魔法学校首席、過去を思い出す4
狭く湿っぽい拷問室の中、一糸まとわぬ姿のブレイスがいた。
両手両脚を鎖で引っ張られるような形で、×の字に
「……ッ」
これまで水をかけられ、鞭で打たれて、魔力を回復する隙を与えられなかった。
弱々しく息をしているだけの死に体のように見える。
しかし、その
ブレイスは、ここに運ばれてきた時の事を思い出していた。
――まず、この廃棄砦はアンデッド化された者が大半を占めていた。
人間や魔物の生者は、ブレイスを扱う数人だけといったところだろうか。
ブレイスもアンデッド化するための何かを埋め込まれそうになったが、『魔法が使えなくなるかもしれない』という事で中断された。
どうやら、魔法使いを手駒にしたいらしい。
その後は魔族に洗脳魔術を使われたのだが、元々の成功率が低いところに、自動的にかかっていた自衛の
簡単に手駒には出来ないと理解した魔王信奉者たちは、ブレイスを拷問などで痛めつけ、寝かさず、魔力を枯渇させようとしていたのだ。
ブレイスとしては残りの魔力で脱出することもできるのだが、村人たちを人質に取られていては下手に動くことができない。
この絶望的な状況の中、心折れたら意のままに操られてしまうため、耐え続けるしかなかった。
魔法学校からも見捨てられて、誰も助けが来ない状況で……ただ待つ。
この手に掴める希望が一つもないと知りながらも、心折れるわけにはいかない。
自らが魔王のために魔法を行使することになったら、一日で数千、いや、数万の人間が死ぬ事になるだろう。
「……だけど、こんな世界ならもう……何万人死のうと構わないのかもしれないですね……」
血の滲む唇の端を釣り上げ、自虐的になるブレイス。
村の外に出て学んだこと。
魔法で守るに値する人間なんて、村人以外は存在しなかった。
それなら、村人を人質にされている現状……魔王信奉者と交渉。
人質の安全を保証してくれたら外の人間達――魔法学校の奴らを殺……。
「クソッ! ぼくは何を考えているんだ……」
拷問による疲労の蓄積、魔法学校からの扱い、人質を取られた事によるプレッシャー。
確実にそれらがブレイスを蝕んでいく。
緊張の糸が強制的に張り詰めさせられ、あと一押しで心が折れてしまう。
過敏な全神経が肌が泡立たせる中、一つの足音が聞こえてきた。
カツカツと、遠くからこちらに近づいてくる。
扉の前で止まり、ドアノブに手をかけた気配がする。
また拷問の時間か? と思ったが、何かの魔力が向こう側から漏れ出してきていた。
「な、なんですか……。この邪悪で強大な魔力は……」
普通の人間なら気が付かないだろうが、ある程度の高みに登っているブレイスはわかってしまった。
今まで感じた事のない、人外――ただの魔族ですらありえない――その恐ろしき存在に――。
「はぁ……はぁ……」
本能が告げる。
間違いなく、
世界中の悪意を重力特異点で濃縮したかのような、極黒の闇。
その名はおそらく――。
「魔王……」
ブレイスの悲痛な言葉に反応するかのように、拷問室のドアがゆっくりと開かれていく。
本能が告げている、魔王は人間の生存を許さない。
人質もブレイスも、利用し終えたら最終的には殺される。
覚悟を決めた。
希代の天才魔法使い、ブレイス・バートは人生の中で最大の博打を放つことにした。
魔王に通じるかはわからない。
しかし、今ここでやらなければならない。
やるしかない。
生きとし生けるものとして、絶対に眼前の存在を許してはいけない。
相互理解は不可能。
どちらかが、どちらかを滅ぼすしかない。
言葉は不要。
この極大魔法を以て対話とす――。
「
至るべきは天動宇宙、白神
七つの刻印刻み、金と銀の鍵を以て、大罪清めんペテロ門へと突き進め――」
拷問によって消費された、残り少ない魔力を最大効率で使うために、細い繊維をイメージする。優しい両親が作っていたような綿のような繊維。
それなら少ない魔力でも生み出し続ける事が出来る。
弱々しい繊維だが、それらを魂と混合させる魔法式を通してエーテル――糸にする。
糸は詠唱を通して、外なる存在に自由に形にしてもらう。
七つの大罪すら浄化する、炎魔の織物。
「
今ここに極大の魔法紡ぎ織りなす――“
ブレイス自身の魂すら消失させそうな、ギリギリの力を使用して放たれた一撃。
本来の“煉獄”は広範囲に拡がるのだが、対魔王用のアレンジが加えられていて、凝縮に凝縮を重ねた熱線のような形になっている。
温度が極限まで上がりきっているために、エーテルと大気が反応して虹色。
それが開きかけていた鉄製ドアを溶かしながら貫通。
触れてない位置すら、ドロドロと鉄が形を失っている。
凄まじい威力だとわかる。
「やった!」
「……綺麗だな、これ」
「えっ!?」
ドアの向こうにいる何者かによって弾かれ、全身全霊を賭けた“煉獄”は空へと軌道を変えていた。
天井が吹き飛び、炎の虹がかかる。
「そんな……ありえないです。魔王というのは、ここまで……」
「魔王? 俺は竜装騎士のエルムだ」
「ボクはバハムート十三世。魔王じゃなくて――ただの子竜だよ?」
扉の向こうには無傷の青年と、呆れ顔の子竜がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます