第38話 詳しい話を聞かせてもらおうか

<西宮陽(にしみや よう)視点>


 あれから一ヶ月がたった。僕は、私立修学館高校2年3組の開け放たれた教室の窓から、外の景色を眺めていた。入り込んでくる風が熱気を含んでいる。校庭の奥にあるプールの水面(みなも)が日差しを受けてギラギラと輝いている。もうすぐ本格的な夏が来る。


 僕の隣、森崎弥生(もりさき やよい)の席はもう二週間以上、空いたままだ。結局、一学期を終了する前に彼女の始めた事業は波に乗り、休学状態が続いている。不思議なものだ。いつも隣で、僕のことをがなり立てていた、騒がしい存在がいなくなると寂しく感じる。失ってわかる存在とはよく言ったものだ。


 僕は弥生さんの爆弾発言の後のことを思い出していた。僕の家に泊まりに来ていた森崎弥生。同居人の国民的無敵美少女こと佐々木瑞菜(ささき みずな)。そして妹の西宮月(にしみや つき)の四人は明け方まで夜通し作戦会議を行った。学園祭の前日のような心躍る時間を共に過ごした。


 未成年者が会社を興(おこ)すのは想像以上に大変だった。インターネットで調べて始めてわかったのだが、僕ら未成年は会社どころか、親の同意がないと事務用品一つ買えない無力な存在だったのだ。そこで、まず弥生さんのご両親を説得して同意をとる必要があった。


 弥生さんのお父さんが税理士だったのはラッキーだった。それでも、せっかく入った名門修学館高校を退学するインパクトは強烈だったようだ。僕はその時の光景を思い出して一人で笑ってしまった。翌日、僕は弥生さんが両親を説得するサポートに回るために、彼女の家について行くことになった。


「あなた、弥生が男の子を連れてきたわよ!」


 僕と弥生さんを玄関で待たせて、弥生さんのお母さんがマンションの中に向かって言った。


「・・・」


「あなたったら。いるんでしょ!」


 僕たちは弥生さんのお母さんに連れられてリビングに入った。


「・・・」


 ソファーに1人、弥生さんのお父さんがぶ然とした態度で座っていた。僕たちはお父さんの向かいのソファーに座った。弥生さんのお父さんは落ち着かない様子で無言で僕のことをじろじろと観察して来る。弥生さんが口火を切った。


「お父さん。お願いがあります」


「どこの馬の骨か知らんが娘はやらん!」


 あれっ。弥生さんのお父さん。何か勘違いしてません!


「私、学校を辞めます」


「なんだと、私の可愛い弥生を妊娠させたのか。きさま、くっー」


 やばい。話が在(あ)らぬ方向へ。弥生さんのお父さんは僕を睨みつけた。今にも飛びかかってきそうな勢いだ。


「すみません。お父さん。僕は弥生さんのクラスメイトで西宮陽(にしみや よう)と言います」


「初対面のきさまに。お父さんなどと呼ばれる筋合いはない。弥生!昨日は女友達の家に泊まると嘘をついたのか。ここんな男の家に泊まりに行くとは・・・」


 話が完全にこんがらがっている。三流ドラマを見ているようだ。弥生さんのお父さんは顔を真っ赤にしている。呼吸も荒くなってきている。今にも倒れそうだ。


「誤解です、森崎さん。僕が弥生さんについてきたのは、彼女が会社を作るのに、ぜひ、お父さんの協力が必要だからです」


「・・・。弥生を我が家から奪いにきたのではないのか。かっ、会社ってなんだ」


 僕はネットで入手した知識を加えながら、弥生さんに代わって事の経緯説明した。


「クラウドファンディングで三千万円とは。今どきの若者のやることはとっぴすぎて良くわからん」


 弥生さんのお父さんはあきれ顔だ。


「問題はこれだけの大金が、現実に集まってしまったと言う事実です。弥生さんを詐欺師にしない為にも、会社を興す必要があるのです」


「弥生が詐欺師?」


「そうです。未成年は両親の同意がない限り、印鑑証明が取れません。そうなると登記も行えず、会社の設立はできません。弥生さんは未成年です。会社の取締役社長になれたとしても、親の同意なしで資金を使うことができません。弥生さんのお父さんは税理士とうかがっております。弥生さんの事業が有望であることは、この三千万円が証明しています。どうか、父として弥生さんの夢に協力していただきたいのです。弥生さんは有能な大人の会社役員、代表権を持つ取締役を必要としています」


「・・・。会社役員?代表取締役?この私がか」


「そうです。代表取締役専務です」


「詳しい話を聞かせてもらおうか」


「はい」


 こうして弥生さんの会社は設立に向かって動き出した。

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