第77話 反射的にポーズを決めるなんて天性の素質です。

<森崎弥生(もりさき やよい)視点>


 久しぶりに西宮陽(にしみや よう)くんの家を訪れた。懐かしい匂いがする。ここは私、森崎弥生(もりさき やよい)にとって原点の様な場所だ。私は一人感慨に耽っていた。


 ヘレン・M・リトルちゃんに矢内真司(やない しんじ)くん。またまた、おかしな仲間が加わっている。陽くんらしいと言うか。キッチンをいちご大福で一杯にするなんて事は、まともな思考回路の持ち主なら絶対に思いつかない。手分けをしてご近所に配って回っても、まだ百個近くは残っている。


 当の陽くんはいちご大福が消え去ったキッチンで、手料理を作っている。いちご大福の食べ過ぎで、しょっぱいものが食べたいと皆でせがんだからだ。今晩の献立はサバの味噌煮と肉じゃが、ひじきの煮物にアサリのお味噌汁だって。アメリカじゃ絶対に食べられない。とっても楽しみだ。


 食材を刻む軽快なリズムに乗って、食欲をかき立てる美味しそうな香りがリビングに流れ込んでくる。日本語のバラエティ番組とトランプで時間を潰す私たち。のんびりとした時間が流れていく。


 真司くんかー。執事の衣装が様になっている。まあ、イギリス仕込みの本物の執事なんだから、当然と言えば当然。色白で女の子みたいな綺麗な顔をしている。


 あれっ?ちょっと。彼、意外にいけるかも。私の中で探し求めていたピースが、パズルみたいに次々と組上がっていく。宮本京(みやもと けい)社長!見つけました。


「月(つき)ちゃん、瑞菜さん。久しぶりに陽くんがご馳走を作ってくれているんだから、私たちも例の準備をしなきゃね」


 私は二人に目線で合図を送った。んっ、もう!二人とも忘れちゃっている。


「準備って?」


 月(つき)ちゃんが口をポカンと開けた。口からこぼれたいちご大福がポロリと床に落ちて転がった。


「今日はお客さんが二人もいるのよ!コスプレに決まっているじゃない」


「うほっ!そうだった」


 やっと思い出したか!月(つき)ちゃんのノリノリの表情が頼もしい。


「そうでした。久しぶりにやりますか」


 瑞菜さんものって来た。が、本命はそこじゃない!


「ぬっ。日本のオタク文化、コスプレか。面白そうじゃのう。わらわも参加するのじゃ」


 よしよし。ヘレンちゃんまでクリア。あと一歩だ。


「俺、そう言う恥ずかしい趣味はないから・・・」


 ぐっ。一歩後退。真司くん!意外にガードが固い。


「真司くん!ぐふふ。その執事の格好はかなり気合の入ったコスプレちゃうんかい。えへへ」


 ちょっと、月(つき)ちゃん!意固地にさせてどうすんのよ。


「くっ。笑うな!これはれっきとした俺の正装だ。警察が制服を着るのと同じくらい重要なんだ」


 ほら、もう。こういう子はおだてるのが一番良いんだから。


「真司くんはセンスがいいから、何着たって似合うと思うな。うん。間違いなし」


「ヤナイ、金のなる木に逆らうな。わらわの命令だ」


「くっ。分かりました。姫(ヘレン)様」


 ヘレンちゃん!ありがとう。これで第一関門突破ね。


「じぁあ、向こうの部屋で着替えをしましょう」


「おっ、俺も行くのか?女ばっかりの着替え・・・」


「ゲストが先です」


 瑞菜さんがキリリと言ってのける。私と月ちゃん、瑞菜さんにヘレンちゃんが加わって真司くんを別室に連れ込んだ。すかさず身包みをはぎ取っていく。


「やっ、やめろー。三人とも俺に触るな!くっ、くすぐったい」


「黙れ!ヤナイ。これは命令だ」


「ばっ、ばか。勝手に脱がすな」


「女の子みたいなきれいな肌。ぐふふ。月(ボク)、よだれが・・・」


「分かった。自分で脱ぐから。ぱっ、パンツだけは許してくれ!」


「こう言うのは見えないところが重要なのよ。気持ちを引き締めるんだから」


「女モノの下着じゃないか。助けてくれー」


「弥生ちゃん?彼、気を失ったみたいよ」


「チャンスよ。瑞菜さん。国民的無敵美少女メイクをお願い」


「まさか・・・。弥生ちゃん」


「そう、そのまさかよ。瑞菜さん。私の目に狂いはないんだから。月(つき)ちゃん。ヘレンちゃん。手伝って!アイドルの衣装を着せるわよ」


「うおっ!がわいい」


「やっ、ヤナイが女の子に変身した。かっ、金の匂いがする。間違いない。ヤナイはアイドルとして売れる」


「行けるわ。京社長。見つけました。瑞菜さんの後継者、国民的無敵美少女Ⅱ候補を」


「線の細い女の子みたいな顔だと思ったけどこれほどでしたか。弥生ちゃん。ありがとう。私、引退して陽くんのお嫁さんになれるんですね!」


 女の子三人で盛り上がりまくり。瑞菜さんが手に持つ鏡に映る真司くんの寝顔は正に眠れる森の美少女。男の子だけじゃなく女の子のハートを鷲掴みにする魔力を感じる。さあ、目覚めるがいい。真司くん!


「ううん。だっ、誰だ」


「どう。国民的無敵美少女Ⅱ候補の矢内さん。あなたは今から矢内真子(やない まこ)よ」


「バッ、バカな!これが俺?????。嘘だ。俺には『執事』界のプリンスとして裏の支配者となる夢が・・・」


「ぐははは。ヤナイ。ビッグマネーの為じゃ!国民的無敵美少女Ⅱになるまで男に戻ることは許さん。これは主としての命令じゃ」


「化粧も演技も歌も私が教えます!」


 ヘレンちゃん。瑞菜さん。完璧だわ。


「真子ちゃん。裏の支配者なんて小っちゃい夢は捨てなさい!あなたは国民的無敵美少女Ⅱとして、アイドル界の支配者となるのよ。『執事』界のプリンス?いいえ、真子ちゃんは今日からアイドル『プリンセス真子』よ」


 あれっ。私、言い回しが京社長っぽいかも。アメリカで長く一緒だったからうつったのかな。取りあえず京社長に報告しなきゃ。スマホをカメラモードにして真子ちゃんに向ける。


「ハイ、チーズ!」


「ニッ」


 パシャ。


「あっ」


「なーんだ。可愛い顔を作って、実はノリノリじゃん。ぐふふ。月(ボク)にも撮らせてよ。マイアルバムに新人追加だ」


「違うんだ。体が勝手に・・・」


「反射的にポーズを決めるなんて天性の素質です。元祖、国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜の言うとおりにすれば、必ず『プリンセス真子』になれます」


 見えるわ。瑞菜さんのオーラが彼に、もとい、彼女に流れ込んでいく。今、ここに『プリンセス真子』が誕生した。


「皆さん!真子ちゃんを陰で操る支配者は彼女の主である、このヘレン・M・リトルが務めさせていただきます。あくまで主役は私なんだから。誰にも文句は言わせません事よ」


ピーンポーン。


「西宮陽くーん。今晩はー!」


 この声は。京社長だ。社長ー!もう、遅いんだから。どこで油を売ってんのよ。

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