようにしっかりと抱きしめてから持ち上げると、エマちゃんも同じように俺の首に回す腕に力を入れてきた。

 そして、いつも通りの頬ずりをしてくる。


 本当にこの子は甘えん坊だ。

 でも、それがかわいいんだよな……。

 日本語で《おにいちゃん》って言ってきた時なんて、本当に妹にしたいと思ったくらいだ。

 少し前に日本語を話せるようになりたいとは言っていたが、きちんと覚えようとしている姿にも感動した。


 ……そういえば、どうしてエマちゃんは朝から俺の部屋に来たのだろうか?


 不思議に思っていると、ドアのほうから人の気配を感じた。

 そちらを見れば、なぜか頭だけをドアから出してこちらの様子を窺っている、シャーロットさんと目が合った。


「あっ……お、おはようございます……」


 消え入りそうな声で挨拶をしてくるシャーロットさん。

 段々と顔がドアへと隠れていく。


 ……シャーロットさん、怖がっていないって言ってたのに、やっぱりどう見ても怖がっているようにしか見えないんだが……。

 だって、俺の事を怖がっているからドアに隠れようとしているんだろ……?


「おはよう」


 心の中でショックを受けながらも、その事を悟られないように俺は笑顔で挨拶を返した。


「あ、あの、朝から申し訳ございません……」

「いや大丈夫だけど……何かあったの?」


 俺は腕の中で甘えてくるエマちゃんの相手をしながら、シャーロットさんの事を見つめる。

 するとシャーロットさんはドアから出てきてくれたのだが、なぜか指を合わせてモジモジとしながら、小さな声で何かを呟いた。

 小さすぎて、何を言ったのか全く聞き取れない。


「ごめん、なんて言ったの?」


 聞き返すのは悪いと思ったが、さすがにこの状況で適当に返事をするわけにもいかない。

 それにわざわざ朝早くに来るくらいだし、とても大事な用なんだと思う。


「その……朝ご飯を……ご一緒出来ないかと……」

「……え?」

「ですから……朝ご飯を……ご一緒に……」

「え?」

「ですから………………青柳君、いじわるです……。絶対聞こえてますよね……?」


 何度も聞き返すと、モジモジとしていたシャーロットさんが今度は頬を膨らませて拗ねてしまった。

 

 いや、確かに二回目の言葉で聞き取れていたのだが、ちょっと頭の理解が追い付かなかったのだ。

 朝ご飯だけなら、昨日も誘われている。

 しかし昨日誘われたのは、朝一緒にいたからついでにといった感じだった。


 でも、今日はわざわざ彼女が俺の家に来てくれただけでなく、恥ずかしそうな態度で誘ってきている。

 これは――期待していいのではないだろうか?

 もしかして怖がられているんじゃなく、シャーロットさんは恥ずかしがっていただけなんじゃないか?


 ……いや、落ち着け俺。

 いくらなんでも自分に都合よく受け止めすぎだ。

 ここで勘違いをすればナルシストの恥ずかしい奴になってしまう。

 元々シャーロットさんには恥ずかしがり屋の一面はあった。

 怖がられていないのかもしれないが、俺に対する好意から恥ずかしがっているのではなく、何かあって恥ずかしがっているだけという可能性も十分にありえる。

 特に朝から食事に異性を誘うなんて、それだけで恥ずかしいだろうし。


「あ、その……青柳君、私の料理を毎日食べたいって言ってくれましたし……エ、エマも、青柳君と一緒に食べたがってまして……。で、ですから……その……あの……」


 考え事をしていたせいで返事をするのが遅れると、シャーロットさんが慌てて言葉を紡ぎだした。

 段々と涙目になっていき、なんだか見ててかわいそうになってくる。


「ごめん、ちょっと考え事をしてたんだ。わざわざ朝ご飯を作りに来てくれたなんて、凄く嬉しいよ。ありがとう」


 慌てる彼女が安心してくれるように、俺は笑顔でお礼を言った。

 実際食事に誘われたのも、朝食を作ってくれるという申し出も凄く嬉しい。

 多分、彼女からそんな誘いを受けて断る男なんていないだろう。

 逆にいうと、そんな状況に俺はいるという事を周りに知られた場合、嫉妬から俺はみんなに敵対視されるだろうな……。


 後、一つ思った事がある。


 今までならきっと、彼女に食事を誘われたり、彼女の顔が近くにきたりすれば俺はテンパっていただろう。

 だけど今は、なぜかシャーロットさんがかなりテンパっているため、俺は冷静にいる事が出来ているのだ。


 自分以上に緊張したりテンパっている相手がいると、人は冷静にいられるんだなと俺は思うのだった。

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