回想④ ~違和感~
◇
そして旅行から帰ってきた夏休み中の数日後のある日。
夏休み明けのテストの日に向けて勉強して、お風呂に入って、喉が渇いたからリビングに飲み物を取りに行ったら高校生活に慣れるのが大変だったねーちゃんが偶然ソファで寝てて、テレビがつきっぱなしになっていたんだ。
この話は前にしたことがあるね。……うん、そう。そのときに流れてた深夜アニメがきっかけで僕はライトノベルに興味を持ったんだ。
アニメを見終わった後すぐに部屋に戻って、まずスマホでそのアニメのサイトを見て調べると、ラノベという原作があるのを知った。
……次の日、前に風花さんと一緒に行った『みつば書店』で発売してるとこまで全巻揃えたんだよ?
巻数? うーん、確か十巻近くあったけど、三日くらいで全部読んじゃった。光輝達からSNSのトーク上で夏休み中に行った旅行の写真やその思い出とかきてたけど、それに気が付かないほど夢中になってたね。
……ううん、ウソ。
正直連絡が来ていたのには気が付いていたけど、"早く返信しなきゃ"とか"どう返事すれば良い印象に捉えられるのかな"っていう今まで抱えてた不安感や圧迫感がスッと無くなって……うん。
あのとき僕の中では、ライトノベルの方が優先順位が上だったんだ。
まぁ訊く人によっては、ライトノベルと人間関係……どうして中学生という多感な時期に重要性が低い前者を優先したのかって疑問に思う人もいるかもしれないね。
でも、それほど僕はライトノベルに対してこれまで感じたことがない興味や熱を覚えていたんだ。あんなにもドキドキわくわくしたのは、初めてだった。
あ、一応一日経ってから気が付いて慌ててその返事を打ったりしたよ。寝てたーって、誤魔化した。
そして何事も無く夏休みが終わり、始業式……二学期が始まった。
ちょうどその頃かな。僕が光輝達カースト上位グループに対してずっと抱いていた、小さな緊張感や圧迫感をあまり抱かなくなったのは。
きっとそれは、"ライトノベル"という僕の初めての灯火が、僕の心を支えていてくれたからだと思う。
それに比べて逆に光輝達……特に光輝と紅羽さんは、何かと自分の意見を言う際に同意を求めてくることが多くなった。
俗に言う、『同調圧力』ってヤツだね。
僕がそう感じたきっかけは始業式の次の日、みんなで登校中でのこと。夏休み中にコンビニで購入した飲み物に付いていたアクリルキーホルダーをスクールバッグに付けていたとき。
そのキーホルダーは、僕がライトノベルに興味を持つきっかけとなったアニメのキャラクターが描かれた物だった。
突然、前方を歩いている光輝が振り向きながら眉を顰めて、僕のスクールバッグに付けたキーホルダーを見てきたんだ。
『……なぁ来人。そんなの付けてどうしたんだ?』
『あ、本当だし。なんかのアニメぇ? 似合わなーい』
『あー……、そう、かな?』
『あぁ、紅羽の言う通りだぜ。お前のキャラ的にそんなガキが付けるみたいなの、似合わねぇよ』
『え、えー、二人とも酷いなぁ……。夏休み明けってことでせっかく気分転換に付けてきたのに』
『はぁ、それは俺らにとってマイナスイメージだぞ馬鹿。……なぁ来人、俺だって"親友"のお前にこんなこと言いたくねぇけど、オレはお前のことを思って言ってるんだぜ? ―――なぁみんな?』
いきなり雰囲気が変わったことを肌で感じたのを今でも覚えてるよ。一瞬、あの場がまるで氷のように凍ってしまったのかと錯覚してしまうほどだった。
僕はすぐに自分の失態を悟ったよ。なんせ光輝や紅羽さんは僕の付けてるキーホルダーを見て、分かり易く見下した、嫌悪した表情になっているんだから。
僕のグループの中の居場所がなくなるかも、って、訳も分からずすごくヒヤヒヤした。
結衣さんや勲はどこか焦ったような表情で二人の様子を伺ってたけど……。
あれは僕が、光輝や紅羽さん、他の二人に対して僕が夢中になったライトノベルとアニメとかのサブカルチャー系統の話は絶対にしないと決意する瞬間だった。もちろんグッズも同様に、ね。
それで、その険悪な空気になった場をとりなすべく最初に動いたのは結衣さんだった。
『なぁ、勲たちはどう思って―――』
『まぁまぁ光輝、そんなことより学校遅れちゃうよ! ほらはやく行こっ!』
『……まぁ、結衣がそう言うんだったら。…………チッ』
『……………フンッ!』
『そう、だな。……来人、それは、外した方が良い』
その場は結衣さんのフォローのおかげでなんとか落ち着いた。その後も五人で一緒に明るく話をしながら登校したけど、一度でもあの雰囲気を感じた僕の目には、みんな表面上だけ楽しそうにしているようにしか見えなかった。
このときの僕は、その違和感を無視したんだ。ただこの日は光輝達の虫の居所が悪かったのだろうと、大して気にも留めなかった。
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