十月四日(土) 朝 公園 【主観と客観】

「ここなら邪魔は入らないだろう」

「そうね」

「それにしても……」


 適当なベンチに座ってオレから話し出した。


「いくら早く話がしたいって言ったって、学校をサボってまで……何か重要な話なのか?」

「そうね。早く伝えないと手遅れになってしまうかもしれないって思ったから……」


 まぁ、確かに時間はあまりない。

 7日の悲劇を避けるためには、4日の今日を除くと明日と明後日しか残されてないわけだし。


「……わかった。心して聞くよ」


 綾瀬と出会って一週間とちょっと。

 だけど時間に反して濃密な会話をしてきたから、今の綾瀬の表情がオレに伝えにくいことだと分かってしまう。

 もしかしたら昨日話すべきことだったのかもしれないが、言いにくくて今日に持ち越してしまった。そんな表情だ。


「……1周目の電車に轢かれる前日。ワタシ達がアナザーソウルの行動に戸惑っていたこと、覚えてる?」

「もちろん。確か……10月6日の朝に残されていたメモだ。美音と別れ話をしたって書いてあって、まるで意味がわからなかった」


 更にその前日の10月5日、オレ達はお互いに『愛してる』なんてRINEを送り合って、アナザーソウルの反応を見ようと意気込んでいた。

 ところが6日に残されていたメモを見て愕然とした。

 アナザーソウルの動きは、オレ達の想像の遙か上を行っていた。


 あの日、アナザーソウルが残していたメモはたった二行だった。

 確かこんな感じだ。


 『今日、美音と別れ話をした』

 『理由は、二つの世界を一つにするため』


「でも、そんな訳の分からないメモを残したアナザーソウルってオレ達のことで……だけど未だに美音と別れた行動の意味がわからない」

「今からするのはその話なの。そのメモが残されていた日、お昼ご飯を食べながら広森君の話を聞いてワタシがこう言ったこと覚えてる? 『世界を一つにするってそういうこと?』って」

「……覚えているよ。でも確信を持てるまでオレに話せないって言ってた」


 メチャクチャ気になっていたから覚えている。

 だけど綾瀬がオレに向かって頭を下げるものだから、それ以上追求できなかったんだ。


「そうね。あの時はまだ、アナザーソウルの意図に確信が持てなかった。だけど今なら話せるわ。ううん、話さなければならないの」


 オレの隣に座っていた綾瀬は、ゆっくりと顔を上げて空を見上げた。

 オレも釣られて顔を上げる。

 空は真っ青で、雲一つ無い秋晴れだった。


「……色々考えたんだけど、世界を一つにする方法はやっぱりこれしかないって思ったわ」

「つまり二人と別れ話をすることが、二つの世界を一つにする方法なのか?」


 綾瀬はコクンと頷いた。


「そして……別れ話をするならできるだけ早いほうが良いと思う。なるべくお互いの傷が浅い内に……」


 どこかで覚悟はしていた。

 だけどいざ告げられるとやっぱりショックだ。


「……説明、してくれるのか?」

「……もちろん」


 オレが重たい唇を動かすと、綾瀬はオレの目を見て優しく微笑んだ。


「説明はするけど強制はしないわ。実行する、しないはアナタが選んで」

「…………」


 オレは一度俯いて、息を大きくゆっくりと吸い込む。

 そして一気に吐き出した。


 よし、覚悟はこれくらいでいい。


「わかった。それじゃあ、聞かせてくれ」

「……まずA世界とB世界、二つの世界で一番違うものってなんだと思う?」

「……オレのカノジョだ」


 A世界のカノジョは絵依。

 B世界のカノジョは美音。


「そういうこと。だから二人との恋人関係を解消すれば、人間関係もフラットになって、二つの世界は近い形になっていくわ」

「二つの世界が近い形になる……?」

「そうなれば、その後A世界とB世界を往復しても、見た目は同じ世界を行き来していることになる。それってつまり、一つの世界と変わらなくなるでしょ?」

「……世界のリセットを、死では無く意志で行う、ってことか?」


 つまり人間関係をリセットすると言うわけだ。

 自分の意志で。


「……綾瀬の言いたいことは分かった。二つの世界を近づける。だけど、それが世界を一つにするってことがよく分からない」

「……話は少しずれるけど、ワタシはね、世界の種類は二つに分けられると思っているの」


 綾瀬は軽く開いた右手を胸元の高さにあげ、左から右に動かした。


「一つは客観的世界。ワタシ達が存在しているこの世界全体のことね」


 そしてその右手を胸元にあて、少し俯いた。


「そしてもう一つが主観的世界。それぞれの意識を通して見る世界のこと」

「主観的世界……?」

「そう。主観的世界は自分で見て、聞いて、触れて感じる世界。だから主観的世界は人に限らず、意識のある生物の数だけ存在しているの」

「……つまり、オレの主観的世界があって、綾瀬の主観的世界があってことか? それは別モノ?」

「その通り、別の世界よ。客観的世界がみんなとの共通の世界に対して、主観的世界は個人のものなの」


 話がややこしくなってきた。


「例えばワタシの世界の広森君はバカな男の子だけど、七瀬さんの世界の広森君は幼馴染みで恋人の男の子」

「バカって、オマエなぁ……」


 とりあえず茶々を入れてみたが、綾瀬はそのまま話を続けた。


「……ワタシは10月3日以前の広森君を知らないけど、七瀬さんは今ここにいる広森君を知らない。それぞれの主観的世界にいる広森君は別人なのよ」

「……なるほど。わかるようでわかりにくい」


 もどかしいとはこのことだ。

 もう少しで理解できそうなんだけど、完全に理解しきれない。


「そうね。例えば広森君はワタシのアメリカにいる友人を知らないわよね?」

「そりゃあ、そうだ」

「つまり広森君の世界にはワタシの友人はいないのと同じ。存在していないのよ」


 なるほど。

 なんとなく綾瀬の言いたいことがわかってきた。


「主観的世界は意識の数だけある……なんとなくその意味は分かってきたよ」


 頭の中で大きな円を描いてみる。

 その円の中に点をたくさん描き入れる。

 大きな円が客観的世界で、点が主観的世界ってところだろうか?


「今は客観的世界が二つある状態。これは分かるわよね?」

「あぁ。A世界とB世界のことだろ?」

「そう。客観的世界は二つある。この事実は変えようがない。だけどアナタの主観的世界ではこれを一つにすることができるのよ」

「二人と別れ話をすることで?」

「そう」


 二人と別れ話をして、二つの世界を限りなく同じ世界にする。

 その結果、オレの主観的世界では一つになる……?


「……少し強引な気もする。客観的世界が二つある以上、それは難しいだろ?」

「だから認識の問題よ。そもそも客観的世界がたった2つしかないって断言できる?」

「え、どういうことだ!?」


 また綾瀬が無茶苦茶言い出しやがった。


「A世界とB世界、そしてそれぞれの世界に似たA’世界とB’世界の4つあるかもしれない」

「……A’エイ・ダッシュ?」

「だけどA世界とA’世界の区別がワタシ達にはできない。だから二つの世界って認識しているだけ。世界を同じにするってそう言うことなの」

「……つまり、A世界とB世界の区別がつかなくなれば、一つの世界として認識できる?」

「そう。少なくとも広森君とワタシの主観的世界ではね」

「…………」


 コイツの頭はどうなってるんだ?

 よくそんなこと思いつくな……


「もっと分かりやすい例を挙げるわ。実はワタシ、双子なの。毎日入れ替わっていたけどね。気がつかなかったでしょ?」

「……ええっ!? マ、マジか!?」

「だけど広森君の中ではワタシは一人だと思っていた。ね? 二つの世界を一つにするってこう考えれば納得できるでしょ?」

「…………」

「もちろん、ワタシが双子って話は分かりやすく説明するためのウソだけどね」

「な、なんだよ!? マジでビビったじゃねーか!!」


 世界を主観的世界で無理やり一つにするって、綾瀬の言いたいことは分かった。

 分かったけど……


「でも、二人と別れ話をしても同じ世界にはならないと思うぜ。絵依と美音、それぞれの元カノ、元カレって状態になるだけで、やっぱり違う世界になってしまう」

「だから……別れ話という心理的な別れたけでなく、物理的な別れも必要なの。アナタも、そして彼女達も互いの存在を忘れてしまうくらい、物理的な別れが……」


 物理的な別れ……?

 それって二人と会えなくなるような場所に行くってことか!?

 関西なのか、北海道なのか……いや、日本を離れるくらいじゃないと意味が無いかもしれない……?


「二人と物理的に離れて会うことがなければ、そのうちA世界なのかB世界なのかどうでもよくなる。そして今日がどっちの世界なのかさえ分からなくなるわ」


 そうか。

 人間関係のリセットとは、そういうことか。

 想像以上にヘビーな話だった。

 ただの別れ話じゃなかった。



 つまり絵依と美音とは、もう二度と会えなくなるってことか……

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