第87話 みんな本当は日本を元気にしたいだけなんだ。

<西宮陽(にしみや よう)視点>


 イギリスの投資家、ダン・B・リトルからの連絡は突然だった。そして、とんでもないものだった。カフェ『YADOYA』に集う仲間たちが好きかって言って出来上がった『フォーシーズンリゾート』企画。それが、今、実現に向けて動き出そうとしている。


 しかも、規模がけた違いに違う。民間の一企業が作り出すリゾート施設レベルじゃない。最終的には数万人が暮らす街そのものを作り出す壮大な実験都市計画。数千億円レベルでは止まらない。少なくても数兆円。予算の感覚がまるで追いつかない。さらに成功すれば全世界へと広めるらしい。


『フォーシーズンリゾート』は生み出そうと企てた僕ら『YADOYA』に集う仲間たちの想像を絶する化け物に変貌しつつある。アニメや漫画の世界だってちょっと考えられない。経済が停滞して久しい日本で、本当にそんな大胆なことができるのだろうか?


 生まれて初めて心が震えるのを感じた。ダン・B・リトルは『時代を動かす時だ』と僕、西宮陽(にしみや よう)に語った。『日本が観光都市として世界を先導するのだ』とも。ついこの間まで、学校の机に突っ伏して、居眠りを貪っていた高校中退の僕にそんな大役が務まるのだろうか?


「陽くん!しっかりしなさい。私がついてます」


 佐々木瑞菜(ささき みずな)さんが僕の気持ちを察して見つめてくる。その瞳に揺るぎない強い力を感じる。僕のヘタレな心を吹き飛ばす女神スマイル。国民的無敵美少女アイドル。試練を迎える度に無敵度が超無敵にパワーアップしてませんか!


 超無敵美少女に魔法をかけられて無敵モードとなった僕と瑞菜さんは、ダン・B・リトルの代理人、矢内真司(やない しんじ)くんの迎えで、彼が手配したリムジンの後部座席に乗った。


 日本では結婚式の披露宴でしか見たことのないバスみたいに長いあれだ。足を伸ばしても前の席に届かない。狭い道路が多い住宅街の路地裏にまで、よくまあ入ってきたものだ。意味のないことに感心する。


 運転席と後部座席を隔てるスモークガラスが音もなく下がっていく。運転手の横に女性の姿が。この車で助手席に人がのることなんてあるのだろうか。映画やドラマなどではあまり見たことない。しかも、着飾った女性の後姿から察するにSPや警護とも違う。


「宮本京(みやもと けい)社長?」


 真司くんがアニメみたいに大げさにのけ反る。ゆっくりと振り向く女性はニヤリと笑った。首筋を何かに撫でられたような戦りつ。怖すぎる!だれが?いつ?どこで?なにを?なぜ?どのように?知らせたのだ。5W1Hの疑問符が頭の中を駆け巡る。


「私をのけ者にするなんて、いい度胸じゃない!少年たち」


「どっから降って湧(わ)くんですか」


「ふふっ。総理は私のマブダチなのよ」


 マブダチって?意味がわかりません。瑞菜さんの話だと宮本社長は32歳!得体のしれない貫禄(かんろく)はともかくとして、総理をマブダチと呼ぶようなお歳ではないような。ニヤリがパワーアップする宮本社長。怖気ずく真司くん。


「あっ、あのー。宮本社長様。鈴木総理とどのような、ご関係がごありでやんす?」


 ごありでやんす?真司くん。大丈夫か。語尾がとち狂っている。気持ちは分からなくもないけど。神出鬼没の化け物『カマレズ』。妹の月(つき)じゃなくてもそう呼びたくなる。


「鈴木ちゃんが党首選を勝ち抜いて、首相にまで上りつめたのは、裏参謀長、つまり、芸能界で鍛え上げたこの私のプロデュース力のおかげなのよ」


 口をポカンと開ける瑞菜さん。瑞菜さんでさえ知らない宮本社長の闇の一面。そんな!裏参謀長なんて聞いたことない。そのなものがあるならマスコミにとうに嗅ぎつけられている。ご都合主義にも程がある。


「お見逸れいたしました。総理の裏参謀長!宮本社長様、いえ、ご師匠と呼ばせていただきます。是非とも、この矢内真司をお弟子に」


「あら、可愛いこと!国民的無敵美少女Ⅱ『プリンセス真子』ちゃん」


 最強の『カマレズ』コンビ結成ですか。真司くんは宮本社長に仕込まれた『偽カマレズ』だと思ったけど『真性カマレズ』を目指すと言うのか。目がルンルンの真子ちゃんの面影がチラリとよぎった。


 そんな事より、森崎弥生(もりさき やよい)ちゃん。宮本社長の底が知れません。永田町の化け物の一味らしい。結婚は見合わせた方が・・・。大事な時に余計な心配事が増えたじゃないですか。


「ほら。少年たち。もうすぐ、赤坂の料亭に到着するわよ」


 料亭なんて行き飽きたと、欠伸でもしそうな余裕たっぷりの宮本社長が言ったのでした。


・・・・・


 とんでもない事態に動揺する間もなく、僕たち四人は鈴木首相の前に座っていた。テレビドラマでしか見たこともない高級料亭。総理の横には経団連会長、大手ゼネコンの社長、鉄道会社の社長などなど。いただいた名刺に並ぶ日本屈指の敏腕経営者の名前の数々。政府関係者を含め、総勢二十名。


 これが、ダン・B・リトルの力なのか。街、一つを作り出そうとする怪物の本気が見える。僕は急遽、カフェ『YADOYA』の仲間たちに連絡をとって用意してもらった『フォーシーズンリゾート』の企画書をダウンロードした。プロジェクターでスクリーンに映し出し出す。


 これだけの面々にプレゼンテーションする機会が、こんなにも早く訪れるとは思いもしなかった。僕は興奮する気持ちを押さえ、この場を提供してくれたダン・B・リトルに感謝の一言を述べてから、説明を始めた。


 いつの間にか、司会者よろしく『場』を取り仕切る宮本社長。小間使いのように動き回る真司くん。凛とした姿でオーラを振りまく瑞菜さん。みんな楽しそうだ。


 集まった面々に笑顔が伝播していく。新聞や経済雑誌で見るお堅い表情が緩んで子供みたいだ。渦巻く欲望も見え隠れするけど、みんな本当は日本を元気にしたいだけなんだ。


「これで、僕たち『YADOYA』のメンバーがアイデアを出し合った『フォーシーズンリゾート』の概要説明を終えたいと思います。最後にみなさんにお願いいがあります!どうか、駆け引きなんて些細なことに、こだわらないでください。僕は『YADOYA』を造って気づいたことがあります。大人も子供も、みんなが元気になれば世の中が変わるんじゃないかって。よろしくお願いします」


 鈴木総理が立ち上がって、一同を見回す。


「駆け引きが些細なことか。どうする。諸君。我々の孫の様な者達が日本の未来を憂いている。大人の対応ができるかが、この国を未来の子供たちに託せる唯一の手段だと私は信じたい」


「分かりました。首相。税金の投入は一切不要です。ヒントは既に彼らからいただきました。各企業がアイデアを出し合って未来の街づくりをしようではありませんか。経済原則に従って、知恵を出したものがそれに見合った利益を取る。我々は経済人ですからな。お互いに切磋琢磨しようではありませんか。集まった御一同、よろしいかな」


 鈴木総理の話を受けて、経団連会長が一言述べる。子供に戻ったかの様なキラキラした目で皆が頷く。なんだか目頭が熱くなってくる。『YADOYA』から生まれたぽっと出のアイデアが、限りなく大きくなっていく。


「ありがとうございます!」


 僕たちは頭を大きく下げていた。僕は瑞菜さんの横顔をチラリとのぞいた。彼女も僕の方を見ている。僕には瑞菜さんが本物の女神に見えた。僕を導いてくれる女神。国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜さんに出会ってヘタレだった僕は変わった。


 ありがとう。瑞菜さん。胸がいっぱいだ。興奮で今夜は眠れそうにない。こんな日が訪れるなんて夢のようだ。

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