10月1日(水) 昼 教室 【フラグ】

 キーンコーンカーンコーン──


 午前の授業の終了を告げるチャイムが校内に鳴り響くと、いつもと同じような動きで聡がオレの机にやってきた。

 その時間に1秒の狂いもない。


「ほら、起きろよ、一樹! 早くパンを買いにいかないとアップルパイ無くなるぜ!」


 この言葉が、オレの加速装置をONにする。

 オレは飛び起きると同時に尻ポケットの財布の存在を確認する。


「行くぜ、聡!」

「おう!」

「あっ、ちょっと待って!!」


 ダッシュで教室を出ようとしたオレ達を呼び止めたのは静香だった。


「なんだよ! オレ達、急いでいるんだよ、静香!!」

「あ、一樹クンはいいから。用事があるのは聡クン」

「え、俺?」


 聡はちょいちょいと手招きしている静香に近寄り、何やらコソコソと内緒話をされている。

 オレは聡を置いて一人で行くのも気が引けるので、焦る思いを抑えながら聡を待った。


「わかった」

「よろしくね、聡クン!」


 ようやく聡が解放されて、オレの方に戻ってくる。


「悪い、待たせたな、一樹」

「静香、なんだって?」

「あ、いや、放課後のこととか、ちょっとな」


 聡にしては珍しく歯切れが悪かった。

 まぁ内緒話をしている時点で、オレに聞かれたくない話なのは分かっているけど……


 それより今はアップルパイだ!


「とにかく急ぐぞ、聡!!」

「あぁ!」


 オレ達は急いでパンが売られている渡り廊下へ向かって走り出した。


 ◇


 なんとかそれぞれの戦利品をゲットしたオレ達は屋上へ向かう。

 そこには予想通り、絵依と静香がベンチに座って持参の弁当を食べていた。

 オレ達は二人の対面のベンチにおいてあった弁当のナプキンを絵依と静香に返し、どっしりと腰を下ろす。


「おー、アップルパイ買えたんだね、一樹クン!」

「まあな。これだけは落とせないぜ」

「一樹、ほんとにアップルパイ好きだよね。子供の頃そんなにアップルパイ食べてなかったよね?」


 自前の卵焼きを口に運びながら、絵依が尋ねる。

 絵依が作るあの卵焼き、美味いんだよなぁと思いつつ、


「アップルパイが好きって言うより、このアップルパイが好きなんだよ。リンゴの煮具合がサイコーなんだよな!」

「分かる、分かるよ、一樹クン! そのアップルパイ、最高だよね! というわけで、このソーセージとそのリンゴ1個、トレードしない?」


 静香は手に持っている箸でアップルパイの上に乗っているぶつ切りされたリンゴを指した。

 リンゴの数は4つ。

 アップルパイ4分の1のリンゴとソーセージ。

 それは等価交換と言えるだろうか?


「ソーセージなら2本だな」

「ぐぬぬ……2本とは大きく出たね」

「なら、わたしの卵焼きとならどう、一樹?」


 絵依は通常卵2個で卵焼きを作り、それを四等分に切っている。


「よし、商談成立だ」


 こう言っちゃなんだが、絵依の作った卵焼きは抜群にうまい!

 焼き具合といい、塩分といい、オレの好みを知り尽くしている味だ。

 この卵焼きとの交換なら、むしろオレの得だ。


「あぁーっ! ズルい、絵依! あたしのリンゴをーっ!」

「ためらったのがオマエの負けだ。その一瞬で全ての勝負は決したんだよ」

「ううっ……無念」

「しかし、よくアップルパイでそんなに盛り上がれるね、みんな」


 オレ達の中で一番大人な聡は苦笑いを浮かべていた。



「ところでさ、一樹。今日の放課後って、時間ある?」


 弁当を食べ終わり丁度フタを閉めたところで、絵依がオレに尋ねてきた。


「あぁ、今日は予定はないけど……」


 『今日は』というと、いつもは予定が入るみたいだけど、そんなことは全然無い。

 お陰様で今は毎日お暇を頂いているご身分だ。

 一応テスト勉強期間という名目上、ほんの少しの戸惑いを入れてみただけだ。


 ただ、ぶっちゃけて言えば今回のテストはかなり頑張らないとヤバい。

 特に英語は一学期に赤点とってしまったので、なんとか巻き返さないとマズイわけだ。


「なら少し買い物に付き合って欲しいんだけど、ダメかな?」


 買い物、か……

 まぁ帰り道にサクッと買い物して帰れば、そんなに問題ないか?


「買い物くらいならいいぜ。聡と静香は?」

「俺は用事がある」

「あたしも」


 静香と聡はまるで始めから答えが決まっていたロボットの様に、素早い答えを返した。


「そうか……なら、二人で行くか、絵依」

「う、うん、そうだね」


 なんだろう?

 気のせいか、絵依も、聡も、静香も、なんか違う……

 なにが違うかって、具体的には言えないんだけど、何か違和感がある。

 今日、別にオレの誕生日じゃないし、サプライズされるようなこともないよな?


「……オマエら、なんか変じゃないか?」


 なんでも言える間柄だからこそ、オレは細かいことでもツッコむ。


「なにを言っているんだよ。変なのは一樹の方じゃないか? なんかそわそわしてるぜ?」


 ピカピカに磨かれた鏡のように、見事なツッコミ返しをする聡。

 その聡に同意するようにウンウンと頷く静香。


「そうか、変なのはオレか」


 多数決上、オレは素直に納得するほかない。


「まぁ、一樹クンはいつも変な人だけどね」

「おいコラ! オレは変人じゃねぇ!」

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