弁当七番勝負! エルムのダンジョン弁当!

 酒場で投票結果が発表され、ウリコが一位になった。

 弁当を作った者と、冒険者の両者から何とも言えない微妙な雰囲気が漂っていた。


「ど、どうしたんですか皆さん……? 私はちゃんと勝ったし、皆さんも金銭的にお得だったはずです……」


 一位のウリコは不安げな表情をして、周りを見回していた。

 正攻法ではない勝ち方に、本人も何か引っかかるものがあるのだろう。

 そこにエルムがやってきて口を開いた。


「いや、ウリコ。それは間違っている。――お前はまだ勝ってはいない」


「エルムさん……?」


「最後に俺と戦ってもらおうか。これが七番目の勝負だ」


 エルムは白銀の鎧にエーテルを通して、“緑”モードにチェンジした。

 エプロンをひるがえし、堂々とした仕草で厨房へと歩いて行く。


「な、なんでエルムさんが勝負するんですか!? 特別な役職で参戦できないはずじゃ――」


「最初から一度も、特別な役職だから参戦しないとは言っていないぞ? ……それに、ウリコに本当の弁当というものを見せてやりたくなってな」


「……そ、そうですか! エルムさんも私を勝たせたくないんですか! いいですよ、受けて立ちましょう! しかし、ここからの得点差をひっくり返すのは、いくらエルムさんでも無理です!!」


「それを決めるのは俺じゃない。食べる奴ら次第だ」


 ウリコの意地を張った声を背に、エルムは厨房へと辿り着いた。

 慣れた手つきで調理を開始する。

 特別なことはしない。

 普通にご飯を炊き、ウインナーを炒め、卵をかき混ぜて焼き、鶏肉をから揚げにする――

 リズムよく、無駄のない動作で弁当箱の中が埋まっていく。


「栄養も考えて野菜……見た目で彩りも欲しいな」


 村で採れた野菜を使った根菜の煮物、ほうれん草のバター炒めを残りのスペースに詰め込んでいく。


「よし、完成だ」


 それは他の弁当と違って奇抜さの欠片も無い“普通”の――

 エルムのダンジョン弁当だった。




***




 次の日の早朝、エルムは日課のダンジョン攻略を終わらせてから、弁当販売に移った。

 弁当カウンターの内側に立つエルムに対して、既に勝ち誇っているウリコが近付いてきた。


「ふふふ……この弁当勝負、一人で売るというのは大変ですよ? 途中で奥から弁当を補充するにもタイムロス。さらに抜け出して追加の弁当を作るということもできません! さぁ、どうしますか、エルムさん!」


「いや? 普通に今日のパーティーメンバーに手伝いを頼んだが?」


「なっ!?」


 エルムの手伝いとしてやってきたのは――


「悪く思うなウリコ……これもわたしのけじめなのだ」


「まぁ、お兄さんに頼まれちゃやりますよね」


「はい、お兄さ……じゃなくて、エルムのアニキの頼みなら!」


 さっきまで一緒にダンジョンに潜っていた勇者、ブレイス、マシューだった。

 エルムはパーティーを組んでモンスターを倒す傍ら、事情を説明して手伝ってもらうことにしたのだ。


「ルールでは、誰が売るかは触れられていなかったはずだ。なに、ちゃんと弁当を作るのは俺一人でやるから安心しろ」


「ま、まぁ確かにその通りですね……。しかし、私と違って普通の値段で、そこまで爆発的に売れるはずがありません! 売れ行きに絶望してください!」


「いや、それはどうかな……?」


 エルムの含みがある声のあと、すぐに弁当販売が開始された。




 最初は余裕タップリで遠くから見ていたウリコも、お昼頃には焦りが見え始めてきた。


「な、なんでこんなにお弁当の減りが早いんですか……!? まさか、私のように半額で!?」


「いや、ちゃんと弁当の適正価格で売ってる。――ただし、勝手に割引されてしまうけどな」


「割引……?」


 ウリコは並んでいる客が握っているものに気が付いた。

 それは昨日、自分がバラ撒いた――


「私の“愛情タップリ弁当”に付いていた割引券!?」


「困ったもので、店のすべてに使えるから勝手に割引になってしまうんだ」


 手元に割引券があれば、すぐ使いたくなるのは当然である。

 しかし、エルムの弁当の売れ行きが異常なのは、それだけが理由ではなかった。

 割引券を持っていない冒険者が、空の弁当箱を持ってカウンターに並んでいるのだ。


「エプロンの兄ちゃん、おめぇの作った弁当すげぇ美味かったぜ! 何というか、不思議と懐かしい気持ちになるし、一分の隙もないような絶妙なバランスの味だ!」


「それは何よりだ」


「周りの奴らにも美味かったって言ったら、みんな買いに行くってすっ飛んでいっちまいやがった。オレも、もう一回食いたいからな。売り切れない内にまた来たってわけだ!」


 ウリコは耳を疑っていた。


「り、リピーター……? この短時間に、一種類のお弁当を飽きずに……」


「奇をてらわず、普通に美味しいというのは飽きないものだ。ウリコもお昼ご飯に食べるか?」


「そ、そんなはずは……。いいでしょう、ためしに私も一個購入して食べてみましょう……。たった2BPだけでも入ってしまいますが、評価点を入れなければそこまで順位に影響はないはず!」


 エルムから弁当箱を受け取ったウリコだったが、そのずっしりとした重みに驚いた。

 それは限界までスペースを考えて詰め込まれたおかずの成せる技。

 基本的に同じ弁当箱の大きさなら、重い方が有利なのは当然である。


「くっ、重さくらいで……!」


 ウリコはテーブルの席に座り、弁当箱をパカッと開けた。

 最初に飛び込んできたのは、素朴だが、目に嬉しい美しさだった。

 フンワリと優しそうに佇む玉子焼き、どんな温度でも食欲をそそるから揚げ、遊び心のあるタコさんウインナー、味の染みていそうな根菜の煮物、鮮やかな色を添えるほうれん草のバター炒め。

 身構えていたものを一瞬で崩すように、そこにあるのは自然と受け入れるしかないと思わせるほどの“弁当”だった。


「い、頂きます……」


 意地を張ることすら許されない、箱の世界に詰められた小さくとも大きな存在。


「……美味しい」


 ウリコが口にしたおかずは、どれもが想像通り――いや、その少しだけ先をいく味だった。

 から揚げを食べれば、想像していた以上に食べたかったから揚げ。

 ほうれん草のバター炒めを食べれば、想像していた以上に凝縮された野菜の旨み。

 すべての一品が奇をてらわずに、しかし作り慣れたであろう丁寧なおかず。

 エルム自身のために作ったのではなく、食べ者の気持ちを素直に考えた弁当。

 どこか懐かしい、人間の原風景にあるような存在――


「あれ……なんで涙が……」


 ウリコは食事のルーツを思い出してしまっていた。

 幼い頃に亡くなった母が作ってくれた、ウリコのための料理。

 家族のために丁寧に、愛情と美味しさが詰め込まれた幸せな食卓。

 とても優しい母の味。


「ああ……そうか。もしかして、私が本当に作りたかったお弁当は……」


 ――瞬く間にエルムのダンジョン弁当のポイントが積み重なっていき、暫定一位のウリコに肉薄してきた。

 あとはもう購入した冒険者が帰ってきて、評価点を入れるだけで順位が逆転しそうだ。


「さてと、そろそろまた数組のパーティーが戻ってきそうなタイミングだが――」


 エルムがそう口にした瞬間、酒場の扉が強く開け放たれた。


「た、大変です……うぐ……ッ!」


 今にも死にそうな声。

 それは抑えた肩口から、大量に血を流していたエドワードだった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 異常事態だと気が付いたウリコは勝負のことを忘れ、血で汚れるのも気にせずエドワードに肩を貸していた。


「せ、拙僧のことより……ダンジョンが……」


「ダンジョンがどうかしたんですか……?」


「――ダンジョンが崩壊するかもしれません!!」

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