第43話 天使とクレープをはむはむ 2




 ……うーん、かといって僕のクレープはほとんど口を付けちゃっているからなぁ。うーん、うーん……あっ。



「ちょっと待っててね。僕が食べた方ちぎるから」

「……別にそのままでも良かったのにぃ」

「え、ごめん良く聞こえなかった」

「なんでもなぁい……」

「そう?……っと、よし。はい、風花さん。遠慮なくいっちゃって」

「ありがとぉ……! あむっ、もぐもぐ……んぅ! こっちも美味しいねぇ!」



 僕が口を付けたところはすべてちぎりクレープの本体を風花さんに手渡すと、はむはむしてもぐもぐする。

 美味しいという言葉通りその表情は満面の笑みが広がっていた。


 そしてクレープが僕の手元に戻ってくると、また一つある問題が起こった事に気が付く。



(……あっ、これ間接キスにならない?)



 しまった僕のアホめ! それだったらさっきちぎった方を渡せば良かっ……いやそれも間接キスになってたね!? 結局クレープ本体を渡しても、ちぎった方を渡していたとしてもどっちも八方塞がりだった!


 いったいどうしたらいいんだ……っ、と僕が悩みながらふと風花さんを見てみると、ちょうど彼女は晴れやかな笑みで自分のクレープにかぶりついていた。


 どうやらまだ半分までも到達していなく、上部の生クリーム部分から顔を上げると―――、鼻にちょこんとキャラメルソース交じりのホイップが少しだけついている。


 そのまま美味しそうに食べ続ける様子から察するに、彼女はそれに気付いていないようだ。かぁいい。


 僕は自分で拭き取って貰おうとそのことを風花さんに指摘しようとするけど、僕の脳裏にはあることが稲妻のようにひらめく。



(はっ……! これ、もしかして僕が風花さんの鼻についたクリームを拭うことによって、女性にれる練習になるのでは……っ!?)



 風花さんから屋上で提案された、僕の苦手克服のための女性に触る練習。この前、図書館での勉強会の際にも息抜きで行なったけど、あれは風花さんが僕を思ってのことだろう。

 自分の身を犠牲にしてまで協力してくれているのだから……僕も、それに応えないと! 向き合うって決めたんだから、これにもちゃんと向き合おう!


 …………うん! い、今からする行為は、風花さんがこれ以上鼻にクリームを付けた状態で周りに恥を晒さないようにするため! ……あと、僕のため。



「風花さん、少しだけこっち見て」

「んぅ? ―――ッ!」

「ホイップ。は、鼻に付いてたから!」

「……え、えへへぇ……! い、いつの間に付いてたんだぁ……っ。な、なななんだか恥ずかしいなぁーっ! でも、来人くん、ありがとうねぇ……っ?」



 僕は人差し指と中指で風花さんの鼻に付いたホイップを拭い取る。


 いきなりの僕の行動に、垂れ目な瞳を見開いてびっくりした様子の風花さん。なんだか凄く動揺したように声を震わせているけど、僕、これでも勇気出したんだからね?

 たぶん僕も顔が真っ赤だろうし、すっごい恥ずかしかったけど! うん、身体が熱い!


 これからも僕から風花さんにいきなり触る機会が増えるかもしれないけど……できれば引いたりしないで貰えると助かるなっ?


 そう考えながらも、僕はたったさっき拭い取った指先のホイップを見つめる。



(こ、これどうしよう……っ。風花さんの鼻先に付いていたクリームを指で拭ったはいいけど、この先はどうするのが正解なんだ……っ? ポケットティッシュ……! は、ポケットの中だけど両手が塞がってて取れそうもない。あとは……。はっ!! ななな舐めるぅ!? 風花さんの鼻に付いたクリームを!?)



 二つの選択肢しか思いつかずしばらく悩んでいた僕だけど、一度だけちらりと風花さんを見てみる。すると、彼女はなんとこちらの方をちらちらと見ているではないかっ!


 僕は内心メチャクチャ動揺する。拭く物は取り出せず、彼女は僕の次の行動が気になっている様子。まさにこの追い詰められた状況に頭が真っ白になり、プチパニックになった僕。

 次の瞬間、無意識に身体が動いた。





 ―――そのホイップの付いた指先を、口の中に入れてしまったのだ。




 ………………!? !?!?!?!?!?


 はっとした時にはもう遅い。ぎぎぎと錆び付いたブリキの人形のように風花さんを見てみると………、



「………………あ、あぅ……っ!」



 顔全体を真っ赤にして、か弱い声で僕の方を見ながら上目遣いでぷるぷるしていた。心なしか両目の端に涙を浮かべているように見える。



「~~~ッ!……ごっ」

「………ごぉ?」

「ごめんなさい~~~っ!!!」

「………ふぇっ!? ちょぉ、来人くぅ~~ん!!」



 僕は居ても立っても居られずに、残りのクレープを口に含むとそのまま風花さんを残して走り去ってしまったのだった。

 家に着いてベッドの上で転がっても、キャラメルの纏わりつくような甘さが口の中に残ったままだった。






 

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