幼女魔王、人のために神剣の力を解放する

「うむむむ……暇なのである……」


 ジ・オーバーはダンジョンの前で待機していた。

 各層に散らばった冒険者からの報告待ちである。

 存在すると推測される異界の門を発見したら、冒険者が帰還してきて報告する手はずとなっている。

 ただそれも、深すぎる階層にあった場合は見つけることができない。

 エルムも『分が悪い楽しい博打』と、いつもと違う雰囲気で言っていた。


「まさか魔王である我が、恩のあるエルムや村人のためならまだしも、どこにでもいる冒険者と共闘することになるとは……」


 いくら村に住んでいるとはいえ、人間とは圧倒的な差がある存在。

 その気になれば小指一本で人間を消し飛ばすことも容易い。

 それに加えて、ただ待つことしかできないという歯がゆい状態。

 気怠く、溜め息を吐きながら壁により掛かっていた。

 ――そのとき、ダンジョンの転移陣から冒険者が出てきた。


「ジ・オーバーちゃん……うぐッ!」


「だ、大丈夫であるか? 傷だらけではないか……」


 身体の複数箇所から出血しながら、冒険者は座り込んでしまった。

 彼の顔は苦痛に歪みながらも、心配そうなジ・オーバーを見ると、無理にでも弱々しく笑った。


「情けない姿を見せちまったな……。でも、これくらい冒険者ならどうってことないさ……。それより二十層だ。そこに“異界の門”ってやつがあった……」


「二十層か、わかったのである」


「まだ中に数人足止めされている。情けないが、助けてやってくれると嬉しい……」


「ふんっ、助けるのは当たり前なのである。人間程度を救えずに、何が“限界超越の魔王ジ・オーバー”だ」




***




 ダンジョン二十層は、特殊な地形になっていた。

 神話に登場するネメアの谷と呼ばれるような、土の地面とゴツゴツした岩が配置されている場所。

 光が降り注ぎ、樹木まで育っているのが、このダンジョンは普通ではないというのを知らしめる。

 そこに偵察で送られた三人の冒険者がいた。


「この異界の門ってやつ、叩いてもビクともしねーな」


「ちくしょう、ジ・オーバーちゃんに良いところ見せられると思ったのに!」


「そういえば、お前ファンだったな……」


 黒く巨大な異界の門をガンガン叩くも、頑丈すぎてビクともしなかった。

 この三人は二十層まで来る腕前があり、周囲に配置されたモンスターを倒せるくらいの実力がある。

 その腕力でも壊せないため、ジ・オーバーの到着を待つしかない。

 ヘマをして怪我を負った一人が、無事に転移門まで辿り着いていて脱出してくれているのを祈るばかりだ。

 ――しかし、事態は急変した。


「な、なんだ……異界の門の様子が……」


 異界の門がひとりでに開き、空間に歪みを生じさせた。

 禍々しいそれは広がり、中から四足歩行の何かがノッソリと歩み出てきた。


「おいおいおい……冗談だろ……。ありゃ神話の本で見たことあるぞ……」


 冒険者たちの前に現れた神話の獣。

 その姿形は獅子であるが、生物としてはあまりにも美しく、そしてあまりにもいびつ

 金糸で織られた布のような、独特の光沢の黄金表皮。

 血を求めるかのような赤い眼で、悠然と佇む獣の王者。


「ネメアの獅子……」


 その獅子は神話の大英雄と戦い、豪腕から放たれる矢も、柱のような棍棒の打撃も効かないという最強の防御力を誇る。


「だ、大丈夫だ……。このダンジョンには神話の怪物と外見が同じだけのモンスターも多くいる……」


「そうだな、こいつも見かけ倒しに違いねぇ……」


 冒険者三人は武器を構え、ネメアの獅子を睨み付ける。

 数の有利もあって、勝てる可能性も十分と考えていた。

 だが、ネメアの獅子は歯牙にもかけない態度でダンジョンを観察していた。


「オレ達は敵じゃないってのか? 舐めやがって……!」


 三人は一斉に攻撃を開始した。

 それぞれの武器と魔術が、ネメアの獅子にヒットする。


「なっ!?」


 攻撃はすべて弾かれていた。

 斬撃は通らず、打撃も壁を殴っているかのような感覚。

 火魔術でさえ、たてがみの一本を焦がすことすらできない。

 そのネメアの獅子の恐るべき防御特性は、ダンジョンによって作られたモンスターではなく、転移してきた本物の神獣だとわかる。


 それまで一歩も動かなかったネメアの獅子だが、ハエが飛んできて鬱陶しいという風な表情をしたあとに、軽く追いはらうためかのように咆えた。

 大気がひしゃげ、空間に見えない亀裂が入り、蹂躙されたかのように震える。

 その咆哮はただの威嚇のつもりだったのかもしれないが、力の差がありすぎる人間に対しては魔法級の攻撃となった。


「うぐぁぁあああ!?」


「耳が、耳から血がぁぁぁあ!?」


「あ、あぁ……」


 一人は錯乱、一人は鼓膜を破られて聴覚と平衡感覚を喪失、一人は白目で泡を吹いて戦闘不能。

 ただの鍛え上げられただけの人間と、異界から現れた存在ではここまでの違いがあるのだ。

 聴覚を失った冒険者は他のモンスターと出会わないことを祈りながら無様に這いずり、ネメアの獅子から離れる。


「ひっ!?」


 土を舐めながら必死に辿り着いた曲がり角で、何者に頭を踏まれた。


「何か足元に……。冒険者であるか?」


 ギュムっと踏んでいる小さな足の主は、応援に駆け付けたジ・オーバーだった。


「ジ・オーバーちゃんか……。へへ……やっぱりオレ達冒険者じゃ時間稼ぎにすらならねぇ……。情けねぇ……」


「あまり良い状態とは言えないようであるな……。もういい、無理して喋るな」


 聴覚を失っている冒険者は、構わず話を続けた。


「すまねぇな、もう耳が聞こえねぇんだわ……。ジ・オーバーちゃんが怒っているか、心配してくれてるのかもわからねぇ……。ごめんな、弁当……美味かったぜ……」


「お主……我の弁当を買ってくれたのであるか……?」


 意識を失ってしまった冒険者に対して、ジ・オーバーは困惑していた。

 縁もゆかりもない、ただの冒険者だと思っていた存在。

 意外にも、繋がりがあったのだ。


「……ネメアの獅子よ。我が客に対しての攻撃、万死に値する」


 ジ・オーバーは深遠なる黒い眼差しで神獣を睨み付け、その手の中に“混沌祓う天の神剣カオス・セイリオス”を出現させた。

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