第64話 ちゃんとハッキリ、言わせて

<森崎弥生(もりさき やよい)視点>


 西宮陽(にしみや よう)くんに誘われて、温泉宿の前に広がる海辺を歩いていた。もう直ぐ日が暮れる。真っ赤に燃え上がるような太陽が日本海へと沈みこもうとしている。昼間は家族連れで賑わっていた海水浴客もいなくなり、ビーチは私と陽くんの二人きりだ。


 波打ち際まで歩いて来た私は、ビーチサンダルを脱いで裸足(はだし)になる。足が波にさらわれて、砂の中に沈み込むのが、むずがゆいけど水温が火照った体に心地いい。陽くんは誘っておいて、まだヘタレている。本当にもう、そう言うのは優しさとは言わないんだぞ。


「陽くん!すごい景色だね」


「あっ、うん」


 ほら、またうつむいて。でも、あま、そんな陽くんが好きなんだけど。『ヘタレな陽くんを本気にさせる』と言うライフワークは終わりを告げようとしている。本気を出した陽くんの姿は想像以上だった。国民的無敵美少女、佐々木瑞菜(ささき みずな)さんと並んで歩いても負けていないくらい。


「弥生さん。ありがとうございます」


 いきなりそうくるわけ。困った陽くん。これから陽くんの元に、本格的に様々な人が集まってくると言うのに。最後のヘタレ矯正が必要だわ。


「そうね。陽くんには色々と貸ができたらか返してもらわないと」


 私は満面の笑みで陽くんを見つめ返した。


「えっ」


 ほらほら、混乱している。かわいいんだから。


「その前にちゃんとハッキリ、言わせて」


「・・・」


 この際、きっちりと困らせてやらないと。陽くんは私と同じで何時までも引きずるタイプだもんね。


「私、森崎弥生(もりさき やよい)は西宮陽くんのことがずっと、ずっと好きでした」


 よしよし、良い子だこと。目を逸らさずに受け止めた。陽くんもちゃんと成長している。


「うん」


「瑞菜さんになんかに負けないくらいだよ」


「うん」


「だったら約束して。私をふった分、瑞菜さんを一生大事にするって!じゃないと私が惨めになるでしょ」


「うん」


「うんじゃないでしょ。はいでしょ。西宮陽!いつまでもヘタレのままじゃ心配になるじゃない。バカ」


 やだ、私、何で泣いているの!こんなはずじゃなかったのに。森崎弥生、しっかりしなさい!あなた、それでも社長なの。なんで涙が止まらないのよ。これじゃあ、陽くんにも瑞菜さんにも合わせる顔がない。でも思いが止められない。気が付いたら陽くんの胸に顔を埋めて泣き叫んでいた。陽くんの手が肩をそっと抱いてくれる。あったかい。


「西宮陽のバカ、もう、どうしょうもないヘタレ。鈍感で無神経で・・・。うぁーん」


 陽くんは黙ったまま私を抱き止めてくれている。彼の胸を拳で叩きながら子供みたいにしばらく泣いた。泣き声が海に吸い込まれていく。


「もういい。気がすんだ」


 思いっきり泣いたら気持ちが晴れた。ヘタレは私の心だった。私たちは砂浜に座って星空を眺めた。もうすっかり日は沈んでしまっていた。


「陽くん。私ね、宮本京(みやもと けい)社長と一緒にアメリカに渡ろうと思うの」


「えっ!」


「驚いたでしょ。ふふっ。仕事は別に日本でも出来るけど、現場感と言うか・・・。悔しいけど、エンターテインメントの世界で日本はまだまだって言うか。今が修行のチャンスかなと思って」


「ちょっと待ってください。話が急すぎて。なんで宮本社長なんですか」


「あの社長、私以上に変態だけど仕事はキレるって言うか、思いのほかしっかりしているし。それに陽くんみたいに律義なところがあるのよ。商品には手を出さない主義なんだって。おもしろいでしょ」


「本気ですか?」


「もちろん!」


「ならできるだけの協力をさせてくだささい」


「よかったー。反対されたらどうしようかと思った」

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