バーベキューと手持ち花火も楽しかったぜ

 さて、70年代から80年代前半にかけては、日本では空前の釣りブームに湧いたがその理由は週刊少年マガズンの釣り漫画「釣りキチガイサンペー」の影響だ。


 このマンガは釣りというものがものすごく面白そうなことをうまく伝えていて、同時に釣り人たちのマナーの問題や自然保護の大切さなどもちゃんと取り上げているんだが、残念ながら身勝手な釣り人も多く、立入禁止の私有地や国有地に勝手に入り込んだり、禁漁地で釣りや密猟などを行ったり、密放流を行ったりなどの問題は絶えない。


 それはともかく釣りが終わったら、明智さんや最上さんたちの釣った魚も全部写真に収めてから、尾びれの付け根と、えら付近を背骨ごと深く切り、神経系を切断しつつ血抜きをしてから、エラや内臓をとって〆ておく。


 こうすれば魚も傷みにくくなり自己消化も抑えられて旨味も落ちないからな。


「部長はこういうことはちゃんとできるんっすよねぇ」


「まあな、魚を美味しく食べるには血抜きは必須だぜ。

 本当はクーラーで氷水につけるともっといいんだけど」

 

 で、今回釣ったヒメマスやクニマス、クログチマスなどは日本一水深の深い湖である秋田県の田沢湖のから受精卵を持ってきたもので、クニマス、クログチマスなどは田沢湖のみの固有種。


 秋田の昔話の辰子姫物語にキノシリマスという魚が出てくるのだが「木の尻」とは燃えた松明の燃えカスのことで、その黒さがクニマスと似ていることからその名が宛てられたらしいがクニマスはそれと同じ魚。


 しかしクニマスなどは1940年、戦時の総動員体制のもと、強酸性の水が流れ込んでいた玉川の水を、田沢湖の水で中和して農業用水を確保し、同時にダム湖にして電力供給するべく、田沢湖に玉川毒水が引き込まれたことで酸に強いウグイ以外の魚が湖から姿を消したのである。

 

 田沢湖は「玉川毒水」流入前はpH6.7と中性に近い水質だったが、70年ごろにはpH4.2まで酸性化が進んで、玉川下流の農業用水による米などの農作物の被害も深刻になったため、県は玉川温泉の水をアルカリ性の粒状石灰に河の水を通す中和方式により処理を行う施設を設置した。


 それにより中和処理が始まると湖水表面は5.63まで改善し目標値の6.0に近づいたが、水深400メートルでは4.88となかなか改善できていないようだが、これは『水温躍層』とよばれる現象が原因であろうと言われている。


 田沢湖町は魚の生息の可能性を調べるために、いけすでアユやイワナ、ニジマスなどを飼育しているが、湖水表面ですら魚は一週間程度で死んでしまうため、まだまだ、ウグイや鯉鮒以外の魚が生き延びて繁殖するのは無理ではあるようだ。


 それでも玉川下流域では農業用水に適した水質へと変化し、米の収穫量も改善し、魚が棲める水質になったと地元では宣伝して、田沢湖観光協会によるクニマス探しの懸賞金は、100万円だったりする。


 キャンプ場に戻った俺は浅井さんに鱒の料理の下処理を頼んだ。


「これバーベキューで焼いて食べるから下処理お願いできるかな?」


「あ、あ、はい、わかりました」


「最上さんと明智さんは女の子用テントの設営をお願いな」


「わかったよー」


「了解っす」


 俺は俺が寝るための小型テントを設営する。


 この頃はまだワンタッチ型のものはないのでポールを使うドームテントだが、組み立てはそんなに難しい訳ではない。


 二本あるポールをつなぎ合わせて、それをテントの中に入れて一点で交差させるようにテントに建ててテントを張って、ペグを打ち、フライシートを被せれば完成。


「よし出来たな」


 女の子たちたちも二人でやってるからか同じくらいで出来たようだ。


「できたー」


「できたっすね」


 向こうはファミリー用のでかい寝室とリビングルームが一体化した2ルームテント。


 こっちは2人用のちっちゃいドームテントだからあっちのほうが大変だったとは思うけどな。


 テントの設営も終わったら夕食の準備。


「浅井さん、鱒の方はどう?」


「あ、あ、終わってます。

 一緒に野菜も切っておきました」


「お、本当だ。

 すごいね」


 鱒は小さいやつは串を打って丸焼きに出来るようにしてあり、大きいものは三枚におろしてあってムニエルもできそうだし、野菜や鳥などは手頃な大きさに切ったり食べやすいように串で打ったりされている。


 もっともアメリカの本来のバーベキューは魚や豚や七面鳥をまるごと、牛でも固くて食べにくいブリスケットなどの部位の大きな塊を低温で長時間かけて焼く調理法でパーティの主催者がそれを切り分けて皆で食べるものだが、これが一般に普及したのは60年代ころで屋外で肉を焼くという習慣が持ち込まれたのはほぼ同時だったようだ。


 しかし、日本では戦前まで牛肉を焼いて食べるという文化はほとんどなく基本はすき焼きやしゃぶしゃぶのような鍋料理だったようで、昭和40年代に朝鮮半島問題がきっかけとなって、韓国を支持する店は「韓国料理屋」と名乗り、北朝鮮を支持する店は「焼肉店」を名乗るようになったことで焼き肉というものが一般的になったようで、1960年代なかばから「濃いタレ」をつけて焼く「焼肉」が一般にも普及したようだが、日本のバーベキューが”薄くスライスしたお肉をみんなでつついて食べる野外の焼き肉パーティー”になったのはおそらくそちらの影響のほうが大きいだろう。


 実際アメリカ人には「barbecue(バーベキュー)」よりも、「korean barbecue(コリアン・バーベキュー)」つまり「韓国式バーベキュー」と言わないと伝わらないくらいだ。


 そして焼肉のタレのモランボンは名前でもわかるが創業者の全演植と鎭植兄弟は朝鮮全羅南道出身らしいし。


 要はアメリカのバーベキューという野外で肉を焼くパーティの名前を使って、朝鮮的な焼き肉を行なうという魔改造が行われたわけだが、そこに貝や烏賊などの海産物を加えることはどちらもやっていないので、日本で独自に追加されたものだが貝や烏賊を七輪の上の網で焼くことはその前から行われているので色々諸々が混ざったものが日本のバーベキューなんだな。


 まあこれはバレンタインが日本で魔改造されたようなものでマスコミなんかの影響の大きい。


 80年代では牛肉は米や自動車と並ぶ日米貿易摩擦の主要品目の一つでもあったから、牛肉を中心とした焼き肉やバーベキューをマスコミがもてはやしたのもそういった理由もあっただろう。


「浅井さんはいいお嫁さんになれそうだね」


「お、お、お嫁さんですか?!

 あ、あ、はい、ありがとうございます」


 ちょっと赤くなって喜んでいる浅井さんだけど本当にいいお嫁さんになれそうだと思う。


 それからウインドサーフィンから戻ってきた水着姿の会長や芦名さん、佐竹さんやコテージから出てきた斉藤さんや朝倉さんも集まってきた。


「先生は大丈夫かな……」


 などと言っていたら上機嫌な上杉先生も戻ってきた。


「手間はかかったが、なかなかいい酒が手に入ったぞ」


「それは良かったですね」


 富士山の湧水と長野のうまい米を使った大吟醸はかなりうまいらしいからな。


「あ、会長、ちょっと話があるんだけどいいかな?」


「ええ、大丈夫ですわ」


「秋田の田沢湖でクニマスっていう魚を探してるのは知ってるかな?」


「いえ、知りませんが、それがどうかしまして?」


「今日釣りをしたときにそれっぽい魚を釣って魚籠に入れてあるんだけど、田沢湖町へ連絡して確認しに来てもらえるように頼めるかな?」


「そんなことをしてもお金になるのですか?」


「町がかけてる懸賞金は100万円だよ?

 向こうでは観光地の名物として期待してるらしいから」


「なるほど、では帰ったらすぐにやりましょう」


 うん、会長はわかりやすくていいな。


 俺がやり取りするより会長がやったほうがスムーズだろう。


 そして日もくれてきたらバーベキューグリルに炭をセットして火をつけ、薪に火をつけてキャンプファイヤーもやると、バーベキューが始まった。


「さて、どんどん焼いて食おうぜ」


「そうね」


 クーラーボックスからEBSやスーパーで買った肉などを取り出しトングで挟んで鉄網の上に乗せ、キャンプファイヤーの火で串を打った鱒を炙る。


「ん、バーベキューで焼くホタテに日本酒というのも悪くはないもんだ」


「と言いつつビールも開けてるじゃないですか」


「いいんだよ、日本酒とビールは別腹だ」


「先生の内臓はどんな構造なんですか?」


 そういえばゆるいキャンプ漫画の顧問の先生もめっちゃ酒好きだったっけ?


「やっぱりタンにはレモン汁が一番です」


 朝倉さんは牛タンを美味しそうに食べてる。


「バーベキューグリルで焼くサーロインステーキもなかなかのものっす」


 明智さんは豪快にサーロインステーキを焼いてにんにく醤油で食べてるようだ。


「と、鳥のもも肉も美味しいですよ」


 浅井さんは控えめなのか鳥のもも肉を焼いて、食べてるけどせっかくなんだからもっと高い肉を食べればいいのにな。


「この鱒も美味しいわね」


 斉藤さんは炙った鱒に塩をふり、レモン汁もかけて食べてる。


「川魚は生臭いから嫌いって言うやつも多いけど、ちゃんとぬめりを徹底的にとってやればそんなことはないんだよな」


 俺も鱒の炙り焼きを食べてみたがうまい。


 自分たちで釣ったという特別感もあるが、ヒメマスはマスやサケ類の中で一番美味しいと言われているもあるんだろう。


 もっとも今現在はまだ数が多いからこうして普通に釣って食べられるが、そのうち規制が厳しくなっていくんだけどな。


 しかも一番うまい時期に釣れないという。


「この魚ホイル焼きにしても美味しーね」


「だねー」


 最上さんと千葉さんも鱒を食べているようだ。


「魚って普段はそこまで食べないけどたまに食べると美味しいね」


「お前ら肉や魚ばっかり食ってないでちゃんと野菜やキノコも食えよ」


 先生がそう言うとみんなが野菜にも手を出し始めた。


「はーい」


「こういうとこで焼いて食べる肉とか野菜って多少焦げたりしても美味いってのは不思議だよな。

 で、先生も酒のつまみになるものしか食べてないじゃないですか」


 俺がそう言うと先生はクフフと笑っていった。


「大人はいいんだよ、もう成長しないからな。

 だから酒も飲める」


「そういう問題なんですか?」


「そういう問題なんだよ。

 なんで未成年は酒を呑んじゃ駄目なのかっていうのはそういうことなのさ」


「せっかくなんで写真を取ろうぜ」


「それはいいわね」


 斉藤さんがうなずくと会長も頷いた。


「いいですわね」


 俺はカメラを持ってちょっと離れた。


「よしみんな集まって、ハイチーズ」


 ”ぱしゃり”


 うまく撮れているといいけどな。


 焼きマシュマロやマシュマロとチョコをクラッカで挟んだのもうまかった。


「マシュマロって焼くとこんなに美味しいのね」


 斉藤さんがちょっと驚いてる。


「意外かもしれないけどそうなんだよ」


 バーベキューの醍醐味はみんなでワイワイと焚き火やグリルを囲んで、非日常的な空間を楽しむものだが、楽しいし美味しかったぜ。


 そんな感じでたらふく食べた後は、しばらく腹休めのためにコテージやテントでゴロゴロした。


「部長かたずけの時間っすよ」


「うー、もうちょっと休ませてくれ」


「だめっす! 必殺フライングボディプレス」


 そう言って明智さんがマジでボディプレスしてきた


「ぐえ?!」


「あー明智さんだけずるい、僕もー」


 と芦名さんや佐竹さんまで便乗してきた。


「俺も続くぞ!」


「ぐえ、ぐあ、ちょ、お前ら重いし暑苦しいって」


「あ、女の子に重いとか言うなんてひどいっす」


「だよね」「だな」


 などと言っていたら斉藤さんが冷たい目で俺たちを見下ろしていた。


「貴方達一体何をしているのかしら。

 ちゃんと片付けをしないとだめでしょう?」


「わ、わかったっす」


「すみません」「す、すまん」


 上に乗っていた女の子たちが立ち上がったことで俺もようやく起き出し、調理道具や食器を洗ったり、それを所定の場所へ片付けて戻したが、まだまだ遊び足りない。


 その頃には夕日も落ちてすっかり暗くなったことでもあるし、夏の夜の風物詩である花火をやることになった。


 準備としてバケツに水をためて花火の火をきちんと消せるようにして花火を開始する。


「やっぱ花火は綺麗でいいな」


 そうしたら斉藤さんが花火を手にとって俺の花火の方へ向けてきた。


「ねえ、

 私の花火にも火をつけてよ」


「ああ、どうぞ」


 俺の手持ち花火から吹き出している火を斉藤さんの手持ち花火の先端に差し出すと炎が燃え移ってきれいな花火が咲いた。


「静かなキャンプ場で花火をやるのも悪くないわね」


「まあ音を立てる花火は迷惑だから、禁止だしな」


 明智さんが手持ちの吹き出し花火に人つけて振り回たりしているけど、あれはあれで楽しそうだ。


 やがて派手な花火はやり尽くして最後に残ったのは線香花火。


「みんなで誰が最後まで落とさないでいられるか競争しようぜ」


「よし、負けないっすよ」


「お、落とさないようにですか?

 が、がんばります」


 そして一斉に線香花火に人つける。


「あっ」


「あ、やってしまったっす」


 俺や明智さんは早々に落としてしまって、みんな次々に脱落していき最後まで残っていたのは会長と浅井さんだったが一番最後まで残せたのは浅井さんだった。


「や、やりました」


「後ちょっとでしたのに惜しかったですわ」


 みんなでやるバーベキューや花火も楽しかったな。


 後は釣った鱒がクニマスやクログチマスであることが確認できれば、ここへ来た甲斐もあるってもんだ。

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