第43話 約束してくれるまで、膝の上から降りません

<佐々木瑞菜(ささき みずな)視点>


 西宮陽(にしみや よう)くんは前を向いたまま、重い口をゆっくりと開きました。ソファに横に並んで座る私は、陽くんの腕に頭を預けながら彼の指に私の指を絡めました。


「小学校六年生の時、僕は自分が養子であることを知りました。僕のお父(とう)さん、西宮新(にしみや あらた)は僕の本当の父(ちち)が藤原克哉(ふじわら かつや)であることを教えてくれました。僕の本当の母(はは)の名前は佐伯日奈(さえき ひな)。僕は、妻のいる藤原克哉が佐伯日奈と不倫してできた子供です」


「陽くん・・・」


 私は絡めた指を強く握り締めました。


「僕が生まれた時に僕の命と引き換えに本当の母(はは)は、一人ぼっちで天国に旅立ちました。親友だった僕のお母(かあ)さん、西宮沙希(にしみや さき)に遺言を残して。こうして生まれたばかりの僕は西宮家に引き取られました」


「陽くん・・・」


 陽くんの指が強く握り返してきます。


「僕が小学六年生だった当時、既に藤原克哉は複数の企業を束ねる企業家になっていました。藤原克哉と本妻との間に子供ができなかったことから、いつか僕に目を付けるんじゃないかってお父(とう)さんとお母(かあ)さんは心配していました。だから僕は養子であることを知って以来、目立つことを止めたんです」


「・・・」


 気が付くと私は、陽くんに頭を預けたまま、子供みたいに大粒の涙をポロポロと流していました。涙が筋(すじ)となって彼の腕を伝い落ちていきます。


「ごめんなさい。つまらないことを話しました」


 陽くんは私に謝りました。


「ううん。話してくれて、ありがとうございます。どんなことがあっても、陽くんは陽くんです。私の気持ちは変わりません」


 私は指を絡めたまま、ソファに座る陽くんに向かい合うように立ち上がりました。そのまま陽くんの膝を跨(また)ぐようにしてちょこんと座りました。もう片方の指も絡ませます。彼の膝の上に座ると目の高さが丁度、同じになりました。私の目の前、ほんの十センチほど先に陽くんの顔があります。陽くんが私の顔を真っ直ぐに見すえて、真剣な顔で私の瞳の奥を覗き込んできました。


「佐々木瑞菜(ささき みずな)さん」


「はい」


 私も陽くんの瞳を覗き込んで答えます。陽くんの黒く澄んだ瞳がとってもきれいです。二つの瞳の中に私が映り込んでいます。陽くんは静かに笑顔をつくりました。


「僕は逃げ回っているだけでした。でも、もう逃げません!」


「はい!」


 私は、国民的無敵美少女アイドルであることをすっかり忘れて、とびっきりの笑顔で答えました。


「陽くん。お願いがあります」


「はい?」


「私に宛てたラブレターの陽くんの名前の所を書き直してください」


「えっ。・・・。気づいていたんですか」


「もちろんです」


 私は綺麗に折りたたんだラブレターを、ポケットから取り出して開きました。二人は向かい合ったまま便せんに目を落とします。




『初めてキミを見た時の衝撃は今でも忘れない。


あの日から僕はキミのとりこだ。


キミのほほ笑み、キミの言葉、キミの歌声、キミの姿。


キミの全てが僕の魂をふるわせる。


あぁ、なんでこの世の中にはこんなつまらない言葉しかないのだろう。


僕の思いをキミに伝える言葉が欲しい。


どんな芸術も、どんな音楽も、人類の英知さえも霞んで見える。


キミに会いたい。


キミをそばで感じていたい。


キミが僕のすべてならいいのに。


キミのために僕の人生はあると思う。


世界が滅んだとしても、僕はキミを永遠に愛す。


西宮陽より』




 私は便せんから目を上げて陽くんを見つめます。


「約束してくれますか」


「はい」


 陽くんは私を見つめ直してから、しっかりとした口調で答えてくれました。


「はい。じゃあ、サインをやり直したら寝ましょう」


「えっ?」


「私も陽くんにお返しなければなりません。明日の朝まで陽くんのベッドで添い寝します。アイドルの添い寝ですよ」


 うわっ。言っちゃいました。恥ずかしくて死にそうです。


「えっ!」


「ですから、そのー。私が眠る前に、声に出してこのラブレターを読んでください!」


「えっ!!」


「『えっ』の三連発です。陽くん、ヘタレが治ってません」


 私は無敵美少女の顔を取り戻します。


「読んでくれるって約束してくれるまで、膝の上から降りません」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る