幕間8 絶対にお年玉を渡したくないウリコ24時

 ――お正月。

 それはショーグンの出身地である東の国に伝わる新年の過ごし方。

 初日の出を眺めたり、お正月特有の遊びなどをして楽しむ。


「……というのがあってな。村に新たな住人も増えたし、こういう変わり種の歓迎もどうかと思ったのだわい」


「へぇ、ショーグンさん。面白そうですね!」


 昼間っから酒場でちびちびと熱燗あつかんをやっているショーグンと、もはや大っぴらにサボって雑談をしているウリコ。

 さすがに年末年始は冒険者も休んでいる者が多く、みんな店の中で温かい物を頼んでくつろいでいるようだ。

 エルムがかけておいた暖房効果のある魔法が効いていて、室内は程々に快適。


「中でも、お年玉というのがあってだな~、ウィ~……ヒック……」


「お年玉? 玉でも落とすんですか?」


「ウリコ……ベタだな。いや、そうではない。紙袋に金を入れて、子供に渡すのだ」


「お、お金を渡す……!?」


 その時、ウリコの脳内が信じられない位の速度で、皮算用もとい計算を導き出す。


(私は十五歳の出来た大人、つまり年下の十三歳マシューや十歳双子はお子様である。お年玉を渡さなければならない。――いやだ、絶対にいやだ。私の座右の銘は“他人の金で焼き肉食べたい”だ。私の金で焼き肉を食べられてしまっては憤死してしまう。しかも、それだけではない。この店を仕切っているということは、つまり従業員たちの親とも言える。ガイやオルガさん、副官にもお年玉をあげなければならない……! 地獄、まさにお正月は地獄の到来! あ、ロリオバちゃんにはお年玉をあげたい、不思議!)


 ――この間、僅か0.2秒。


「私は絶対にお年玉を渡しません……!! 絶対に、です!!」


「……う、ウリコや? 急にどうし――」


「そのためにはお年玉を忘れさせるくらいに、他のお正月行事で盛り上げましょう!」


「う、うむ……?」


 今ここに絶対にお年玉を渡したくないウリコの信念が――新年に燃え上がるのであった。




* * * * * * * *




「みんな集まれー! はーい、ということでお正月ならではの遊びをしましょう!」


「何か妙に張り切ってるな、ウリコ」


 呼び出しをくらったエルム達いつもの面々は、寒空の下集まっていた。

 寒さを気にしないエルムや子供達は平気そうな顔をしているが、割と年齢のいってるガイやオルガは寒さでガタガタ震えながら室内に戻りたいオーラを発していた。


「そりゃー張り切りますよ! さぁ、元気よく遊んで、楽しくハッピーになって何もかも忘れましょう! ハピハピです!」


「ウリコが言うと怪しい宗教みたいな不穏さがあるな」


「そんな事はありませんよ、エルムさん! さぁ、最初は羽根つきです!」


 ウリコは木製の板――東の国で羽子板と呼ばれる物で、植物の種子に羽根を付けた物をボールのように打ち合うという競技だ。


「材料提供は樹魔将軍さんです! 貴き犠牲に黙祷したあと、思いっきり羽根つきを楽しみましょう!」


「……えっと、木材はともかく種子まで樹魔将軍から取ってきたのか、ウリコ……。ちょっと引くんだが……」


「大丈夫です。失った分は後でエルムさんから補充してくださいと伝えておきましたから!」


「大丈夫じゃない、俺が大丈夫じゃない」


 羽根を落とした方が顔に墨を塗るという簡単なルール説明や、対戦相手などを決めてゲームが開始された。

 初戦はエルムVSガイ。


「ふん、エルムよぉ。オレ様を舐めてもらっちゃ困るぜぇ? 地元じゃフェザーボード四天王、決闘最強のガイと呼ばれていたんだぜ……!」


「決闘なら負けられない! “赤”モードだ!」


「え、ちょおま……」


「貫け――! 零式羽子板!」


 本気のエルムによって放たれた羽根は、超高速回転をかけられながらガイの身体を吹き飛ばしていった。

 空中高く舞い上がったガイは白目をむきながら、地面に突き刺さる。


「四天王でも最弱だったようだな」


 勝ち誇った顔で墨を用意するエルム。

 それを見た全員の気持ちは一致した。

 ――この竜装騎士、大人げない。

 他の全員が棄権して終了となった。




 ウリコは焦っていた。

 羽根つきのあと、コマ回しもしたのだが、エルムが“緑”モードで作ったオリハルコンゴーレムをコマだと言い張って回して無双をしたのだ。

 対戦相手の副官が人間コマになり、一瞬にして場は崩壊。

 意外とエルムは、子供の遊びでも本気になってしまうアレなところがあるようだ。

 しかし、こうも場が冷めきってしまっては、いつメインイベントのお年玉へと意識が向いてしまうやもしれない。

 ウリコとしては、それだけは避けたい。

 ここはエルムに不利になるか、勝敗に関与できない状況にせざるを得ない。


「はーい、というわけで、次はウリコちゃん特製のカルタですよー」


「カルタか。確か、読み札に合った、場の絵札を取ればいいんだよな?」


 酒場の中に入った面々。

 一番大きなテーブルの上に、カラフルな手作り絵札が並んでいた。


「そうですよ、エルムさん。今回は最高に格好いい台詞カルタです!」


「格好いい台詞……?」


 エルムが疑問符を浮かべている最中だが、VSウリコ戦が始まった。


「では、バハちゃん! 読み上げてください!」


「じゃあ、いくね~。うぉっほん――『はぁ、国を救いすぎて疲れた……』」


「ぶはっ!?」


 テーブルの隅っこにチョコンと座る子竜が、感情タップリで読み上げた言葉。

 それを聞いたエルムは噴き出してしまった。


「はいっ! この絵札ですね! 窓際でたそがれながら呟く竜装騎士の絵!」


 スパーンと札をかっさらっていくウリコ。

 ジャッジは――。


「正解だよ、ウリコ。これはエルムが別の国にいた時に呟いていた台詞さ。実際は大変な台詞なんだけど、知らない人から見たらとってもシュールだよね!」


「やったー! エルム名台詞カルタの一枚目、取ったどー!」


「ちょ、ちょっと待て二人とも……。何だこのカルタ……」


「え? だから最高に格好良い“エルム名台詞カルタ”ですよ?」


 冷や汗を流し始めたエルムに対して、ウリコは慈愛の目を向ける。


「大丈夫です。最高に格好良いので大丈夫です。さぁ、続けましょう! そしてみんなでエルム語録を共有しましょう!」


 ちなみにエルムの情報をどうやって入手したかというと、バハさんに賄賂を送ったのだ。

 手作りのエルムグッズを今度渡すという、唯一の弱点をついた賄賂。


「えーっと、次は――『世界を救いすぎて疲れた俺だけど、また少しだけがんば』」


「はィーいっ! このキメ顔で竜の背に乗る絵札ですね!」


「せいかーい!」


「や、やめ……もうやめ……」


「あれれ~? エルムさん、どうしたんですか~? 急に顔が赤くなってプルプル震えたりして~? 大丈夫ですよ、ほら。ロリオバちゃんや他の子供たちも――」


 小さな彼らはヒーローショーを見に来た少年少女のように、目をキラキラと輝かせていた。

 純粋ゆえに、平時のエルムにとっては、テンションが高くなっていた時の台詞が照れくさくなってしまってオーバーヒートだ。


「う、うぐぐ……」


「エルムさん、無理をしなくてもいいんですよ? まぁ、私が勝っちゃいますけどね! 最強の竜装騎士に勝っちゃいますけどねぇェェェ!」


 勝ち誇ったウリコは支配者のポーズをしながら手をワキワキ、無駄に悪役チックな口調。


「う、ウリコに決闘で負ける……だと……!?」


「私としては続けてもいいんですよ。さぁ、どんどん新しい台詞を読み上げましょう。クク……! どうします? さぁ、どうします? ェェェエルゥムゥすわァァん!」


 ついにはヒロインの座を捨てる覚悟でしか到達し得ない、筆舌に尽くしがたい顔芸まで披露し始めた。


「ぎ、ギブ……」


「――勝者! ウリコ!」




 その後エルムは『テンション上がったら言っちゃうでしょ……色々……』と小さく呟いて、遠くを見つめながら大人しくなった。

 ウリコの独壇場となった今、正月遊びをエキサイティングに楽しませて、お年玉のことを忘れさせる作戦が継続された。


「はーい、凧揚げでーす! ベタベタなネタで海産物のタコを使おうと思いましたが、可哀想なので代わりのタコ野郎を用意しましたー!」


「た、たすけっ!?」


「バハちゃんに拉致ってきてもらった、タコみたいなハゲ頭――ジャガイ元辺境伯ですー! これを、こうっ! 急降下させたりして遊びます!」


「ウギャアアアアアアアアアア!?」


 人間凧揚げで遊んだり――。


「次は福笑いです! 紙で作るのは面倒なので、ジャガイ元辺境伯を使います!」


「ま、待つんだウリコちゃん……反省してるから、もう反省してるから――」


「さぁ、このハゲ頭を福笑いしましょう! 容赦なく!」


「な、何の恨みがあるというのだー!?」


「……うーん、天が許しても地が許してもエルムさんが許しても、可愛い防具屋の一人娘は許していなかったという事ですかね! 楽しい楽しい福笑い、鼻がどこにいくか、目の穴が増えるか。いや~、楽しみですね~!」


「しゃ、シャレにならな……ウギャアアアアアアアア」


 福笑いで遊んだりした。

 さすがにエキサイティングしてるのはウリコ一人で、他の全員はドン引きだった。

 ちなみに後頭部にデコレーションを施されたジャガイは、あまりの恐怖で気絶した後に解放された。


「さてさてさて、次は何をして遊びましょうか!?」


「あ、あの……ウリコさん。もう日も暮れそうですし、ウリコさん以外が疲れています……」


 ゲンナリとしているマシューたち。

 気が付くともう夕陽が見えていた。


「マシューは体力がないなぁー!」


「いえ、というか、ウリコさんがこういう時に人外の行動力を発揮するというのが正しいような……」


「武器屋の方が売り上げ良いからって調子に乗るなよ、このやろー……(もー、女の子にそういう事を言っちゃ、めっ、ですよぉう☆)」


「ダダ漏れです、ウリコさん。あ、そういえば、お正月と言えばお年玉と聞きました」


「チッ、勘の良いガキ。気付きやがった」


「この人、もう隠そうともしない……」


 アークデーモンの副官より悪魔な表情になったウリコ。

 絶対にお年玉を渡したくない――!

 そんな魂の叫びが顔面に張り付いているようだ。


「ウリコさん。もしかして、お年玉を渡したくなくてこんなお正月ベリーハードモードみたいな遊びを……?」


「バレましたか……。ええ、そうですよ、そうですとも! 私は! 絶対に! みんなにお年玉を渡したくない! ワダヂダグナイィィィイイイ!」


「まるで生死を選ぶシーンで、死にたくないとか言ってる感じで泣き出したよこの人……」


 五体投地でジタバタ。

 人間の尊厳を捨ててまで、絶対にお年玉を渡したくないという意志を貫く。

 ウリコはある種、極限へと至ったのかも知れない。

 これでは『お年玉をくれ』とは、誰も言える空気では無いだろう。

 いや、そもそも――十五歳のウリコからお年玉をもらおうという意思を持つ人間がいない。

 そんな指摘すらも、ウリコが放つエーテルのようなものに遮られて言い出せない。


「ウリコ」


 そこに純粋無垢、優しい目をしたメイド姿の幼女が近づいた。


「あ、ジ・オーバーさん! ウリコさんに近づいては危険です! 正気を失っています! いつものように!」


 ジ・オーバーは無言の優しい笑み、マシューの警告をスッと手で遮って進む。

 そして、その小さい身体でウリコの頭を抱き締めた。


「我は……お年玉……いらないから……!」


 本当はジ・オーバーは給料のほとんどを元部下に仕送りしていたりして、お小遣いが喉から手が出るほどに欲しいのだ。

 それをグッと堪えて、ウリコにいらないと言っている。

 ウリコもそれは知っていたため、冷静になってしまう。


「ロリオバちゃん……」


 ウリコは過去を思い出していた。

 まだ幼かった自分、母親がいた頃だ。

 顔も忘れてしまったのだが、そのふんわりとした抱擁は覚えている。

 そして現在、それに勝るとも劣らない母なる抱擁を受けている。

 小さな手でも、幼い顔でも、AAAカップでもそれは――バブみを感じてオギャる。 


「ロリオバちゃん……最高に尊い……」


 ウリコは母なるパワーとか何かそんな感じの程よいモノによって改心した。


「そうですよ、そうですよね、うん。私が間違っていました! お年玉はいる、いらないと相手に言われて渡す物じゃありません、自発的に渡す物です!」


 浄化された笑顔で、懐からスッとポチ袋を取りだした。


「今日はお正月です! 私から、みなさんへのお年玉です!」


「ウリコさん……最初から用意していたんですね……。僕、ちょっと見直しちゃいましたよ」


「ふふ、マシュー。なんたって私は、ウリコの店を切り盛りするお姉さんですからね!」


「ありがたく、頂きま……って、あのウリコさん。渡すポーズのままでガッチリ掴みっぱなしなのは止めてくれませんか。何か良い雰囲気でしたよね?」


「ふふ……ライバルの武器屋の小僧には渡したくないという最後のプライドが……」


 しばらく格闘したあと、ウリコは想定していた全員にお年玉を配り終えた。

 もう結構な年齢のガイとオルガは複雑そうな顔だったのは言うまでもない。


「ありがとー! ウリコー!」


「あ、ありがとうだわ……家族以外から何かを貰えるなんて……」


 村に来たばかりの双子も喜んでいた。

 お年玉を渡して、すっかりと憑き物が落ちたようなウリコ。


「将来の負い目を作るため、現ナマをバラ撒くってのも悪くないものですね!」


「ウリコ……お前それ、言い方……」


 呆れ顔のエルムが近づいてきた。


「あ、精神崩壊から復活しましたか! さすがに、エルムさんにあげるお年玉はないですよ!」


「いや、そもそも大人が子供からもらうっていうのはありえないだろう」


 エルムの何気ない言葉に、ガイとオルガのハートが傷ついたが、割と現金に困っているので二人は耐えた。やった、今夜は子供からもらったお年玉で焼き肉だ。


「ほら、これやるよ」


「……?」


 エルムが差し出した、真っ白くて長方形の袋。

 東の国特有の綺麗な画風で、可愛い猪が描かれていた。

 ウリコの物よりずっと手が込んでいる。


「なんですか、これ?」


 誰がどう見ても、それはお年玉袋だ。

 ウリコは自分があげる側だという常識に囚われていて、自分がそれを差し出されるとは思ってもみなかったのだ。


「お年玉っていうのは、大人が子供にやるものだ」


「いや、私は店をやっているくらいの大人で――」


「お前なぁ……。店をやっていようが、従業員を抱えていようが、イベントをセッティングしようが――、それに外からやってきた誰か・・を受け入れるお節介をしても、だ。十五歳のお前はまだまだ子供なんだよ」


 エルムは、お年玉袋をグイッと押しつけて、少し照れくさそうに背中を見せた。

 たぶん、今の台詞もちょっと恥ずかしかったのだろう。

 顔が赤いのかもしれない。


「しょ、しょうがないですね! せっかくのお正月だし、もらっておいてあげます……。いつか私が億万長者の商売人になったら、その時はノシ付けて返しちゃいますけどね……!」


 久しぶりに子供扱いされて、ウリコも嬉しそうで、照れくさそうだった。

 今年もよろしくお願いします。そんな言葉で締めくくられた。

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