10月5日(日) 昼 自宅前 【親子ゲンカ】

 最悪の気分を引きづったまま、オレはなんとか自宅の前まで戻って来た。


 心の闇というものは、誰もが持っている。

 当然オレ自身にもあるだろうし、それはコントロールが効くモノではないだろう。

 そいつが顕在化するキッカケは他人の行動かもしれないし、自分で引きだしてしまうものかもしれない。


 ただ、この数時間で垣間見てしまった二人の女の子の心の闇。

 それを引き出してしまったのは、間違いなくオレだ。

 オレは今後、二人とどのように向き合えばいいのだろう?

 

 ……とにかく、まずは謝ろう。

 図書館での出来事は、完全にオレが悪い。

 大切な恋人を傷つけてしまったのに、このまま黙って帰ることなんてできない。


 心の中で『……よしっ、行くか』と気合いを入れる。

 そしてオレは絵依の家のチャイムを押した。


「はい」


 絵依のお母さんの声だ。

 絵依とよく似ているため、二人をよく知っている人じゃないと区別をつけるのが難しい。

 逆に言えば二人をよく知っているのであれば、例え絵依がお母さんのモノマネをしたとしても、それは絵依だとオレには分かる。

 この声は紛れもなく、絵依のお母さんの声だ。


「あ、一樹ですけど、絵依いますか?」

「あら、絵依ならまだ帰ってきてないけど……一樹君、一緒じゃなかったんだ?」

「あ、図書館で別れたので……」


 さすがにケンカしたとは言えない。


「そうだったの」


 まったく、二人とも仕方ないわねといった感じの物言いだ。

 どうやら全て見通されているらしい。


「あ、まだ帰ってきてないのなら、電話してみます」


 一言だけ告げて、スマホを手にしようとしたところ、


「あぁ、ちょって待って! ちょうど良かった、一樹君。聞きたいことがあったんだけど……」


 インターフォン越しに、絵依のお母さんに呼び止められた。

 聞きたいこと?

 なんだろう。


「……はい?」

「一樹君、絵依とうちのお父さんが最近うまくいっていないこと、知っているでしょ?」


 え、初耳ですが……?


「何か絵依から聞いていない? 進路のこととか……」

「あ、えーっと、すみません。特に聞いては……」

「そう……」


 明らかにガッカリしたような声だった。


「……あ、あの、すみません。絵依とお父さんがうまくいっていないって、実は良く知らないんですが……?」


 七瀬家の事情だし聞いてはいけないことかなと思いスルーしようかとも思った。

 だけどオレはおじさんのこともよく知っている。

 厳しいところもあるが、普段はとても穏やかな人だ。

 そして絵依もどちらかといえばおっとりしている。

 そんな二人がうまくいっていないというのは……やはり気になる。


「あら? 一樹君、知っていると思ったけど……」


 断定に近い口調……

 絵依がオレに相談していると思っているのかな?

 だけど、絵依からそんな話は聞いていない。


「うちのお父さんね、絵依がソフトボールを続けることをあまり良く思っていなくって……特に一樹君が野球を辞めたのに、続ける理由がないだろうって、よくケンカになるのよ」

「え、そうなんですか!?」


 オレにとって、かなり衝撃の事実だった。

 絵依がおじさんとソフトボールのことで意見が食い違っていたなんて……

 そんな雰囲気は二人から微塵も感じなかった。

 しかも、オレが理由の一端になっているところも余計に気になる点だ。


「そう、一樹君に話してなかったのね、あの子……昨日、一樹君とそんな話をしたって言ってたんだけど」


 えっ、マジか!?

 昨日……ってことは、絵依はアナザーソウルに相談していたってことか!?

 だとすれば、話を合わせておかないとマズイ。


「あ、あぁ、実はソフトボールの件は知ってました、あはは」

「そうよね? あ、でも、一樹君にとっては複雑な気分よね……」

「え、えぇ、まぁ……」


 なんとかうまく誤魔化す。

 ただでさえ絵依と拗れているのに、これ以上ややこしい事になりたくはない。


「こんなこというのなんだけど、一樹君、絵依のことよろしくね」

「あ、はい」


 なにをよろしくなのか分からないが、無難に返事をしておく。

 そしてプツリというノイズを最後に、インターホンの音が切れた。


 そうか……

 絵依、おじさんにソフトボールを反対されていたのか。

 でも絵依は素直に納得できないだろうな。


 もちろん絵依自身、ソフトボールが大好きだし、全国制覇するために努力を続けてきた。

 少しだけ自惚れることが許されるなら、絵依はオレの夢も背負っていてそれが原動力にもなっている。

 できれば絵依のために何かをしてあげたいが……オレに何ができるだろうか?


 おじさんとは何度も話したこともあるし、特に嫌われてもいないと思う。

 だからオレがおじさんに『絵依にソフトボールを続けさせて欲しい』というのは簡単だ。

 だけどそれはあくまで絵依の気持ちを確かめるのが先だ。

 オレだけが先走っておじさんと話すわけにはいかない。

 まずは絵依と、少なくともアナザーソウルと会話したくらいの認識を持たなければならない。

 その後でオレができることを考えよう。


 そして二つ目の問題が、そのアナザーソウルの思惑だ。

 アナザーソウルはこの件に関して、全くメモに残していない。

 一言『絵依とおじさんが上手くいっていないらしい』とだけでも書いて欲しかった。

 どうも、アナザーソウルのメモが万全でないことが気になる。


 さっき絵依に言われたことについてもそうだ。

 昨日、オレと綾瀬が二人きりでどこかに言っていたという話。

 この件についてもメモに残されていなかった。


 オレ自身はB世界で綾瀬と二人でシェ・シブタニに行って話し込んだことをメモに残してきた。

 当然だ。

 昨日、綾瀬と話し込んだ内容は極めて重大な意味を持つ。

 それにオレと記憶を共有している綾瀬の特異性についても、アナザーソウルと共有しなければいけないことだと思っていた。

 だけどアナザーソウルは綾瀬と二人きりで何かをしていたらしいのに、全くメモで触れていない。


 少なくとも、今日のメモには一言抗議しておこう。

 ・絵依の相談事

 ・綾瀬と二人で会話した内容

 少なくともこの二点についてはメモに残しておくべきだ、と。


 あまりキツく書きすぎると、アナザーソウルを怒らせてしまうようで加減が難しい。

 そんなことにはならないないと思うが、仮にアナザーソウルを怒らせてメモを残してもらえなくなったら大ごとだ。


 さてと……これからどうしようか?

 今は一刻も早く絵依に謝りたいけど、不在であるのなら仕方がない。

 ただ、それだけに気分が宙ぶらりんで、このまま家に戻るのも落ち着かない。

 やっぱり絵依に電話してみるか……?


 そんなことを考えていると、ポケットの中に入っているスマホが振動した。

 スマホを取り出して確認すると、RINEメッセージが届いていた。

 一瞬、絵依からのメッセージかと思ってドキッとしたが、送信相手は綾瀬だった。


 『今、時間があれば会って話がしたい。時間がなければ後でもいい』


 えらくシンプルで少し突き放したようなメッセージが実に綾瀬らしい。

 でもその単純さ故、他意を感じる事もない。


 『時間はあるから、小宮まで出るよ』


 オレもシンプルに返信する。

 そして手にしていたカバンから教科書やノート、参考書を取り出してとりあえず下駄箱の上に置く。

 そして再びカバンを抱えて国府宮駅に向かった。

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