第98話 私も陽くんの事を独占したいです。
<佐々木瑞菜(ささき みずな)視点>
森崎弥生(もりさき やよい)さんと宮本京(みやもと けい)社長は結婚式を終えるとヨーロッパへと新婚旅行に旅立って行きました。『Be Mine』の売り込みの為のファッションショーや現地の販売代理店の構築も兼ねているので二ヶ月は帰ってこないそうです。
矢内真司(やない しんじ)くんは矢内真子(やない まこ)、国民的無敵美少女Ⅱ『プリンセス真子』として全国を飛び回っています。すっかり仕事にも馴染んで、来年の春にはテレビドラマがスタートします。
ヘレン・M・リトルちゃんのお相手は西宮月(にしみや つき)ちゃん。すっかり仲良しになっています。八重橋元気(やえばし げんき)さんの年末のタイトル戦に向けた準備を手伝っています。
元気さんは、挑戦者としての気持ちを忘れたくないとバンタム級から階級を一つ上げて、フェザー級の二階級制覇に向けてチャレンジを始めました。
それぞれが、それぞれの道を歩み出しています。『YADOYA』に集まる人々も、同じ夢を追い求める仲間を見つけて、西宮陽(にしみや よう)に続けとばかりに活動を活発化させています。
本格的に始動した『フォーシーズンリゾート』は政府と民間が協力し合う新しいビジネスモデルとして世界の注目を集めています。国会は実現に向けた新しい法整備を議論し、企業は組織を大きく変えて対応しだしました。
悲惨な事件や将来への不安しか報道していなかった日本のマスコミも、日本の未来を語り出しました。きっかけさえあれば日本は、まだまだ世界を導く存在になれると鈴木総理もやる気満々です。
私達の身の周りから広がった小さなうねりは『元気』という名の大きなエネルギーとなって日本全土に伝播していくのです。経済の事なんてこれっぽっちも分からなかったけど、こんな私でも、最近はニースを見るのが楽しみになりました。
窓の外は冷たい雨が音もなく降り注いでいます。陽くんが、どこかからコタツを引っ張り出してきました。ソファーを片付けてマットを敷きます。今日は二人っきりで西宮家の冬の模様替えです。
「よし、セットOKだ。瑞菜さん電源を入れますよ」
「はい」
二人でコタツ布団の中に顔を突っ込みます。お尻を並べて頭を隠している姿を思い浮かべて思わず笑ってしまいそうです。多分、陽くんはそのことに気づいていません。
真っ暗な世界に赤くて温かな明かりが灯ります。陽くんの顔が私を見つめています。私は堪えられなくなって吹き出しました。
「何か可笑しなことでもありましたか」
陽くんは不思議そうに顔を傾げます。
「だって、私達、大きな猫みたいですよ。お尻だけ外に突き出して、誰か来たら絶対に変に思います」
「そうですね。気付きませんでした」
真っ赤に照らされた陽くんの顔が照れてます。狭いコタツの中で陽くんの手がスッと伸びて来ました。私ののど元を猫みたいにコショ、コショします。
「うにゃん。くすぐったいです」
私はお尻を左右に振って逃れようとしますが、狭くて陽くんのお尻とぶつかってしまいました。素早くコタツから抜け出して、陽くんのお尻をパチンと叩きました。
「あっ!やりましたね」
陽くんも顔を出して今度は私の鼻をつまんで来ます。私は陽くんのほっぺをつんつんして応戦します。おコタって不思議なアイテムです。こんなふうにじゃれ合えちゃうんです。
「もう、陽くんったらお子様みたいです」
「瑞菜さんはやんちゃな猫みたいです。ギュって抱きしめたくなります」
「どうぞ、抱きしめてください」
「そう言われてしまうと恥ずかしいですね。それに国民的無敵美少女を抱きしめたら罰(ばち)が当たりそうです」
「急に真面目になるなんてずるいです」
私は陽くんの胸に飛び込みました。若草のような太陽に匂いがします。なんだかとっても和みます。
「髪の毛がぐしゃぐしゃですよ」
陽くんの長い指が手グシで私の髪を整えてくれます。気持ちいいです。ずっとこのままとかされていたいです。心がふにゃってなります。
「瑞菜さん。もうすぐクリスマスですね」
「はい」
筋肉が緩みきって、私の顔はきっとぽよんとなっていることでしょう。恥ずかしくて顔を上げられません。
「何か欲しいものはありますか。それとも、二人で温泉にでも行きますか」
「陽くんがいてくれれば何もいりません」
「安上りですね」
「はい。こうしているだけで、十分に幸せです」
私の頭を支えている陽くんの腕に力がこもります。ギュッと抱きしめてくれます。
「こんなことになるなんて思ってもみませんでした。去年のクリスマスにテレビの中にいた人が、ここにいるのが未だに信じられません」
「陽くんと出会った時、運命の人だと思ったんですよ。私をアイドルじゃなく、一人の女性として見てくれてありがとうございます」
「未だに心臓が爆発しそうですが・・・」
「ふふ。元気な心臓さんですね」
陽くんの胸に顔を埋めるとトクン、トクンという鼓動が伝わってきます。私の中の想いが高まっていきます。
「芸能界に入って初めてですが、今年のクリスマスイブのお仕事はオフにしました」
「ファンの暴動が起きそうですね」
「真子ちゃんが頑張ってくれるみたいです」
「・・・」
「ねっ、知ってますか?真子ちゃんが真司だって知らずに、ダン・B・リトルさんがお忍びで京都の街を案内させようとしたらしいですよ」
「あのダンさんがですか?信じられません」
「はい。奥さんのアンナさんに、気付かれてこっぴどく叱られたみたいです」
「真司くん。国民的無敵美少女Ⅱ『プリンセス真子』が自分だってあっさり認めて、ダンさんの前でヘレンちゃんに交際を申し込んだんだそうです」
「真司くんがですか!」
「なんだかんだ言っても真司くんがヘレンちゃんのことを一番、理解していますからね」
「そうですか。真司くんもやるもんですね」
「それがおかしいんですよ。ダンさん。真子ちゃんがヘレンちゃんと付き合うのはOKだけど、執事の真司くんが付き合うのは認めないんですって」
「意味がわかりません」
「ダンさん。弥生さんと宮本社長の花嫁二人の結婚式を見て、感動したみたいで・・・」
「危ない世界ですね」
「でも、真子ちゃんもノリノリみたいです」
「そっ、そうなんですか?真司くんも『カマレズ』になったんですか。恐ろし過ぎます」
「そうじゃないみたいですけど、親友と恋人の両方になるんですって」
「不思議な関係ですね。二人とも独占欲が強いんですかね」
「・・・。私も陽くんの事を独占したいです。だから、陽くんも私を独占してください」
「国民全員を敵に回す覚悟が必要ですね」
陽くんは大きくため息を漏らしました。
「私、国民的無敵美少女を卒業して、陽くんの為だけの無敵美少女になります」
「美少女はともかく『無敵』は残すんですね」
「はい、陽くんの側にいれば私は何時までだって『無敵』なんです『無敵奥さん』になって『無敵お母さん』になって『無敵おばちゃん』になって『無敵お婆ちゃん』になるんです」
「頼もしいですね」
「はい。ずっと陽くんのものです」
「瑞菜さん、綺麗な顔が真っ赤ですよ」
「恥ずかしいけどちゃんと言えました。満足です」
「ありがとうございます。瑞菜さんはずっと僕だけのものです。そして僕はずっと瑞菜さんだけのものです」
陽くんは自分も顔を真っ赤にして、再び私を抱き止めます。髪の毛を優しくなでてくれます。もう離れられなくなっちやいました。私も手を伸ばして彼の頭をなでなでします。
日付なんて関係ありません。毎日がクリスマスです。甘々です。おコタって最高なんですよ!体を寄せ合って温まれるんです!
私達のこれからは、ずっと続きます。お終いはありません。でも、このお話はこの辺で。
おしまい。
妹のラブレターを代筆したら、無敵美少女アイドルと同居することになった。 坂井ひいろ @hiirosakai
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