第26話 バトンは受け取った

<西宮陽(にしみや よう)視点>


 僕と同じヘタレが集まったCチームにしては、予想以上にみんな頑張っている。やればできると言うことか。勇気をもらえる半面、プレッシャーがつのる。


ん?


 ゼイゼイと言いながら苦しそうに倒れ込んでいるくせして、走り終えたチームメイトの顔がやけににやついている。


「山田くん。大丈夫ですか?保健委員を呼びましょうか」


「西宮くん。大丈夫、俺、今、最高に幸せなんだよね」


「・・・。まあ、頑張りましたからね。山田くんらしくないくらい。CチームがBチームより上位なんて信じられません」


「キミだって観客席前を走ればわかりますよ!」


「えっ」


 僕は慌てて観客席前を見た。・・?森崎弥生(もりさき やよい)さんが目の前を走るCチームの選手に何か声を掛けている。選手の動きが見違えるように良くなる。


「だろ。一人でも追い越したら森崎さんがデートしてくれるって」


 そっ、そんな裏技を使うとは。森崎弥生、侮れない。生徒会風紀委員長としてはいかがなものか。が、しかし応援には違いない。僕は戻ってくるクラスメイトを見た。必死さが伝わってくる。てか、そんなに無理したら本当に死んじゃうだろ。


「西宮くん。そろそろキミの番ですよ。アンカー、頑張ってね」


 山田くんはそう言い残して、幸せそうな笑顔を貼り付かせたまま深い眠りについた。っても呼吸はしているので死んだわけではないが。Cチームの選手はどいつも似たような状態だ。


 僕はコースに出て、バトンを待った。佐々木瑞菜(ささき みずな)の視線を感じる。大丈夫。この二週間、こっそり練習は積んである。練習後のクールダウンも完璧だ。ベストコンディション。


『おおーっと。意外な展開です。2年3組Cチーム。ゴール前コーナーでまた一人抜いた。スタート、最下位の15位からあれよあれよと言う間に7位まで順位を上げています。これは佐々木瑞菜、効果でしょうか。日頃、大人しい選手が大躍進です』


 アナウンスの言葉に会場に笑いと拍手の渦。くそっ。西宮月(にしみや つき)。妹のくせしてお前もグルか。各クラスのAチームのアンカー五人は陸上部の猛者で占められている。残りの4組Bチームのアンカーは2年生にしてバスケット部の主将をつとめている。いずれも全国大会レベルの俊足ばかりだ。彼らは次々とバトンを受け取って走り出す。


『さすがは我が修学館が誇る陸上部の面々。速いです。今までの選手とはけた違いです』


よし、バトンは受け取った。


 走る。最初っから全速力だ。リミッターなんてかけない。まずは目の前のバスケット部主将だ。


 なんなくパス。いける。次は前方でバトルを繰り広げる陸上部員だ。僕は最初のコーナーを全力で駆け抜けた。


『おーっと意外です。2年3組Cチーム、華道部幽霊部員、西宮陽が猛追をかけております。速い。信じられない速さです』


 グラウンドのどよめきにクスクス笑いが混じる。


 くっ。華道部と言うな!


 月(つき)のやつ。家に帰ったらとっちめてやる。観客席の前をぬける。瑞菜さんの視線を感じる。まだまだいける。僕は陸上部員の後ろに食らいついた。一人、また一人と追い越していく。最終コーナーを終えて残すところ後一人だ。


 もう、グラウンドに響きわたる雑音は耳に入らない。呼吸の苦しさも感じない。体がふわりと軽くなった。目の前の選手の動きがスローモーションのように遅れて見える。忘れていた感覚が蘇ってきた。僕は気が付くと彼を追い越してゴールテープを切っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る