10月1日(水) 放課後 通学路 【告白】

「それじゃ、また明日」


 静香と聡に挨拶をすませ、オレと絵依は教室を出た。

 気のせいか二人の視線が生暖かい。

 とりあえずさくっと二人の視線を交わし、絵依に目的地を尋ねた。


「それで、なにを買いに行くんだ?」

「…………」

「……? 絵依?」


 返事がなかったから絵衣の顔をのぞき込むと、ようやくオレに気がついたように破顔する。

 その直前までの表情は、強ばっているようにも見えた。


「あっ、えっと、なに?」

「あ、あぁ……なにを買いにいくのかなって」

「あぁ、うん……買いに行くっていうか、ちょっと付き合って欲しい場所があって……」

「場所?」

「……うん。小宮の駅ビルの屋上」


 あぁ、小宮の駅ビルの屋上、か……

 あそこはオレと絵依にとって、ちょっとした因縁の場所でもあった。


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 2年前の8月。

 小宮駅ビルの屋上は真っ赤な夕焼けに包まれていた。


「オレ、もう野球を辞めようと思うんだ」

「えっ!?」


 中学3年の夏。中学の部活はこれでおしまい。

 だけどこの言葉はそれだけではない。

 もう一生、野球はやらないという引退宣言。

 最初に話す相手は絵依しかいないと思っていた。


「ど、どうして……?」

「野球が面白くなくなったからだ」

「……わたしのせいだよね?」

「それは違う。絶対に違う。そう言うと思ったから、この話をするのはまず絵依だと思ったんだ」

「だってわたしのせいで、一樹の肘が……」

「それはオマエのせいじゃない」

「…………」


 オレは小宮北中学時代、野球部のエースだった。

 キャッチャーは聡。

 オレと聡のバッテリーは、小宮市内ではそれなりに有名だった。

 中学三年の春季大会の目標は市大会制覇、そして県大会を勝ち抜き、全国大会に出場することだった。

 そして野球の名門高校に推薦入学し、甲子園に出場するところまで夢を描いていた。


 オレと聡ならば、それが実現すると信じていた。

 いや、確信していた。

 決して奢ってはいないと思う。


 直球のスピードとスライダーのキレはオレの夢を実現する強力な武器だった。

 中学生離れしたID野球張りの配球と強肩、そしてスケールの大きな打力は、聡の努力のたまものだ。

 時々オレ達を見るために、甲子園に何度も出場している名門野球部の監督が視察にやってきた。

 何校かの監督とは実際に話もした。毎日、ワクワクしていた。野球が楽しくてたまらなかった。


 そんな時に、あの事件が起きた。

 中学三年に進学したばかりの4月のことだった。

 オレは絵依をナンパしていた高校生数人と一悶着を起こした。


 気がついたら病院のベッドで眠っていた。

 どうやら気を失っていたようだった。

 そして感じる、体の違和感。

 ギブスで固定され、右腕を動かすことができなかった。

 複雑骨折して手術した後だった。

 オレはこの時、目の前が真っ暗になった──


 それでもリハビリを頑張った。

 絵依に責任を負わせたくないからだ。

 肘が治るまではとにかく走り込んだ。

 そのせいか少しだけ球速は増した。

 だけど以前のようにボールに指が掛からなくなった。

 だから球にキレがない。


 結局、一回戦で夏が終わり、オレは絵依に向けて引退宣言をした。


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「なんか昔、同じ景色をみたことあるような気がするね」


 小宮駅ビルの屋上はあの時と同じく真っ赤な空に包まれていた。

 絵依も2年前の引退宣言を思い出していたのだろうか?

 目の前に広がる夕焼け空は嫌でもあの日を彷彿させる。


「……で、オレに話があるんだろ、絵依?」

「やっぱり、わかるよね」

「まぁ、ただ景色を見に来たわけじゃないと思うけどな」

「うん、そうだね……」


 そう言うと、絵依の表情に緊張感が走った。

 嫌な予感がした。


「……って、まさかソフトボール辞めるつもりなのか!? まさか、ケガしたのか!?」

「違うよ……でも一樹、最初にわたしを心配してくれるんだね」

「当たり前だろ! オマエには夢を……諦めて欲しくない……」

「ううん、辞めないよ。わたしは、絶対に」

「なら、いいけど……それじゃ、話って……?」

「うん、あのね……」


 と言って、オレから目を逸らして少し俯く。

 頬が少し赤く染まっているように見えるのは、夕焼けのせいだろうか?

 絵依は大きく息を吸って、そして吐いた。


「二年……掛かっちゃったよ。気持ちを整理するのに……ずっと言いたかった……でも、一樹の負担にこれ以上なるのは嫌だった……」

「負担……?」

「一樹、わたしにソフト続けろって言ってくれたけど、やっぱり野球ができない一樹にはツラいのかなって思って……」

「そんなことないって。前にも言ったろ?」

「うん、そうなんだよね。だからきっと一樹に怪我をさせてしまったっていう、わたしの勝手な負い目なんだと思う。その心の整理をつけるのに、二年もかかっちゃった……」


 絵依は一旦俯いた。しばらくして顔を上げ、オレの目をじっと見つめた。


「一樹……好きです」


「……えっ!?」

 ──告白された!?


「ずっと……子供の頃、一緒にキャッチボールしていた頃から……わたしに夢を与えてくれた一樹のことが、ずっと好きでした」


「え、絵依……!?」

「やっと一樹に告白できるまで心の整理ができた……ホントは中学三年の夏、あの日に告白しようと思っていたんだけど……」

「…………」


 面食らった。

 気がつかなかった。

 いや、正確には封印していたというのが正しいのかもしれない。

 野球を辞めたあの日以来……オレは絵依への想いを心の奥底に封じていた。


 そう、封じていたということは、少なからずオレは絵依に好意を抱いていた。

 一番身近な女の子として……夢を一緒に追う仲間として……

 でも野球を辞めたあの日、もう絵依を好きになる資格がないような気がして、想いを心の底に封印した。


 今考えると、単なる中二病だ。

 なんだよ、絵依を好きになる資格って。

 馬鹿馬鹿しい。

 そんなもの、ただの自己満足な言い訳だ。


 ……そうか、これが二年間という月日なのか。

 それともオレが野球以外に自信を持てる力を身につけたからなのか。


「返事はさ、特にいらないから。わたしの気持ちを知っていて欲しかっ……」

「オレも好きだ、絵依。オマエのことが好きだ」

「えっ……!?」

「ありがとう、絵依。ずっとオレの事、想ってくれて……おかげで思い出したよ、大切な想いを。二年間縛られていたくだらない封印から解放してくれて、ありがとう」

「えっ……あ」


 すぐ隣にいた絵依をそっと抱き寄せる。

 小さい。

 オレの両手に包まれていた絵依の躰は想像より小さかった。

 だけど、外見から目立つ胸を含めて柔らかな弾力があった。


 こうしてオレ達は恋人になった。

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