看板娘、魔王をメイド服に着替えさせる

 村の復興から一夜が明けた。

 防具屋に拡張された宿屋の一室、そろりそろりと忍び寄り、ドアを開ける存在がいた。


「おはよ~……ございま~す……」


 聞こえない程度の呟きで、部屋の中に入っていく。

 そのニヤニヤ顔の存在は──ウリコだった。

 ベッドの中でスゥスゥと寝息を立てる幼女魔王──ジ・オーバーに忍び寄る。


「ふふふ……寝てる寝てる……」


 ジ・オーバーはエルムとの戦いのあと、過労もあってすぐに疲れて寝てしまったのだ。

 それを宿屋に運び込んで、現在にいたる。


「あ~……可愛いなぁ、すんごく可愛いなぁ……お人形さんみたい……」


 ジ・オーバーの寝顔。

 まだ幼くプクッとしたほっぺた、シルバーグレーの長いまつげ。

 陶器のような白い肌に、柔らかそうな唇。

 魔王というには可愛らしすぎる容姿。


「ず、ずっと村住まいだったから、こんなに可愛いものは見たことがないよぉ……」


 鼻息が荒くなるウリコ。

 その美しい芸術品に指で触れてみたい。

 だが、触った瞬間、起こしてしまうかも知れない。

 生まれる葛藤かっとう……!


「これならいいよね、うん」


 妥協案として、ジ・オーバーの銀糸のように艶やかな髪を手に取った。

 村の人間とは比べものにならないくらいサラサラでツヤツヤ。

 キューティクルが凄まじい。

 ウリコは衝動を抑えきれなくなった。

 嗅ぎたい──匂いを嗅ぎたい──!

 この可愛すぎる生物はどんな匂いを発しているのか。

 吸い込めば、自分の中にそれが入ってくる。

 少女の血を浴びれば若返るとかいう伝説もあるし、幼女の髪の匂いを吸い込めば幸せになりそうと思うのも当然である。


 ──とウリコは魔王の魅力に当てられて錯乱していたが、幼女の髪の匂いを嗅ぐのは当然の行為ではない。重犯罪である。


 だが──。


「パパ……ママ……、我は立派に魔王を……」


 ジ・オーバーの寝言。

 それを聞いて冷静になったウリコは、母性のような優しい笑顔を見せながら、銀色の髪から手を離した。

 そして、まだ両親が恋しいらしいジ・オーバーが起きるまで、静かにそこで待っていた。




 しばらくした後、ジ・オーバーはムニャムニャと目を覚ました。


「あれ……ここはどこなのであるか……」


 彼女からしたら、いつもの魔王城の寝室とは違う場所。

 まぶたを擦りながら、周囲を見回す。

 ──数センチの距離でジッと凝視しているウリコが真横にいた。


「……うぎゃああああああああ!?」


「おはよーございます、ジ・オーバーちゃん」


「うわっ!? うわわ!? なんっ、なんで起きたら目の前におる!?」


 ウリコはまたかという表情。


「エルムさんと同じリアクションですねー、もー、これだから都会の人は~」


「い、いや、我は別に都会の人というものでもないが、普通に部屋にいきなり誰かいたらビックリするのである!?」


「え~、普通じゃないですか?

 近所のお婆ちゃんが酒飲みながら朝から居座ってるとか」


「そのお主の普通が怖いのである……、我、恐怖を感じるのである……。

 それでここは……いや、そうか。

 思い出した……、我は敗北したのであったな……」


 ジ・オーバーは、エルムとの戦いに手も足も出ずに負けたあげく、部下を蘇生させてもらうという条件で身を売ったと思い出していた。


「フフフ……我のような虜囚にこんな良い寝床を与えていいのか?

 普段の節制寝室のせんべい布団より、すっごくフカフカであったぞ……」


 自虐的に笑うジ・オーバー。

 ウリコとしては、この子なにか勘違いしてるなーと思いつつも、話を進める事にした。


「えーっと、それじゃあお仕事のために脱いでもらいます」


「よ、よかろう……! 覚悟はできているのである!」


 そう言いつつもジ・オーバーは歯をカチカチ鳴らし、震えながら強がっていた。


 怯える顔も萌える! とウリコは内心歓喜。

 小さい頃にお人形を買ってもらえなかったけど、今やこんなに世界で一番可愛い幼女を手中に収め……イカンイカン、そういう危険な欲望に負けてはダメだと自重。


「ジ・オーバーちゃん、一人で脱げる? お姉ちゃんが脱がしてあげようか、脱がしてあげようか? ねぇ? ねぇ?」


 一瞬で自重しきれずハァハァするウリコ。

 ジ・オーバーは身の危険を感じて、素早く自分で脱ぎ始めた。

 ……といっても、キチンとした布っぽいのは大きなマントくらいである。

 あとは半裸といって差し支えない程度の頼りない布地。

 秒ですっぽんぽんである。


「うぐ……スベスベ、ツヤツヤのもっちり素肌……。

 全身、なにで出来てるのこの子……」


「……お金がなくて、魔界ゴケと水だけを口にして数十年。

 正月だけは、贅沢として大切な砂糖をみんなで分け合って舐めて──」


「ごめんね! 思ったより可哀想な子だった! あとでご飯にしようね!」


 ウリコは用意してあった下着とメイド服を取りだした。

 それを手早く着せていく。

 どちらかというと、脱がしているときより、着せている方が楽しい。

 子供用の白いドロワーズを脚から履かせる。

 ブラジャー……は、いらないサイズなのでパス。

 キャミソールを着せてから、ワンピースタイプのメイド服を上からボフッと。

 帽子は……角があるので無理そうだ。

 あとは細部を整えて──。


「よし、世界で一番可愛いメイドが誕生したわ!」


「……そういえば、エルムの奴も言っておったが、メイドとはなんなのであるか?」


「いえーい! お姉ちゃん、ジ・オーバーちゃんに色々教えちゃうぞー!」


「なかなか言い出せなかったが、我……お主より年齢は年上なのだが?」


「あ、そうなんだ……。

 じゃあ、外見が幼くて、中身が年上だから~……ロリオバちゃんで!」


「ろ、ロリオバ……。この村の者のネーミングセンスはどうなっているのであるか~……」


 ジ・オーバーことロリオバちゃんと名付けられてしまった魔王は不満げだったが、その身を買われているということで我慢するしかなかった。

 これから、どんなおぞましい仕事が待っているかという不安でたまらなかった。

 きっと、家を壊されて怒り狂った村人たちが──。




 ジ・オーバーは青ざめた顔で、宿屋に備え付けられた酒場に立つこととなった。

 テーブルに座る村人たちの舐めるような視線。

 それがどんなものを意味するのか、わからずに恐怖するしかない。

 だが……部下を蘇生させてもらったのだ。

 この身を売るという約束をやぶれば、どんなことになるかはわからない。

 もしかして、再び部下が最悪の状況に陥るかも知れない。

 隅の方でエルムも監視していた。


「う、うぅ……」


 ブルブルと震え、肩をすくめ、下を向いて耐える。

 これから何が起こるのか、恐怖、ただ恐怖。


「それじゃあ、自己紹介をしてみようか」


「わ、わかったのである……。

 我は“深淵の暗黒王”の娘にして、“限界超越の魔王ジ・オーバー”……。

 さぁ! この身を好きにするがよい!!」


 その自己紹介に、食堂の中がドッと湧いた。

 笑い、歓迎、口笛。

 ジ・オーバーが恐怖していたようなことは一つもなかった。


「よろしくな! ジ・オーバーちゃん!」


「こんなにめんこい娘、がさつな村の男共には近寄らせないようにしなきゃね!」


「ようこそ、ボリス村へ!」


「さっき、ロリオバちゃんとかウリコが呼んでたな!」


「がはは、ひっでぇあだ名だ!」


 老若男女、口々に村人たちが明るく声をかけてきた。

 ジ・オーバーはわけがわからず、ポカンと口を開けている。

 なにかの罠かもしれないと首をブンブンと振ってから声を上げた。


「な、なぜなのであるか!?

 我は、お主たちの家を壊してしまった魔王軍の長で、世界の敵である魔王なのだぞ!?」


「あー、壊れた家ならエルムさん、いや、新村長が新しくしてくれたよ」


「そうそう、一日経たずで元通りだもんな。むしろ前より住みやすいよ」


「水道ってやつもすげぇぜ! 今度、大浴場もできるらしいし新村長様々だ!」


 ジ・オーバーは状況を徐々に理解していった。


 そう、エルムは最初からこのことを考えていて、すぐ家を建て直していたのだ。

 被害感情による、加害者への度を超えた私的制裁。

 エルムが王国で何度も何度も見てきた醜い光景だ。

 この村ではそんなことを起こしたくない。


 それに、ジ・オーバーは種族的にはまだ若い。

 やり直せるのなら、チャンスを与えてあげたかったのだ。


「え、エルム……お主……」


「この村は外からの人間も受け入れてくれる素晴らしい村でな、俺はそれに協力しただけだ」


 身長差のあるエルムを見上げる、幼い魔王ジ・オーバー。

 彼女のその視線は、もっとも信頼する父に向ける愛情のようなものがこもっていた。


「ま、まぁ、我の部下を蘇生してくれた恩もあるし、この村の下等な人間共のためにメイドとやらをやってもいいのである!」


「……そうか、人手が足りなかったから助かる」


 エルムは何の気なしに、ジ・オーバーの頭を撫でた。

 ジ・オーバーは顔を赤くして、唸りながら、ただうつむくだけだった。

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