第34話 ささみの選択とハリガネナイト
「さて、どうしたものか……」
円陣を組んだ直樹と歩斗と優衣の3人は、大きな決断を迫られていた。
それは、家族で協力することができず、3つの部屋に分かれて戦わなければならないというハイリスクなバトルに挑戦するか否か……ではない。
せっかくここまでやってきて目当ての〈隠れみのオーブ〉もすぐ手が届く所にあるにも関わらず、みすみす諦めて帰る選択肢など
では、なにを決断しようとしてるかといえば──
「やっぱり、レベルが低い人間こそサポートしてもらうのが一番妥当なんじゃないかな……うん」
直樹は、円陣の中心部にちょこんと座っているささみを見つめながらつぶやいた。
「えー? ってことは、パパがささみを連れて行くってこと?」
「ずる~。大人のくせに~」
父の意見に対し、子ども達からはブーイングの嵐。
挑戦しなければいけない3つの部屋に対してこちらは3人……と猫1匹。
つまり、この会議の議題は“誰がささみと一緒に行くか?”である。
少し離れた場所からその様子を見ているユニギャットも「ニャギニャギ」と愉しげに笑っている。
そりゃ、直樹だって本来なら親として、なによりも子供の安全が最優先すべきだということは自覚している。
しかし、優衣はレベル6な上に強そうな武器も装備しており、歩斗もレベル2ながら魔物召喚スキルチョーカーという強力なアクセサリを装備し、召喚したスララスに攻撃させて自分は回復役に徹するという安定のバトルスタイルを持っている。
それに対し、直樹はレベル1で武器は低級攻撃魔法のみ。
バトル部屋に入って現れる魔物がちょっと強めのスライムだったとしても、瞬殺されてしまうのではないかと思える程の貧弱さ。
そりゃ、子どもたちからドン引きされようが、なりふり構わずささみを連れていこうとしてしまっても致し方ないというもの。
とは言え、反対を押し切ってまで強引に連れて行くのはさすがに気が引けるのか、直樹は「ぐぐぐ……」と奥歯を噛みしめて葛藤していた。
「んじゃ、誰に付いていくのかをささみ自身に決めて貰おうよ!」
苦悩する父の姿を見かねた歩斗が、極めて公平な方法を提案。
「そ、そうだな。うん。そうしようそうしよう!」
直樹の顔は一転してパァァァと明るくなった。
ささみの気分次第というのは一見すると運次第とも思えたが、直樹には一度ささみと一緒にこの世界を冒険したという経験から来る自信があった。
そのよしみで、きっと自分を選んでくれるに違いないと……。
「じゃーささみ、一緒に戦いたい人を選んでちょ!」
「にゃーん!」
ささみは、優衣の掛け声に答えるなりスッと立ち上がった。
トコトコと歩きながら、3人の顔を順に見回していく。
直樹はゴクリと唾を飲み込んで、黙って愛猫の行方を見守った。
「にゃぁ……」
ポツリと呟きながら、ささみが向かった先は……歩斗!
……と、思わせといて、
「にゃーん、にゃーん!」
ささみは体を反転させて直樹の足下に歩み寄り、直樹の顔を見上げて鳴いた。
「おお、ささみ……ううう。ありがとう、ありがとうなぁ……ううう」
号泣しそうな勢いで喜びを爆発させる父親の姿を見て、歩斗と優衣は呆れつつ、ささみ自身が選んだんなら仕方無いや、と大人のような対応ですんなり納得した。
「ニャギニャギ! さあ、早くそれぞれの部屋に入ってバトルするニャギ!」
パーティーの振り分けが終わったところで、しびれを切らしたユニギャットが直樹たちを急かした。
「よし、じゃあ行くぞ! 歩斗、優衣、頑張れよ!!」
「おう! パパもね!」
「うん! ささみ、パパをよろしくね!」
「にゃーん!!」
それぞれエールを送り合いながら、ダンジョンの奥へと進んで行くと、突き当たりの壁に3つの部屋の入口を発見。
「わたし左!」
「じゃあ真ん中!」
「よし、じゃあ俺たちは右の部屋だな!」
3人+1匹の冒険者たちは、ついにそれぞれのバトルフィールドへと足を踏み入れることとなった。
「おじゃましまーす!」
優衣は、まるで友達の家に来たかのように元気よく挨拶しながら、左の部屋へと入っていった。
そこは学校の教室を二つ合わせたぐらいの大きさで、四方の壁には優衣が通った入口以外なにも無い。
ガシャンッ!
背後から金属音がして優衣が振り向くと、のぞき窓もなにも付いていない鉄の扉がガッチリと閉まっている。
ユニギャットが言ってた通り、ここからは誰の助けも借りられない孤独な戦いが始まろうとしていた。
「誰かいますかー?」
一見するともぬけの殻のように思える部屋の中央に立ち、口に手を当てて叫ぶ優衣。
……と、次の瞬間。
シャキーンッ!
今度はさっきよりもかなり鋭い金属音が部屋に鳴り響いた。
「うわっ、出た!」
優衣の目の前に、突如魔物が姿を現す。
「……ハリガネ??」
魔物の姿を見た優衣が小首を傾げる。
その魔物は腕から足から頭まで、細い金属状のハリガネボディだった。
「リッハッハッハッハ! 拙者の相手はオマエか? 完全に子供じゃないかおい」
バトル相手に不満を漏らすハリガネ状の魔物の右手には、これまたハリガネのような長細い銀色の剣が握られている。
「へへん! 子供だと思ってなめてると痛い目みるよん!」
負けず嫌いの優衣は背中のホルダーからピングゴールドの剣を抜いて両手で構えると、ハリガネ魔物をキッと睨み付けた。
「リッハッハ! なるほどなるほど。お嬢ちゃん、なかなか良い構えをするじゃないか。ちゃんと戦士ってわけか。これは失礼した。では、改めてしかと名乗らせてもらおう。拙者の名はハリガネナイト! 〈ハリガネの剣〉を使いし剣士なり!」
魔物は高らかと名乗りながら、目にも止まらない早さで自慢の剣さばきを見せつけた。
「おお、すごい! わたしもそれやる! わたしの名前はスズサカユイ! この可愛らしい剣を使う剣士だよん!」
優衣はハリガネナイトの動きを真似て、ザッザッザとピンクゴールドの剣で見えない敵を切りつけるように素振りをして見せた。
「リッハッハ! 面白い! それじゃ、行くぞキュートな剣士よ!」
そう言うと、ハリガネナイトはもの凄い勢いで優衣に突進した。
「うわっ、っとっと!」
手に持った剣を振って重心を移動させ、器用に敵の突進をかわす優衣。
「リハハ! やるな! リハハ!」
ハリガネナイトはクルンと体を反転させて優衣の方を向きながら、始まったばかりの戦闘を楽しむかのように笑い声を上げた。
「よし、じゃあ今度はわたしの番!」
優衣はピンクゴールドの剣をギュッと両手で持って構えると、静かに振り上げながら一歩二歩と足を踏み出した。
「とりゃぁぁぁ!」
気合いの叫びと共に、ハリガネナイトに向かって走り出す。
レベル6となった優衣のすばやさは目を見張るものがあった。
がしかし、ことスピードに関してはハリガネナイトが一枚も二枚も上手だった。
「リハ~ン」
気の抜けるような声を出しながら、まるで闘牛士がマントで牛を受け流すようにして、ハリガネナイトは優衣の突進を軽々とかわした。
「うわっ……いてっ!」
優衣は勢い余ってバランスを崩し、地面に尻餅を付いてしまった。
隙ありとばかりにハリガネナイトは優衣に駆け寄ると、ハリガネの剣による鋭い攻撃を繰り出す。
ダメージ1の白煙が優衣の体から浮かんで消える。
「もう、あっちいけあっちいけ!」
優衣は地面にしゃがみ込んだままの状態で、剣を振り回してハリガネナイトを追い払おうとした。
「リハハハッ」
ハリガネナイトはまるでダンスを踊るように優衣の剣をかわし、カウンターによるダメージ1の攻撃。
「もう、こいつ!」
優衣がむしゃくしゃした顔でスッと立ち上がると、ハリガネナイトはトンットンッと軽い身のこなしで後ろ向きに飛び跳ねて距離をとった。
「とりゃ、とりゃ、とりゃ!」
間髪入れずに攻撃を仕掛ける優衣だったが、その全てをことごとくかわされてしまう。
「もー! 全然当たらなくてつまらない~」
優衣は少し息を切らしながら、バトル中にも関わらず駄々をこねだした。
「リッハッハッハ!」
ハリガネナイトは余裕の笑みを浮かべながら、鋭い突進で優衣に攻撃を仕掛けると同時に即座に離脱、攻撃しては離脱……と、絵に描いたようなヒットアンドアウェイで着実にダメージを積み重ねた。
「ムキーッ! なにこのハリガネちょーむかつくんだけどぉ!!」
顔を真っ赤にして怒りをあらわにする優衣。
救いなのは、ハリガネナイトからの攻撃がことごとくダメージ1で済んでるという点だが、それだって塵も積もればなんとやら。
ボディーブローのようにじわじわ効いてきて、最終的には全HPが0になってダウンなんてことは優衣にも当然分かっていた。
だが如何せん相手のスピードが速すぎて、攻撃することも攻撃をかわすことも到底無理なんじゃないかと諦めかけそうになっていた。
最悪攻撃を受け続けたとしても、一発で良い。
ピンクゴールドの剣の一振りを一発でもヒットさせることができたら倒せる自信が優衣にはあった。
すばやいヤツに限って守備力は極端に低かったりするんじゃないか、ということを優衣は無意識のうちに感じ取っていたのだ。
ただ、その一発を入れるのがあまりにも難しすぎるんだけど……と、諦めかけたその時。
「……ん?」
優衣は何気なく視線を下に落とすと、地面に描かれた線の存在に気がついた。
その線は綺麗な楕円の集合体で、まるで優衣を中心して開いた花びらのように見えた。
「もしかしてもしかして……?」
あることを思いついた優衣。
改めて剣を構え、
「さあこいハリガネ!」
と、相手を挑発。
その行動は冷静に見ると怪しさ満点なのだが、余裕のハリガネナイトはそれに気付いてるのかいないのか、これまで同様ヒットアンドアウェイ攻撃を繰り出した。
そして、今まで通りダメージ1を食らった優衣だったが、その目は何かを確信したように光輝き、口元をニヤリとさせて不敵な笑みを浮かべていた。
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