第13話 どんな難問にも答えがある
<西宮陽(にしみや よう)視点>
僕、西宮陽(にしみや よう)の中でゆっくりと動き始めていた時が、再び目まぐるしく動き始めているのを感じる。春から夏へと向かう季節はエネルギーに満ちている。そっとして置いて欲しいものだ。
佐々木瑞菜(ささき みずな)さんとの出会いは衝撃的だった。芸能人なんて、上昇志向のかたまりのような人間が集まっているものだと思っていた。でも、彼女は違った。天性の輝きが彼女を導いたのだろう。彼女の心はあまりに純粋で僕を驚かせる。
これからどうすべきなのだろうか?流れに身を任すと言う手もある。人の心なんて飽きやすくて移ろいやすいものだ。どんな話題だって古くなって色あせていく。気楽に考えよう。なるようになるだろう。
授業中だと言うのに集中できない。もう、僕たちの大学受験ははじまっている。受験に意味があるかなんてわからない。ただ、人生の目的が決まっていない僕にとって、考える時間を先延ばしするには大学生活が必要だ。僕は何になりたいのだろうか?
いつも考えすぎてしまう僕の悪い癖だ。思考が堂々巡りをしている。思春期なんだろう。
「西宮くん。西宮陽!私の話を聞いているのかね。教科書が閉じているように見えるが。私の目は節穴かね。まあいい。この問題を解いてみなさい」
数学の先生が僕を名指しする。黒板を見上げると初めて見る図形問題が書いてある。僕は椅子を引いて教壇に向かった。クラスメイト達の視線が集まる。正直、居心地が良くない。
注目されるのは嫌いだ。心が穏やかでいられない。小さい時からずっとそうだ。緊張すると自分が自分でなくなったような気がして言い知れぬ不安に襲われる。でも、今日はいつもと違った。佐々木瑞菜に出会ったせいだろうか。
僕はチョークを取って黒板に向かい、それを走らせた。黒板が白い数字で埋まっていく。それと共に先生の顔が高揚していく。
「西宮くん!お前、この問題ができるのか?東大生でも正答率5パーセントを切った問題だぞ」
「・・・」
「まあいい。よく勉強しているな。皆さん、どんな難問にも答えがある。大切なのは答えを求めるのか、あきらめてしまうかだ」
「西宮!戻って良いぞ」
「はい」
僕は数学の先生に小さく答えて頭を下げ、自分の席に向かった。教室中がどよめいている。
僕は勉強をしたことがあまりない。それでも答えが頭の中に浮かんでくる。そのことで、小さいころから生意気だと言いがかりをつけられた。だから勉強しているふりをする。普通の友達が欲しくて時にはワザと間違えてみせた。
「今日は本気なんだね」
横に座る幼なじみの森崎弥生(もりさき やよい)の声で僕はハッとした。やってしまった。今日の僕はどうかしている。弥生さんが佐々木瑞菜(ささき みずな)に宣戦布告するなんて言うからだ。
『どんな難問にも答えがある』
先生の言葉だけが僕の頭の中を廻った。
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