10月2日(木) 放課後 通学路 【趣味】

 ──放課後。


 オレは終業のチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出した。

 美音との約束もあったが、何よりも聡の動きを把握したくないという気持ちが大きかった。


 恐らく聡は、このあと絵依に想いを告げるのだろう。

 昨日の記憶……オレが絵依から告白されたという記憶がなければ、聡を応援していたかもしれない。

 でも、昨日の幸せな感情がまだ残っている今、聡を応援する気にはならなかった。


 絵依と美音の間で揺れている。

 最低な男だという自覚はもちろんある。

 でも、心の奥底から沸き上がってくる二つの想いを、自分の意志で押さえ込むことができない……


 美音の教室はオレ達の教室の下の階にある。

 階段を降りて廊下を曲がると、ギターを背負った美音が教室を出て待っていた。

 程なく美音もこちらに気がついたようで、


「あっ、一樹先輩!」


 右手を肩の位置にあげて小さく手を振ると、すぐにテテテとオレの側に近寄って来た。

 美音の姿を見て気持ちが安らぐ。

 分かってる……オレは最低の男だ。


「部活は休みだよな?」


 美音は相変わらずカバーの掛かったギターを背負っていた。

 そんなオレの視線に気がついたようで、


「あっ、このギターですか? 目を離すといなくなってしまいそうなので……」


 美音が昼休みに話していた内容を思い出す。

 そうか。

 イジメでフルートが無くなったりしたことがトラウマになっているんだな。


 さすがにこれだけ大きいものを隠すのは大変だと思う。

 でも、もし悪意でこのギターが無くなったとしたら、オレは犯人を探しだし、それなりの制裁を加えるだろう。


「それじゃあ、帰ろうか」

「はいっ!」


 美音はオレの腕に手を回し、オレもそれを問題無く受け入れた。


 飯名学園と最寄り駅を結ぶ通学路を、生徒達は『飯名ロード』と呼んでいた。

 飯名ロードには喫茶店からスイーツ店、ラーメン屋、ケータイショップなどが並んでいる。

 道を一本入ると小規模ではあるがショッピングセンターもある。


 普段は帰宅部の学生で賑わっている飯名ロード。

 だけどテスト勉強週間の今、各ショップの中に生徒の姿はほとんど見当たらない。

 生徒達もそれなりにテスト勉強を意識して、早めに帰宅しているようだ。

 オレ達も同様で、ちょっと喫茶店でもよろうか、といった話にもならず、素直に駅へと向かっている。

 だけど、元々同じ中学に通っていただけあって、美音の最寄り駅も同じ国府宮だし、まっすぐ家に向かったとしてもあと30分は一緒だ。


「先輩。今、打ち込みをしているんでよね?」

「あぁ。結構モノになってきたとは思う」


 打ち込みとは、一言で言えばシーケンサーと呼ばれる機械を使って自動演奏するためのプログラムを作成することだ。

 難しそうに聞こえるかもしれないが、打ち込みする方法は色々とあり、素人でも簡単に作成することが可能だ。


「最初は、ヒット曲とか耳コピして打ち込んでいたけど、最近はオリジナル曲を作ったりしているよ」

「凄いです! もうオリジナル曲を作っているんですか!?」

「ヒットした曲のコード進行を真似てみたりしてね。だから凄く耳に慣れた感じの曲になってるよ」


 ヒット曲のパクリとまでは言わないが、オマージュくらいの雰囲気はあるかもしれない。

 ただそれだけに、分かりやすくて覚えやすい曲が完成する。


「後でコード、教えてもらっていいですか!」

「もちろん。打ち込みした曲からギターとキーボード部分を消音ミュートすれば、セッションできるかもな」

「すごーい! 楽しみが止まりません! あぁ、ホントはこのまま先輩の家にお邪魔したい気持ち満々ですが、今日は素直に帰って勉強します……」

「あはは、それがいいな。近い内にサウンドファイルに落としておくから、そうしたらデータを送るよ。RINEでいい?」

「はい、お願いします!」


 同じ趣味を持つ美音の会話は純粋に楽しかった。

 笑ったり、悲しんだり。

 表情がコロコロと変わるから、そんな美音を見ているだけでも面白かった。


「でも、まずはテストを乗り切らないとな」

「ううっ、そうですね……」


 少し沈んだ美音も可愛かった。


 ……そうか、美音が彼女、か。

 そう考えると、とっておきの曲を聴かせてやりたいな。


 今、ちょうど作っている曲は、かなり良い曲になりそうな予感がしている。

 コード進行がちょっぴり切なくて、サビで大きく盛り上がる曲調だ。

 ただ、最後のワンフレーズがなかなか決まらない。

 適当に作ることもできるけど、良い感じで進行しているだけに妥協したくない。

 もう少し……もう少しでバッチリとはまるフレーズが浮かびそうなんだけど……

 そのフレーズが完成したら、データを送ってあげようと思う。


「……クスッ」


 オレの顔を覗き込んでいた美音が突然笑い出した。


「えっ? オレの顔、おかしかった?」

「ううん、静香先輩が軽音部に誘う気持ちがよく分かるな、って。一樹先輩が軽音部に入ったら、文化祭が凄く盛り上がりそう!」

「いや、恥ずかしいよ……それにオレはあまり目立ちたくはない」

「野球部のエースだった人が何を言っているんですかー!」

「あはは、確かに!」


 オレの複雑なトラウマ(?)になっていることも、躊躇無く会話に混ぜてくる。

 それが嬉しい。

 もしオレが今よりも本格的に音楽の道に進むのであれば、美音は必要なパートナーなのかもしれない。

 なんて、少し先走り過ぎている感はあるけどな。

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