十月五日(日) 昼 参道 【閃き】

「なぁ、美音。オレなんかのどんなところがいいんだ?」


 参道を並んで歩きながら、唐突に質問する。

 一刻も早く別れ話をした方が良いのは分かってはいるが、臆病なオレにはアイドリングが必要だった。


「えっ、先輩の良いところですか? たくさんありますよ」

「……例えば?」

「まず、カッコイイ!」


 美音は握っていた右手の人差し指を立てる。


「……そうか? 美音のひいき目が入ってないか?」

「それに、ずこく優しい!」


 人差し指に続いて中指を立てる。


「マジか? 自分勝手な男だぞ、オレは?」

「運動もできるし、音楽もできる」


 薬指、小指も立てる。


「そんなヤツはこの世にごまんといる」

「もう! 良いところを言っているのに、どうして否定するんですか?」


 最後の親指を開くと、そのままオレの肩をパンと叩いた。


「あ、いや、だって……」


 オレは無意識に自分を貶めして、別れ話を優位に進めようとしていたようだ。

 そんなオレに対して、美音は決してめげなかった。


「それじゃあ、とっておきを発表します!」

「まだあるのか?」

「本当は恥ずかしいから言いたくなかったんですよ?」


 顔を赤らめ、上目遣いになる。

 こういったところがイチイチ可愛いので、逆にイジワルしたくなるのは男の性だ。


「……ならいいや」

「え~、ここまで言わせておいてなんですか~!」

「……プッ、あはは」


 美音があまりにも可愛いので、つい吹き出してしまう。

 すると美音は安堵の表情を浮かべ、


「……良かった、元気が出たみたいで」

「えっ?」

「先輩、さっき思い詰めたような表情、してたんで……」

「…………」


 そうだ、オレは美音に別れ話をするつもりだったんだ……

 こうして話していると、一瞬それを忘れそうになる。


 ……別れたくない。

 そんな想いに苛まれる。

 でも同じ事を繰り返さないために……この世界で二人を救うために、オレは……


「……一つ、謝らなければならないことがあります」

「……なに?」

「…………」


 美音は一拍、無言になる。

 そして意を決したように、話し始めた。


「……私、子供の頃、お父さんっ子だったんです。お父さんのことが大好きで、家に居るときはいつもお父さんの側にいました」

「……うん」


 美音のお父さんの話、か……

 いい加減な気持ちじゃ聞けない話だな。


「お父さんが仕事先でクラッシックコンサートのチケットをもらってきて、連れて行ってもらったことがあったんです。小学4年の時、だったかな?」

「小学4年でクラシックコンサートか。退屈しなかった?」

「いいえ、全然! むしろ感動しちゃったくらいで。そこで見たフルート奏者に憧れて、お父さんにそのことを話したら、数日経ってフルートを買ってきてくれたんです」

「へぇ! それは凄いね! ……そうか。それじゃあフルートは、お父さんの……」

「はい、形見なんです」

「…………」


 そんな大切なフルートだったのに、イジメを受けて隠されたりしていたなんて。

 当時の美音の気持ちを考えると、とてもじゃないがいたたまれなくなる。


「小学6年生の時、病気でお父さんが亡くなりました。それ以来、フルートを吹いている時にお父さんを感じるようになりました。だからずっとお父さんに演奏を聴かせるように、フルートを吹いてきました……」


 美音の声が次第に涙混じりになる。

 オレに気づかれないように平静を装って話すが、隠しきれるものじゃなかった。


「……高校でフルートを続けようと思わなかったの?」

「……飯名学園の吹奏楽部のレベル、知ってます? 毎年、全国大会に進んでいる強豪校なんですよ? 全国に名が知られていて、テレビのバラエティ番組に何度も呼ばれるくらいのレベルなんです。1年のブランクがある私じゃ、太刀打ちできませんよ」

「…………」


 先日、聡と対決した時、野球部に誘われた時のことを思い出す。

 飯名学園は野球部も強豪で、甲子園に出場したこともあるレベルだ。

 ブランクのあるオレが通用するわけがないと思った。


 そうか、美音も同じような立場だったんだな……


「……先輩、お父さんにとてもそっくりなんです」

「……へ?」


 美音の突然の告白に、オレは素っ頓狂な声を出してしまった。

 最近、素っ頓狂率が微妙に高くなっている気がする。


「あわわっ! 顔が似ているとか、そういうのじゃないですよ!? あ、いや、顔は少し、面影が似ているかな……でも全体的な雰囲気というか、そういうところがですけど、えへへ……」

「い、いや、わかるよ。さすがにオレも親くらいの年齢の人と似てるって言われると少しビビる、あはは……」


 お互いに少しだけぎこちなくなる。

 美音は一呼吸置き、少し落ち着いてから話の続きを語り出した。


「なので中一の時から、ずっと先輩のことを目で追っていました。そして中三になって先輩が怪我をして、ひたすら校庭を走っている姿を見て、なんか切なくなってしまって……気がついた時には野球部のマネージャーになったんです」

「……はは、そうだったのか」

「だから、ごめんなさい。お父さんに似ているからって、失礼ですよね……」


 美音は苦笑いを浮かべた。


「そんなことあるかよ! いいじゃんか! それで美音と知り合えたのなら、オレは本望だよ!!」


 何が失礼だと言うのか。

 人が人を好きになる理由なんて、そんなものその人の自由だ。

 ただの身代わりなのか、それとも恋愛相手として好きなのか。

 そのくらいオレにだって判断できる!


「ううっ……先輩……」


 美音の瞳が一瞬にして潤みだした。


「オレは美音の愛情を感じていたし、それが凄く嬉しかったよ」


 美音は目から溢れそうな涙を拭う間もなく、オレの胸に飛び込んできた。

 そして声を殺して泣いていた。

 日曜日の参道には、チラホラと人の往来がある。

 もし人気ひとけが全く無かったら、きっと大声を出して泣いていたことだろう。


 ……あぁ、墓穴を掘った。

 これでますます美音と別れづらくなってしまった。


「私、先輩で良かった……先輩がいてくれたから、全てを乗り越えられました……先輩が乗り越える力をくれたから……」



 ──全てを乗り越える力──



 今の美音が呟くから、ありふれた言葉が何重にもパワーを持ったワードとなる。


 そしてピンと閃く。

 これがオレが求めていた曲のフレーズかもしれない。

 切なく始まるコード進行は、過去の辛い出来事。

 それを乗り越える力を得て曲が終われば最高の余韻じゃないか。


 これだ。

 これしかない!


 クッ……今すぐにでも曲を完成させたい!

 別れ話より優先すべきことがある!


「美音、ゴメン。今すぐに完成させたい曲があるんだ!」

「……えっ?」


 左腕は美音を抱きしめたまま、右手でポケットからスマホを取り出して操作する。

 ここからだと家に帰るよりもオヤジのスタジオの方が近い。

 この感覚が冷めないうちに、一刻も早く曲を完成させたいからスタジオを使わせてもらおう。


 オヤジのケータイに電話を掛ける。

 3コール目で電話を取った電子音が鳴った。


「……あ、オヤジ? 今日、スタジオ借りたいんだけど、いいかな? ……大丈夫? サンキュー! それじゃあ!」

「……先輩?」


 オレの腕に包まれていた美音は自ら一歩下がり、オレの顔を覗き込んだ。


「ゴメン。これからスタジオに行って完成させたい曲があるんだ。美音の言葉でメチャクチャ良いフレーズ、閃いたから!」


 美音にしてみれば豹変したオレに戸惑ったことだろう。

 でも美音はオレのためにすぐに気持ちを入れ替え、


「わ、わかりました! 頑張って下さい、先輩!!」


 笑顔でオレを送り出してくれた。


「あぁ、ありがとう! それじゃあ!」

「あ、待って下さい!!」


 オヤジのスタジオへ向かって走り出そうとしたとき、美音に呼び止められた。


「うん、なに?」

「あ、あの……ご迷惑でなければ、私もお邪魔していいですか?」

「えっ、スタジオに?」

「あ、はい……あ、でも、部外者お断りですよね……」


 申し訳なさそうに遠慮するが、その瞳にはほんの少しの期待が混じっていた。

 もちろん、その期待は間違いじゃない。


「美音が部外者なもんか! 美音のおかげで良いフレーズが浮かんだんだから、立派な関係者だよ!」

「そ、それじゃあ、もう一つワガママを言わせてもらいたいんですけど、私のギターを持って行っても良いですか!?」

「……もちろん! ギターは家?」

「はい! 一度家に取りに行くので、スタジオの場所、教えてもらえませんか?」

「わかった。それじゃあ、RINEで住所、送っておくよ」

「ありがとうございます! それじゃあ、スタジオで!」


 一旦、美音は家に向かった。

 決して運動が得意ではない美音が走って行った。

 でもきっとあの走り方では途中でバテることになるだろう。


 ……スタジオを探す時間を含めて、美音がやってくるまで大体1時間くらいだろうか?

 それまでに、曲を仕上げてしまおう。

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