第58話 腹黒天使と雨と体育祭 後日談前編




 体育祭の次の日の放課後、私は廊下を歩きながらもある人との約束を果たすべく屋上へと向かっていた。



「うーん、私への麗華先輩のお話っていったいなんだろうなぁ……?」



 麗華先輩には私の肩を支えて一緒に保健室に連れてきてもらった恩があるからねぇ。来人くんのお姉さんということもあるし、その誘いを断るという選択肢は私には元から無い。

 ……でも麗華先輩から来人くん以外に接点が無い私に話があるぅ、だなーんてすごーく不思議なんだよねぇ。少しだけきんちょーするぅ……。


 私はうーん、と悩みながらも昨日の保健室で行なった、来人くんのお姉さんである麗華先輩との会話を振り返る。



 それは麗華先輩から私の足を伸ばすのを手伝って貰ったり、数分間蒸しタオルを当てるなどの処置をして痛みがあるかないかを確認して貰った直後の話だった。



『はい、これでひとまず大丈夫でしょう。これから数日間、足の筋肉を酷使する運動は避けるのが賢明ですね。しばらくしてもし痛みがあるようでしたら、整形の病院に行って下さい』

『わぁ、もう全然痛くないですぅ。ありがとうございますぅ!』

『それは良かったです。……あぁ、そうでした』

『?』

『明日の放課後、二人だけでお話があります。屋上に来てください』

『? はい、わかりましたぁ……?』



 そう言った麗華先輩がそのまま立ち去ろうとしたけどぉ、その直前に『あぁ、後で来人がここに来ると思うのでよろしくお願いしますね?』って言ったときはびっくりしちゃって思わずピシリと固まっちゃったもん!


 因みに私が気が付いた時にはもう麗華先輩の姿は無かった。


 当然、私は冷や汗を流しながらおろおろと慌てるしかない。だって午前中に来人くんと話した時以上に汗を掻いていたんだからねぇ……っ!


 ま、まぁ来人くんは嫌いじゃないって言ってたけどぉ……そんな言葉が嬉しくてぇ、でも恥ずかしくてぇ、耐えきれなくて逃げちゃったけどぉ、また同じてつを踏むわけにはいかない。


 正直、女子としてそんな状態で好きな人に会うのはなんとしてでも避けたかった。絶対に。


 かといって私の着替えは体育館近くの女子更衣室のロッカーに置きっぱなし。私が取りに行くにしても折角私の様子を見に来てくれる来人くんとすれ違うのは申し訳が無い。


 迫り来る瞬間ときにどきどきしながら、どうしようと考えていたら……。



「りっちゃんが私を心配して見に来てくれたんだよねぇ……! 嬉しかったぁ……!」



 話を聞くに、私の様子が気になったりっちゃんはこっそりと閉祭式を抜け出してきたらしかった。りっちゃんに来人くんが今どうしているのかを聞いたら、どうやら閉祭式に律儀に参加しているとのこと。麗華先輩は来人くんが後で来ると言ってたので、おそらく閉祭式が終わってから保健室に来るのかなぁ? と考えながらほっと一安心。


 そして閉祭式が終わるまでの間にりっちゃんから私の荷物を急いで持ってきて貰うことにしたんだよねぇ。

 最初はその急な私の申し出にジト目を向けていたりっちゃんだけれど、『ありがとぅ!』『りっちゃんがいてくれて助かったよぉ!』『もう神様かと思ったぁ!』とか褒め称えたら照れた表情を取り繕いながらも気分よく取りに行ってくれた。


 ……ちょろ可愛いよねぇ(目をサッと背けながら)。あ、もちろんそのお礼として今度の休日に食事を奢る約束をしたよぉ!


 ……んぅ? でも今思えば、なんで麗華先輩は来人くんが保健室に後で来るって知ってたんだろう? 私とすぐ一緒に保健室に向かったから直接来人くんとお話しする時間なんてなかったしぃ、スマホで連絡していた様子なんてなかったよねぇ……?


 私は屋上へと続く階段を昇りながら新たに浮上した疑問に対し不思議に思うも、昨日の続きを振り返る。



 私の荷物を持ってきたりっちゃんに感謝を伝えた後は、保健室の見張りをお願いしながらベッドのカーテンを閉めて急いで着替えた。


 タオルで身体中の汗を拭きとった後は、いつも体育の後に使用しているボディシートで全身をごしごし。そして香りづけ程度に制汗剤を使ってほんのすこーしだけ身体に振りかけた。


 またまたりっちゃんに感謝を伝えた後は、私は処置台に座りながらそばにいるりっちゃんと試合中のお話などを行なう。

 そして約その三十分後、麗華先輩の言う通り来人くんが保健室へと来たのだった。


 ……状況を察したりっちゃんが保健室を退室しようとするけどぉ、来人くんの視線がしばらくりっちゃんが消えてった方に向けられていたのはすこーし、すこーしだけモヤモヤしたなぁ……。


 今日のお昼休憩の時にそのことを訊ねたら『去り際に風花のことをよろしくっていう意味で微笑んだだけよ』って言ってたけどぉ、りっちゃんの笑みを浮かべた表情ってすっごく綺麗なんだから特に来人くんにその表情を向けるのは止めて欲しい……(しょぼん)。


 だって来人くんがりっちゃんに惚れちゃったら悔しいもん。好きな人が出来たんだとか言ってりっちゃんの名前がでちゃったら、どういう顔すればいいか分かんないもん!!


 ……ごほん。



 "モヤモヤ"という言葉から連想して、さっき言った通り同じ轍……つまり午前中での失敗を二度と繰り返さない様に丹念に自分の体臭をくんくん。


 そんな私の様子を首を傾げた来人くんが見ている事に気付いたけど、羞恥心がありながらもなんとか冷静を保ちながら私は保健室でのことや試合でのことを説明混じりに伝えたんだよねぇ……。


 その状況を思い出した私は階段でしゃがみ込む。大丈夫、他には誰もいないし聞いてない筈……っ! 私は両手で赤く染まった顔を押さえながら絞り出すように言葉を吐き出す。


 ふあぁぁぁぁぁっ!!



「来人くん、不意打ちであの言葉はずるいよぉ……っ。嬉しいとか恥ずかしいって思う前にぃ、思わず泣きそうになっちゃったじゃぁん……っ!」



 全力で挑んだ試合に負けちゃって純粋に悔しいけどぉ、私が頑張っていた姿を来人くんが見てくれた上に、そして認めて貰えたからさぁ……!


 あぁ、もちろん頭をポンポンされながら頑張って我慢したよぉ。……少なくともぉ、彼の前で涙を流すのはここじゃないって思ったからぁ。


 えぇ、頭ポンポンされてどうだったかってぇ? 簡単に言うとすぐさまベッドにダイブしたのち顔を埋めて喜びと恥ずかしさなどの内なる感情を爆発させつつ足をバタバタして身体中にほとばしる熱を発散させたかったって言えば分かるかなぁ?


 ……全然簡単に言ってないって思うのは気のせいだよぉ♡


 今まで来人くんには話して無かったけどねぇ、本当ならば試合を勝ち進めて優勝した暁にはご褒美として来人くんからいっぱい褒めて貰ったり私の身体をたくさん触って貰おうと思ったんだぁ……。


 まぁ今思えば後半の部分を来人くんに求めていたら間違いなく『痴女』認定される可能性があるから負けて良かったのかもしれないけどぉ……うん。試合中のテンションって怖いねぇ……。


 でも私が持てる全力で挑んだにもかかわらず試合に負けたのは、すっごく、すっごく(ココ重要!)悔しかったぁ!! だから来年の体育祭は絶対に優勝するぅ!!


 ………………。





「……来人くんは少しずつ前に進んでいるねぇ。本当にすごいやぁ……!」



 色々なことを振り返ったり考えている内に階段を昇りきる。私の目の前には、前に来人くんと一緒に来た屋上へと行ける扉があった。

 私はその扉の持ち手を握りながら息を整える。すぅー、はぁー。


 これから麗華先輩とお話をするというのに、今もずっと考えているのは彼のこと。



 来人くんは群衆の中で目立つような行動は苦手な筈なのに、試合中に勇気を出して私に大声で声援を届けてくれた。


 まだ異性に触ることに抵抗がある筈なのに勇気を出して私の頭を撫でてくれた。


 それらを含む高校生活の中で数え切れないほどの来人くんの"歩み"を、私はすぐ側で見てきた。




 気分がほんのり軽くなりながら、僅かに心の中に巣食っていた緊張感が消え去る。自然体のまま、私はそのままがちゃり、と扉を開けた。


 屋上を見渡す限り、茜色に染まった夕陽が辺りを照らしていた。そこには以前見たときと変わらず様々な種類の色鮮やかな観葉植物が植えられた花壇やプランター、ベンチが置かれている。


 その中心には、穏やかな風に吹かれながら艶やかな長い黒髪を揺らした人物がいた。

 端正な顔立ちをした彼女は私が来たことに気が付くと、『女神』のような笑みでにこやかに微笑んだ。



 なら、それがキミにとってかけがえのない道になったとき―――、



「ご足労を掛けてしまい申し訳ありません。―――お待ちしておりました」

「こんばんはぁ、麗華先輩」











 いつか、私のこの気持ちに気付いてくれるかなぁ?




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