異界の災害級、敗北を悟る

 ブレイスは紫の法衣をはためかせながら、世界樹ユグドラシルの杖を指し棒代わりにして指示を出していく。


「ガイはそのまま攻撃を一身に受け止めてください」


「おう!」


 ガイの鎧は特殊な魔術がかかっているSランク装備だ。

 モンスターの敵対心を大幅に上げて、強制的に自分を狙わせるという効果。

 以前のガイと違って、今の彼は全身にSランク装備を纏っていても振り回されることはない。

 地道に身体を鍛え、自分より圧倒的に強い存在を知って心の奢りを捨て、心身ともに成長した。


「オルガは魔力切れに注意しつつ、確実に必要なときだけ撃ってください」


「わかったわぁ」


 オルガもSランクの杖とローブを装備していた。

 それらは魔力の伝導率が高く、魔術師の弱点である継戦能力を引き延ばせる。

 魔力の使い方を重点的に修業したオルガは、一撃の威力が高めのスタイルになっていた。


「マシューは……。うーん、なんかテキトーにやればいいんじゃないですかね?」


「僕だけ雑じゃないですか!?」


「あー、はいはい。ウェポンマスターお得意の武器を切り替えでがんばってください。……そうだ、ぼくが貸したスペアの世界樹の杖、アレを使ってもいいですよ! コントロールをミスると醜く自滅するので、ええ!」


 ブレイスとマシューは、エルムの弟分ポジションの争いで仲が悪かった。

 マシューは溜め息を吐きながら、刃の通らないダンジョンイーター用のハンマーを構える。

 渡されている世界樹の杖は最終手段だ。

 ウェポンマスターの特性である、武器の性能を引き出すというもの。

 それは杖にも適用されるため、超強力な杖を振りかざせば魔法レベルの特性も発動可能なのだが、安全にコントロールできるかは別である。

 修業をしている現状でも九割くらいは身体が内側から吹き飛ぶ。


「勇者は、ガイの役割を補助しつつ、適度に攻撃もおこなってください。身体能力的には、たぶんあなたが一番高いので動き回っていただきます」


「わかった、ブレイス殿」


 勇者は元からある程度強いのと、エルムのダンジョン攻略に付き合わされているのもあり、かなりの戦闘能力になっている。

 エルムやジ・オーバーが規格外すぎて目立たないだけで、冒険者の中では上位の部類なのだ。


「レンとコンの双子は……。そうですね、村での経験を活かして自由にやってみてください」


「えぇ、自由に!?」


「い、いいの?」


「修業もですが、普段の生活から弁当作りに至るまで、学んだことは沢山あるはずです。大丈夫、ここにいるメンバーなら余裕を持ってアシストしてくれますよ」


「わかった!」


「わかったわ!」


 兄であるコンは元々の剣術センスに加えて、エルムやショーグンから稽古を付けられていた。

 弁当勝負では周囲の意思をくみ取るということも学んだ。

 妹であるレンも魔術のセンスを、ブレイスによって開花させられつつある。

 弁当の材料集めで行ったジャングル修業では、死に物狂いの実戦経験も得た。


 二人とも、知らず知らずのうちにパーティー行動に必要な技能を学んでいたのだ。


「ショーグンは……今回はぼくと一緒に、手出しをせずに見ていましょうか」


「承知した」


 コクリと頷くショーグン。

 しかし、その手は常に刀の柄を掴める位置にあった。


「お兄さんとジ・オーバーを除けば、あなたが一番底知れないですからね。参加しては修業にならなくなりそうです」


「伝説の魔法使いともあろう者が、どうも拙者を過大評価しすぎるきらいがある」


「ただの人間ではありえない、眼の奥に潜む鬼火――あなたと戦うことがあるのなら、遠距離で戦い続けるしか勝ち目が無いと踏んでいるのですがね?」


 ブレイスはやれやれとジェスチャーしたあと、横にいるもう一人にも注意をしておいた。


「エドワードは事情が事情だけに連れてきていますが、危険なので前に出ないように。蘇生はできても、なるべく死というのは経験しない方がいいですから」


「わ、わかりました。拙僧は戦力的に足手まといなのはわかっているので、法国の仇のようなダンジョンイーターが倒れるところを一目見ることができれば十分です」


 元法国の王子であるエドワード。

 いくつかの口止めなどを条件に、この場で見届けることが許された。

 それが情報提供をしてくれたエドワードへの謝礼であり、法国への手向けでもあった。

 ダンジョンイーターと、即席六人パーティーの戦いが始まった。




 ダンジョンイーターは焦っていた。

 盾役のガイを狙おうとするも、他のアタッカーが横から攻撃を加えてくる。

 結果的に軌道がずらされて攻撃は届かない。

 何とかアタッカーを狙おうとしても、まるで群体のように他のメンバーがフォローに入ってくる。

 巨大なワームの身体をいとも容易く、翻弄するパーティー。


『ニンゲンめ……』


 ダンジョンイーターは生まれて初めて苦戦していた。

 彼は自我が芽生えたときから無敵に思える身体を持っていた。

 今までどんなモンスター相手の縄張り争いにも勝ってきた。

 同種族や、親兄弟ですら捕食した。

 進んだ後には骨すら残らない。

 人間が伝える法国での敗走というのも、ただ満腹になり、飽きたので異界の門から帰っただけなのだ。

 伝説装備で身体に傷を一つ付けられただけでは、気を乱すことなどなかった。


 しかし、現状たった六人の人間に弄ばれている。

 攻撃をしようにも、何者をも砕いてきた牙が届かない。

 ダンジョンイーターの頑丈な皮膚は傷つかなくても、相手からの的確な打撃は内部へのダメージを蓄積されていく。


『負けるというのか……ニンゲンに……』


 人間を食べて知恵を得てしまったために、このまま戦い続ければどうなるかというのも考えることができてしまう。

 空けてきた穴から逃げようとも思ったが、すでにダンジョンの自然修復力によって塞がっており、新たに穴を空けようとしても妨害されてしまうだろう。

 しかも、聞こえた話によると遅れてやってくる“本命”がまだ残っているという。

 どうにかして未来を変えなければならない。

 そのためには知恵だ。

 新たに得た知恵を使って隙を作るしかない。


『エドワード……怖いのか? そんな後ろで何を縮こまっている? 憎きこの私――ダンジョンイーターにトドメを刺したくないのか?』


「なっ!?」


 離れて見ていたエドワードは驚いた。

 化け物だと思っていたダンジョンイーターが言葉を発した次に、人間の立場や心理などを理解して話しかけてきたからだ。


『ここのニンゲンも美味かったが、法国のニンゲンも美味かったぞ』


「き、貴様ッ!」


「エドワード、落ちついてください。ぼくの側を離れては守れない」


 ブレイスが、飛び出しそうになるエドワードを抑える。

 一瞬、戦っているパーティーの視線もそちらに向いた。

 ダンジョンイーターはそれを見逃さず、すかさず攻撃に移ろうとするが――


「みんな、ダンジョンイーターに注意して! どうやら言葉によって惑わせてくるようだわ!」


 場の状況を冷静に観察していたレンによって御されてしまう。

 再び、パーティーの猛攻に晒されてしまうダンジョンイーター。

 隙も作れず、逃げることもできず。

 立場が逆転して狩る者から、狩られる者へと追いやられてしまった。


『この私がニンゲンになぶられるというのか……』


 明確に浮かんできた敗北の二文字。

 今まで意識したことのなかった自身の死。

 ダンジョンイーターは初めての本能――狂おしいほどの恐怖を感じた。


『死にたくない死にたくない死にたくない……』


 その巨体が嘆き、震える。

 そして環境に適応するという特性が、死の恐怖に対抗するための進化を促した。


「な、なんだアレは!?」


 ダンジョンイーターの顔に当たる部分は口と牙しかなかったのだが、そこから鋭い角や眼球が生成されていた。

 口も尖ったアゴが迫り出し、それはまるで――


「……ドラ……ゴンだと!?」


 大地を這いずるドラゴン――地竜のような姿に進化していた。

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