第5章 『ついに動き出す暴食の獅子の悪意』全25話。その18。

            18。



 時刻は二十一時丁度。


 夜空に浮かんでいた雲は嘘のように消え去り、輝く満天の星々が空という天井を明るく照らす、そんな夜。

 不気味な白い羊のマスクを被る白一色の衣装を着た一人の女性がマスクの耳元を押さえながら中に内蔵されてある何かの摘まみやスイッチを必死に弄くる。その姿はあまりにもその場には不自然でありしかも不気味で、通りすがりの一般市民が見たらまず間違いなく警察に通報されかねないそんな格好をしていた。


「う~ん、マスクに内蔵されている音を拾う聴覚の周波数が合いませんわね。昨日の夜にいじくったせいでしょうか?」といいながら羊野瞑子は顔に被ってある白い羊のマスクを脱ぎながら葛飾区・水元公園の中にあるサービスセンターの前に立つ。


 そのサービスセンターの前には捜査一課・殺人班に所属する数人の刑事達とその刑事達を率いる西園寺長友警部補佐が腕組みをしながらその厳しい視線を目の前にいる羊野瞑子に向けているのだが、当の羊野の方は全くと言っていい程気にしてはいないようだ。


 そんな羊野の態度に業を煮やした西園寺長友警部補佐はまるで化け物でも見るような眼差しを向けながら羊野に近づくと、自分の思いを彼女に向けてぶつける。


「お前には言いたいことが沢山あるが、先ずは何故川口大介警部にあんな会見をさせたのか、その事について説明して貰おうか」


「ホホホホ、一体なんの事ですか」


「ふざけるな、もう既に黒いライオンに関わる事件やそこで見つかった数々の証拠は五年前から明らかになっていると言うのに、本当は黒いライオンは存在してはいないなどと言う根も葉もない嘘の会見なんかをさせて一体どういうつもりなんだと聞いているんだ。まさか民間人に余計な不安や恐怖を与えないようにと川口警部が上からの命令で黒いライオンの存在をワザとごまかした訳ではあるまい。あの会見には絶対に何らかの裏があるはずだ。そしてそんな川口警部に何かを吹き込みあんな心にもない会見をさせることが出来るのは、この状況からしてお前くらいしかいないと言う事だ。お前、川口警部にあんな危険な発言をさせて一体何を企んでいるんだ。あのテレビのメディアを使った行為は犯人側から見たら間違いなく暴食の獅子に向けた挑発行為だぞ。何せこの五年間に渡り人を食い殺してきた……暴食の獅子が操る黒いライオンの存在を川口警部はあの場で全ての事件に関わる黒いライオンに関する過去を全否定したのだからな。それは黒いライオンを自由自在に操る事が出来ると銘打っている暴食の獅子からしてみたらとてもじゃないが受け入れがたい事のはずだ」


「まあ、自分は本物のライオンを自由自在に操り人を殺す事が出来ると、この五年間にも渡りまるでナイトショーのように全ての人達にその不気味で不思議な恐怖を見せつけて密かに喜んでいるような人物ですから、その黒いライオンの存在を否定される事は自分自身の存在すらも同時に否定されるとこの犯人は考えているのかも知れませんわね。なにせ彼自らが壊れた天秤の同意の下に私達に挑戦状を叩きつけて来るくらいですからその黒いライオン擬きを使ったトリックには絶対の自信があるはずです。そんな自慢の魔獣トリックをテレビのメディアを使って警察側は全否定したのですからそれはショックは大きいでしょうね」


「しかもだ、川口警部が最後に言ったあの言葉が一番の問題だ。『その黒いライオンが本当に存在すると言うのなら先ずは自分を食い殺して見ろ!』などと言う見え透いた挑発までされては、あの自尊心の強い暴食の獅子は絶対にいい気分はしないはずだ」


「まあ、そうでしょうね」


「あの川口警部の挑発に、もし暴食の獅子が乗って来たら一体お前はどうするつもりなんだ。間違いなく暴食の獅子は川口警部を次の殺人のターゲットの目標にするかも知れない。恐らくお前としては川口警部と言う餌に暴食の獅子が食いついて来てくれたらそれはそれでいいと考えているのだろうが……そこはお前の事だ、川口警部の利用価値は恐らくはそれだけではないはずだ。いい加減に本当の事を話したらどうだ。お前は川口警部を言葉巧みに巻き込み、一体何を企んでいる?」


「それはまだ言えませんわ。ですがその後直ぐに暴食の獅子が次の舞台となる公園を指定して来たのですから、この水元公園こそがあなた方警察と暴食の獅子との対戦の場になるのは明白だと思いますよ。あの暴食の獅子がわざわざあなた方をこの水元公園に招待したと言う事はこの場所にあの黒いライオンを出現させて、犯人を馬鹿にし、挑発していた川口警部を是が非でも噛み殺したいと思っているはずです。ですので絶対にあの黒いライオンを使って川口警部を亡き者にしようと画策するに決まっていますわ。なぜなら黒いライオンの存在に極めて否定的な川口警部を食い殺す事によって、喰人魔獣が現実に実在すると言う事実が証明されるからです。もしそうなれば警察の面目は当然丸つぶれとなり、暴食の獅子が操る黒いライオンに屈服した事になりますからね」


「なるほどな。それでその肝心な川口警部は一体どこにいるんだ。ちゃんと安全な所に匿っているんだろうな」


「いいえ、現在川口警部は赤城文子刑事や山田鈴音刑事と一緒にいるはずですよ。そこの所は私よりも、むしろあなたの方が詳しいはずですが」


「俺だって川口警部とず~と一緒にいる訳じゃないからな。今、川口警部がどこにいるかなんて知るわけがないよ。それにあの人は結構ワンマンで行動派だからな、あの型破りなベテラン刑事に俺なんかが気安く声をかける事なんて早々出来やしないさ」


「あの川口警部を尊敬しているのですか」


「ああ、勿論だ。川口警部は俺の憧れの刑事であり、先輩であり、そして現在は部署は違えど同じ捜査一課の上司だからな」


「確か聞いた話では、川口警部は元々は捜査一課を束ねる有能な若き警部だったのを、数年前に現れた円卓の星座の狂人達の出現によって、上からの命令で捜査一課・特殊班と言う特別な部署に転属になったと聞いています。そこでかつての部下達とあの円卓の星座の謎を追っていたとか」


「ああ、昔はあの初代黒鉄の探偵こと黒鉄志郎と協力して事件を追っていたみたいだが、つい数年前までは殺人班と特殊班との二つの班を掛け持ちしていたんだよ。その時の部下がこの俺と言う訳だ。その後俺は殺人班の隊長となり川口警部の後を引き継いだ形でいるが、実質上捜査一課のボスは今も川口警部だと俺は思っているよ。だからその川口警部の身に危険が及ぶのだけはなんとしてでも避けたいんだ。白い羊よ、俺にしたあの非道の事は今は目をつぶってやるから、川口警部を危険な目には遭わせないでくれ。この日本を幾多の犯罪から守る為にはまだまだ川口警部のような有能な刑事は必要だ!」


「なるほど、あなたの気持ちは分かりました。でもさっきも言ったように私は川口警部の行動にとやかく言う事は出来ません。私としても川口警部にはどこか安全な所に隠れてて欲しいのですが、その川口警部が隠れる事を良しとしないのですよ。そこで俺が隠れたら暴食の獅子を挑発して囮になった意味がないだろうとか言ってね」


「そうか、まああの人の事だから恐らくはそう言うだろうなと思ったよ。流石は俺が心から尊敬する、仕事熱心な伝説の刑事だぜ!」


 そういいながら西園寺長友警部補佐はまるで自分の事のように大きく胸を張る。その態度からして西園寺長友警部補佐は本当に川口警部を心から尊敬しているようだ。


 そんな会話をしていると耳沢仁刑事とハンターの石田淳二と林家三太の三人を連れた赤城文子刑事が西園寺長友警部補佐の元へと合流する。その表情は硬く、絶えず回りを警戒しているようだ。恐らくは暴食の獅子が操る黒いライオンの出現に心なしか怯えているのだろう。そしてその後ろを歩く三人は、互いに手に持つライフル銃を確認しながら真っ直ぐに目の前にいる西園寺長友警部補佐にその視線を向ける。

 どうやら耳沢仁刑事・石田淳二・林家三太の三人は西園寺長友警部補佐の指示を静かに待っているようだ。


 そんな三人に西園寺長友警部補佐は声を掛ける。


「耳沢仁刑事に二人のハンター達。お前ら、遅かったじゃないか」


「ええ、ライフル銃の手入れに少し掛かりましたからね。赤城文子刑事の車に誘導されながらもカーナビを使い、どうにかここに来ましたよ」


「そうか、それで……赤城文子刑事と共にいると言う事は、川口警部とは一緒じゃ無いのか?」


「いいえ、一緒ではないですが……それがどうかしたのですか」


 そんな会話を西園寺長友警部補佐と耳沢仁刑事がしていると、その事について話そうとしている赤城文子刑事に羊野瞑子が先に声を掛ける。


「赤城文子刑事、お疲れさまです。あら、川口大介警部と山田鈴音刑事は一緒ではないのですか?」


「ええ、一緒ではないわ。あの二人は暴食の獅子からの『今夜水元公園内で人を一人食い殺す。もし阻止したくば、この狂人ゲームに選ばれた刑事達は速やかにこの水元公園に来るがいい。そこで俺が操る黒いライオンが起こすまるで奇跡のような犯行をあのぼんくらの警察共が本当に止められるかどうかの対決をしようぜ。そうまさにお互いの誇りと名誉を賭けた真剣勝負と行こうではないか。特に俺を公共の電波で馬鹿にしてくれた川口警部とか言う刑事は絶対に来るように。そこであんたの早計な考えやこの俺を見下したそのふざけた態度の全てを全部覆してやるぜ!』と言う暴食の獅子から届いた警視庁宛の伝言を受けて私達よりも早くこの水元公園に向かったはずですが、まだこの現場には来てはいないのですか?」


「ええ、まだ来てはいませんわ。もう夜の二十一時になっているというのに一体どこで道草を食っているのでしょうか」


「あの川口警部が事件の現場を前にして道草を食うだなんて絶対に有り得ない事だ。もしや川口警部の身に何かあったんじゃないだろうな!」


 そんな心配の声を上げた西園寺長友警部補佐の言葉に不安を覚えた赤城文子刑事はスマホを取り出すとすかさず川口警部と山田鈴音刑事に電話を掛けるが、二人は中々電話に出る気配がないようだ。

 虚しく響く呼び出し音を聞きながら赤城文子刑事が不安の顔を西園寺長友警部補佐に向けていると、その状況を見ていた羊野瞑子が大きく溜息をつきながら赤城文子刑事に声を掛ける。


「赤城文子刑事、もういいでしょう。これだけ電話を掛けて二人が電話に出ないのなら仕方がありませんわ。確かに二人のことは心配ではありますが、今は現場に来ない人の安否を確認する目処がないので、取りあえずは二人の無事を祈りながら、私達は今私達が出来る事を最優先にしましょう。もしかしたらあの暴食の獅子が操る黒いライオンが今まさに全くの無関係な一般市民を襲っているかも知れないのですから」


「そうよね、今は川口警部と山田鈴音刑事と連絡がつかない事に不安がっている時ではないわ。今はこの水元公園の何処かに隠れているという暴食の獅子とその忠実なベットでもある黒いライオンの行方を捜しましょう。西園寺長友警部補佐、当然この水元公園の周りに住む民家の人達には今夜は公園内には近づかないようにと連絡はしてあるんですよね」


「ああ、当然してはいるんだが完璧ではないな。大体この水元公園は滅茶苦茶に広いし、あの暴食の獅子からこの水元公園を今回の舞台に指定されたのは一~二時間前の話だから流石に時間が足りなさすぎるぜ。もしかしたら俺達警察の目が行き届かない場所をかいくぐって誰かがこの水元公園内に入って来ても特におかしくはないだろうからな」


「そうですか、完璧に人の行き来を掌握する事は流石に出来ませんか。ならだれか一般人がこの水元公園内に入って人知れずあの黒いライオンに襲われてもおかしくは無いと言う事ですね。もしそうなったら事実上警察側の負けになってしまいますが、これは一体どうした物でしょうかね。フフフフ」


「フフフフ、じゃねえよ。大体お前があの川口警部を巻き込んであんな危険な会見をさせたのがいけないんじゃないか。この水元公園内での勝負は元々こちら側が断然に不利なんだから、数人の刑事達しか使えない俺達は、この水元公園内全域をカバーできるだけの人員は最初からいないんだぞ。だとするならばお前は一体この状況からあの黒いライオンをどうやって見つけるつもりなんだ。もういい加減俺達にその計画を言えよ、白い羊!」


 かなり焦りながら話す西園寺長友警部補佐の言葉に、羊野は落ち着いた声で西園寺長友警部補佐に向けて言う。


「確かに川口警部や山田鈴音刑事の事も気になりますが、何を隠そうこの私も実はかなり焦っているのですよ。実は私が予想だにもしなかった事態が起きてしまいましたからね」


「何だよその予想だにもしなかった事態って?」


「実は1時間前に車でこちらに向かっているはずの黒鉄さんや緑川章子さんに、先程から電話やメールを送っているのですが一向に返事が返ってこないのですよ。もしかして二人の身に何かがあったのではないかと思いましてね。こうやって気をもんでいるのですよ」


「あの黒鉄の探偵をわざわざここに呼んだのか。また余計な事を。あのへっぽこ探偵がこの水元公園内に来たからと言ってどうだというのだ。全く役にはたたないだろう。あいつを戦力に入れるのは時間の無駄だと何故分からないんだ!」


「あなたの黒鉄さんに対する個人的な評価などはどうだっていいのですよ。今は黒鉄さんの身だけが心配ですわ。もし黒鉄さんが不覚にもあの暴食の獅子の手に落ちているのだとしたら、私は例えどんな汚い手段や尊い犠牲を払ってでもこの水元公園内にいる黒いライオンとそれを操る暴食の獅子を炙り出して捕まえなくてはならないと思っています。その時が来たら覚悟して下さいね。例えこの狂人ゲームの勝負を捨ててでも黒鉄さんの命だけは絶対に守ってみせるとあなた方警察には前もって忠告をしておきますわ」


「お、お前は一体この水元公園内で何をするつもりなんだ?」


 顔を青くさせながら叫ぶ西園寺長友警部補佐を見ていた耳沢仁刑事・石田淳二・林家三太の三人は互いに顔を見合わせながら羊野の冷酷な決意とも言うべき言葉に冷や汗を掻いているようだ。それほどに羊野の言葉は嘘偽りのない覚悟のある言葉だと三人は感じたようだ。

 その羊野の覚悟ある言葉に職圧されたのか、この水元公園に入る時に感じていたある疑問を聞こうと耳沢仁刑事はその答えを西園寺長友警部補佐に向けて聞く。


「つい先ほど車でこの水元公園の入り口に入る時に外で数多くの警察官達を目撃したのですが、あれは一体なんの為に集めた警察官達なのですか。軽く100人くらいはいたように見えたのですが?」


「100人を越える警察官達だとう。一体なんの話だ?」


「西園寺長友警部補佐は知らないのですか。私はてっきり西園寺長友警部補佐が狂人ゲームのルールを無視して無謀にも犯人逮捕の為にあの大量の警察官達を投入しようとしているのではと思い急ぎこの場に来たのですが、西園寺長友警部補佐の差し金ではないのだとしたらあの大量の警察官達は一体誰の命令でこの水元公園の入り口に集まっているのですか?」


「知らない、少なくとも俺は他の警察官達を使ってこの水元公園の回りを包囲してはいないぞ。だとするならばお前達が見たと言うその大量にいた警察官達は、一体誰の命令でこの水元公園のある外側に集まっていると言うんだ!」


「分かりません、ですから西園寺長友警部補佐に聞いているのですよ」


「よし分かった。俺がその警察官達の元に直接行ってその経緯を聞いてきてやる。その警察官達は水元公園の入り口付近にいたんだよな。ならちょっくら行ってきてやるよ。もしもこの水元公園内にその警察官達が入って来たらルール違反でこの狂人ゲームの負けが決定してしまうからな」


「お願いします。今はこの水元公園内にいる犯人の逮捕よりも、狂人ゲームのルールを破る事によって生じる敗北を阻止する事の方が何よりも重要ですからね。なにせこの狂人ゲームに負けたらまた罪のない一般市民達が無差別に殺されるのですから!」


「そうだな、では行ってくる」


 そう告げた西園寺長友警部補佐の言葉に合わせるかのように、行き成り水元公園内に猛獣のような迫力のある大きな遠吠えが響き渡る。



 ガッオオオオォォォォーン、ガッオオオオォォォォーン!



 その貯水池や林が生い茂る木々に響き渡る鳴き声はかなり大きく、その猛獣の鳴き声を間近で聞いていた西園寺長友警部補佐や赤城文子刑事は勿論の事、耳沢仁刑事・石田淳二・林家三太の三人のハンター達や、他の数人の殺人班の刑事達もかなり怯えているようだった。

 それもそのはず、ここにいる他の刑事達は狂人ゲームのルール上、ハンター達が持つ3丁のライフル銃以外は拳銃を所持してはいないので今現在は皆が丸腰であの獰猛な人食いライオンに立ち向かわないといけないと言う事になる。そんな洒落にならない状況に戦慄する他の数人の刑事達に西園寺長友警部補佐は直ぐさま命令を下す。


「お前達は俺の指示があるまでは取りあえずはこのサービスセンター内の建屋の中で待機だ。先ずは俺がその公園の入り口付近にいるというどこぞの警察官達に話を聞いてくるからそれまでは絶対に外には出るなよ。いいな、わかったな!」


「はい、分かりました。西園寺長友警部補佐!」


「それと耳沢仁刑事・石田淳二・林家三太といったライフル銃を持つハンターの三人は、取りあえずはこのサービスセンターの建屋周辺を守っていてくれ。俺が帰ってきたら3組に人員を編成してライフル銃を持つ人の範囲に固まって犯人を探すぞ。いいな、わかったな!」


「西園寺長友警部補佐、一人では危険です。あの黒いライオンが公園入り口に行く途中に闇夜から突然出て来るかも知れません。この私が共について行きましょうか」


 一人で公園の外に行こうとしている西園寺長友警部補佐を心配しているのか、耳沢仁刑事が護衛を申し出るが、その申し出を西園寺長友警部補佐はきっぱりと断る。


「大丈夫だ。俺はこんな事もあろうかと現地の住民から借りてきたこの原付きのスクーターに乗ってちょっくら行ってくるからよ。この広い水元公園内を見て回るにはスクーターが頼りになると思って借りてきたのだが、まさに俺の考えは正しかったと言う事になるな。このスクーターのスピードなら、最高時速が約60キロしか出せないと言われているライオンに速さで後れを取る事はまずないだろう! と言うわけで……後のことは任せたぞ」


 そういいながら西園寺長友警部補佐はチラリと羊野の方を見ると、そのまま近くに停めてあるスクーターに跨がりながらエンジン音を響かせる。

 その後、耳沢仁刑事・石田淳二・林家三太の三人に視線を送った西園寺長友警部補佐は、決意が決まったのか公園の入り口の方へと勢いよくそのスクーターを走らせて行くのだった。


            *


「行ったっきり中々帰っては来ませんわね。西園寺長友警部補佐は一体何をしているのでしょうか。先程から他の刑事達が西園寺長友警部補佐に電話やメールやツイッターやラインを送っている見たいですが、一向に連絡が返って来ないと言う事は彼の身に何か良からぬ事でも起きたのでしょうか。もしかしたら公園の外にいるとされる他の警察官達に会う前に、行く途中の何処かで黒いライオンの待ち伏せにでも遭って食われているのかも知れませんわね。もしそうならとても悲しい事ですわ。あれだけ大口を叩いておいてこの事件と同時にその人生からも早々と退場なんかしたら笑い話以外の何者にもなりませんからね」


「無事に公園の外に辿り着いているに決まっているだろう。いくら西園寺長友警部補佐と仲が悪いからって縁起でもない事を言うなよ! 恐らくは何らかの事情で西園寺長友警部補佐に電話が繋がりにくくなっているだけの事だよ。ただの通信障害かもしくは何か他にアクシデントが起こって連絡が出来ずにいるんだよ。きっとそうだよ」


「だから西園寺長友警部補佐はあの黒いライオンに喰われたんですってば、だから電話が出来ないのですよ」


「違うわ。そんな事は絶対にない。西園寺長友警部補佐は絶対に生きているはずだ!」


「なぜそう言い切れるのですか?」


「うるさい、とにかく西園寺長友警部補佐は必ず生きている。あの西園寺長友警部補佐が殺される訳がないんだ。絶対にな!」


「そうですか……西園寺長友警部補佐は殺されませんか」


 西園寺長友警部補佐が水元公園の入り口に向けてスクーターを走らせてから約30分程の時間が過ぎようとしていたが、その肝心の西園寺長友警部補佐はまだ帰ってくる気配がまるでないようだ。電話やメールをしても一向に連絡が取れない西園寺長友警部補佐に焦りを関していた耳沢仁刑事は、羊野が話した軽い憎まれ口に鋭く反応をする。

 そんな無神経な言葉を話す羊野瞑子にかなりの苛立ちを感じていた耳沢仁刑事だったが、それとは別に5分起きに水元公園内の周りから聞こえてくるライオンの唸り声と雄叫びに耳沢仁刑事はかなりの焦りを感じているようだった。


 自らの焦りに気を揉む耳沢仁刑事に、隣にいた赤城文子刑事が「まあまあ耳沢仁刑事、落ち着いて下さい。もしかしたら西園寺長友警部補佐は道に迷っているだけかも知れませんよ。なにせこの夜道ですし、西園寺長友警部補佐はこの水元公園に来るのは初めてだとも言っていましたからね」と宥めながら声を掛ける。

 そんな赤城文子刑事が話した言葉に鋭く反応をした羊野瞑子は、赤城文子刑事を始めとした耳沢仁刑事・石田淳二・林家三太の三人のハンター達にも向けて、この水元公園の説明を軽くし始める。


「ええ、では西園寺長友警部補佐を探しに行く前に、私がこの水元公園の説明を軽くしておきますね。水元公園は小合溜に沿って造られた、都内で唯一水郷の景観を持った公園です。昭和五十年まで、このあたりは都立江戸川水郷自然公園に指定されていたそうです。小合溜から引いた大小の水路が園内を走り、水郷の景観を作り出しているように園内にはポプラ並木やメタセコイアの森、ハンノキなど水辺に強い樹木が生育し、ハナショウブ、スイレン、コウホネといった水性植物を多く見る事が出来るそうですわ」


「説明ご苦労様。私が知る限り、この東京23区内で一番大きな公園はこの水元公園との話だから、さぞかし暴食の獅子もこの広い公園内の中であの獰猛な黒いライオンを暴れさせたいのでしょうね。その証拠にまるで精神的に追い詰めるかのようにじわじわと私達の周囲を徘徊しながら少しずつ迫ってきているようにも感じるわ!」


「闇の木々の中から時々ランダムに聞こえてくるので黒いライオンの姿を見ることは流石に出来ませんが、あの時々聞こえてくる遠吠えから察するに結構速いスピードで私達の周囲を動き回っているみたいですね。これは耳沢仁刑事・石田淳二さん・林家三太さんの出番でしょうか」


 その羊野の問い掛けに耳沢仁刑事・石田淳二・林家三太の三人は手に持っているライフル銃をその声の聞こえた闇に向けて構える。


 耳沢仁刑事が二人に視線を送りながらまるで気合いを入れるかのように声を掛ける。


「このライフル銃には闇でも見える暗視スコープを装備していますから例え暗闇にあの黒いライオンが隠れていたとしても接近して来たら流石に分かりますし、俺達の方がかなり有利なはずだ。長年にも渡るあの黒いライオンとの戦いは今ここで終止符を打たせて貰うぜ。そうだよな、石田さん!」


「そうだぜ。それにこっちには三人ものハンターが銃を構えて待ち構えているんだから、その死角に穴などは絶対にないはずだ。そうだろう、林家さん!」


「ああ、全くその通りだぜ。俺達のこの完璧なチームワークと狙撃で今度こそあの黒いライオンを追い詰め、そして見事に討ち取ってやろうぜ。なあ、耳沢仁刑事!」


 まるで心に抱いている不安を消し合うかのように三人は互いに声を掛け合っていると、そんな三人の不安に答えるかのように後ろを見ていた赤城文子刑事が行き成り怯えたような悲鳴を上げる。


「ひぃぃぃぃ。で、出たわぁ。黒いライオンよ。今、向こうの100メートルほど先にある外灯の下を黒いライオンが一瞬だけ通り過ぎたわ。あの黒いライオンは確実に私達の方に迫ってきているわよ!」


「な、なに、黒いライオンだとう……そんな馬鹿な事があって溜まるか。何かの動物と見間違えたんじゃないのか!」


「いいえ、一瞬その姿を見ただけだけど、あれは確かにあの黒いライオンだったわ。間違いはないわ!」


「く、黒いライオンだと……やはり本当にあの黒いライオンはここに来ているのか」


「落ちつけよ、林家さん。取りあえずはその100メートル先にある外灯まで見に行ってみようぜ。なにか……その黒いライオンに繋がる証拠が見つかるかも知れないからな」


 そういいながら耳沢仁刑事と石田淳二が外灯のある付近まで歩こうとしたその時、今度はその二人の後ろで羊野瞑子がかなり慌てた様子で大声を上げる。


「待って下さい、耳沢仁刑事に石田淳二さん。今私の見ていた後ろの方であの黒いライオンが自販機が設置してある外灯の下をゆるりと通り過ぎるのを見ましたわ。今ここを離れて3人がバラバラになるのは流石にまずいのではないでしょうか。いくらあなた方がライフル銃を持っているとはいえ、後ろから行き成り襲われたら流石にお終いですからね!」


 その羊野の言葉に今度は石田淳二が反論をする。


「黒いライオンを見ただって……それはあんたの見間違いじゃないのか。今し方赤城文子刑事があの100メートルほど先にある外灯でその黒いライオンの姿を見ているんだぞ。なのにその数秒もしないうちにあんたがその黒いライオンの姿を見るだなんてどう考えてもおかしいだろう」


「一体なにが可笑しいと言うのですか」


「あんたが黒いライオンを見たと言う自販機が設置してある場所は、赤城文子刑事が言っていた場所の真逆の方向の場所だぞ。つまり俺達がこれから向かおうとしているその後ろの反対側だ。いくらあの黒いライオンが素早いからって、たったの数秒で俺達の背後に回れる訳がないんだ!」


「でも実際に私はその黒いライオンの姿を見てしまったのですから仕方が無いじゃないですか。それとも石田さんは私が嘘を言っていると、そう言いたいのですか」


「そうは言ってはいないが、何かの別の動物と見間違いたと言う事は十分に考えられるだろう。こんなに暗いんだし、外灯と自販機の明かりだけであの黒いライオンの姿を確認する事が果たして本当に出来ていたのかと、ちょっと疑問に思ったまでの事だよ。なにせあの外灯と自販機のある所までは約70メートルくらいの距離はあるのだからな。まだ日が昇っている明るい昼間ならいざ知らず、この薄暗い夜なら何かと見間違えても別におかしくはないと言うことさ。本当にそれはあの黒いライオンだったのか?」


「ええ、確かにあれは間違いなくあの黒いライオンでしたよ。私は絶対に見間違えてはいませんわ。私は視力もいいし自分の目には自信がありますからね」


 その羊野の言葉にまるで合わせるかのように、羊野が見たと言う外灯と自販機のある方角からライオンの遠吠えが公園内に響き渡り、大きなこだまとなって赤城文子刑事や耳沢仁刑事らの耳へと届く。 その姿無き黒いライオンの遠吠えを聞いた赤城文子刑事は「きゃあぁぁぁ、あの黒いライオンが後ろに現れるだなんて、一体あの黒いライオンはどんな方法で私達の後ろに回ったと言うのよ!」と叫びながらパニックを起こし。その姿を見ていた耳沢仁刑事・石田淳二・林家三太の三人はあたふたしながらも手に持っていたライフル銃を頻りに構える。


 そんな時である。この緊迫した状況下の中、行き成り赤城文子刑事のスマホに電話の着信がなる。そのスマホを素早くポケットから取り出すと赤城文子刑事はその震えた手で電話を掛けて来た相手の名前を見る。


「さ、西園寺長友警部補佐からだわ!」


 そういいながら急ぎその電話に出た赤城文子刑事は、スマホを耳に当てながら西園寺長友警部補佐の無事を確認しようと直ぐさまその電話の相手に声を掛ける。


「もしもし、西園寺長友警部補佐ですか。もう連絡が遅いですよ、一体今まで何をしていたのですか?」


 そんな赤城文子刑事の明るい声が飛んでいたが、次第にその声は緊迫した物へと変わる。

 赤城文子刑事はしばらくその電話の相手の話を聞いていたが、近くにいる耳沢仁刑事を見ながらそのスマホを耳沢仁刑事へと渡す。


「耳沢仁刑事、西園寺長友警部補佐からあなたにお話があるそうです。どうぞ……あ、ついでにこの電話の内容がみんなにも聞こえるように外部音声機能に変えておきましたから、気にしないで話して下さい」


「西園寺長友警部補佐が、俺にですか。一体なんの用だろう?」


 そういいながらも赤城文子刑事のスマホを借りた耳沢仁刑事は、西園寺長友警部補佐の話を聞く為にその電話に出る。


「もしもし、西園寺長友警部補佐、私達に連絡もしないで一体どうしたのですか。連絡がそちらに届いているのならせめて折り返しの電話くらいはして下さいよ!」


 そんな耳沢仁刑事の安堵のような言葉に、電話の向こう側でその声を聞いていた西園寺長友警部補佐は辛そうなくぐもった声をしながら、耳沢仁刑事に向けて話しかける。


「み……耳沢仁刑事……俺が今から話す言葉は暴食の獅子の話す言葉だと思って聞いてくれ……」


「暴食の獅子の言葉ですと……それは一体どう言うことですか。西園寺長友警部補佐?」


 そんな耳沢仁刑事の言葉を無視しながら西園寺長友警部補佐は、まるで犯人の代わりに話す蓄音器のように、苦しそうな声で話し出す。



「い、今現在狂人ゲームを繰り広げている俺様こと狂人・暴食の獅子は、俺様の事をテレビの中で頻りに批判をしていたあの川口大介警部とその連れの山田鈴音刑事が運転する車を無理矢理に停めて襲い、その中から引きずり出して襲撃する事でもう既にその二人の身柄は押さえてあり今は立派な人質として拘束中だがそれだけではない。何故ならついでにのこのことその近くをワゴン車で通りがかったあの黒鉄の探偵と緑川章子なる大学生をもまた我らの罠にはめ、抵抗空しくその身柄もまた拘束されているからだ。つまり四人もの人質が我が支柱に落ちたと言う事だ。しかも今し方スクーターで公園の外に向かおうとしていた西園寺長友警部補佐を我が相棒でもある黒いライオンこと喰人魔獣が不意打ちで襲い、その食い殺される寸前に俺に一時的に救われた西園寺長友警部補佐は新たな五人目の人質になったと言う事を深く考え……その極めて深刻な事態が今まさに起きているという事を自覚し覚悟をしなくてはならない。ほ、本来ならこのまま直ぐにでも五人の人質の人達を見せしめとして殺してしまってもいいのだが、何やら狂人ゲームのルールを無視して大量の警察官達を使い、この水元公園の外に万遍なく警察官達の配備をしているようだったからなんだか心配になってな。取りあえずは確認の電話を入れようと、西園寺長友警部補佐の声を使ってお前達に電話を掛けたと言うわけだ。それで……あの公園の外にいる警察官達は一体なんの為にあの場所に集めさせられているんだ。今そっと見てみたら既に300人は有にその数を増やしているぞ。耳沢仁刑事……これは一体どう言う事だ。お前はこの退っ引きならない状況を分かっているんだろうな。あんなに沢山の警察官達を使って回りの封鎖や検問なんかをされたら、この俺事態が水元公園内から脱出が出来ないだろうが。まだ俺が指定してある水元公園の中には入ってはいないからギリギリ狂人ゲームのルールには違反はしてはいないようだが、もしも一歩でもあの大量の警察官達がこの水元公園内の中に入って来たらその時点でお前達はこの狂人ゲームの敗者となり。そのペナルティーとして、通常の負けよりも多いその二倍~三倍もの天罰とも言うべき死を、一般の市民達が(無差別に)全てを負う事になるんだぞ。その事実を忘れたとは言わせないぞ!」


 この水元公園に急行すると言ってパトカーで出掛けたまま行方不明となっていた川口警部と山田鈴音刑事の二人はおろか、あの黒鉄の探偵こと黒鉄勘太郎だけでは無くその連れの緑川章子という女子大生すらも、もう既に暴食の獅子の魔の手に落ちていたという事実を知り、耳沢仁刑事はその極めて緊迫した状況にかなり驚いているようだったが、それだけではない。

 最後の落ちとばかりにまさかあの西園寺長友警部補佐までもが犯人の襲撃に遭い、抵抗をする間もなくそのまま犯人に捕まり、人質として伝言役にされているとは、犯人を憎み正義感に燃える無駄にプライドの高い西園寺長友警部補佐にしてみたら屈辱以外の何物でもないだろう。

 そのにわかには信じられない驚愕の出来事に話を聞いていた羊野瞑子と赤城文子刑事の二人は露骨に顔を顰め。ハンターの石田淳二と林家三太の二人は、その有り得ない出来事に大量の汗を掻きながらもその無骨な体をブルブルと震わせる。


 そんな四人の表情に目を這わせながら話を聞いていた耳沢仁刑事は、焦りと困惑の顔をみせながらも、その耳に当てていたスマホを持つ手に思わず力が隠る。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。あなたが言っているその大量にいる警察官達の事なんだが、もう少しだけ待ってくれ。俺達もその警察官達のことは良くは分からないんだ。一体彼らが誰の命令でこの水元公園の外に集まっているのか、今から調べるから……」


「そんな事を言って時間を稼いで、この俺をまさか捕まえる気じゃないだろうな。もしもそんな不届きな事を考えていたら……その時は覚悟をしておけよ。ここにいる五人の人質の命は言うに及ばず、狂人ゲームのルールに違反をした代償として倍のペナルティーは当然払って貰うからな。必ずな。その旨を恐らくはお前の近くにいる、あの白い腹黒羊にもちゃんと説明をしておけよ。ついさっき川口大介警部や西園寺長友警部補佐にもあの外にいる警察官達の事を聞いて見たんだが、彼らは何も知らないとの事だ。だとするならば残る可能性はただ一つだ。あの羊野瞑子が何らかの方法でこの大量の警察官達をだまくらかしてこの水元公園の外に集めた……そうとしか考えられないぜ。だから後10分だけ時間をくれてやる……その時間の間にあの外にいる警察官達を何とかするんだな。いいな、分かったな!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。10分とは流石に早過ぎるだろ。それにお前は本当にあの暴食の獅子本人なのか?」


「それは一体どう言う意味だ?」


「いや、何でも無い……取りあえずはその水元公園の外にいるという大量の警察官達の事は任せてくれ。ここに集まっている理由を聞いて直ぐにでも帰って貰うから……それまでは絶対にその5人の人質達を殺すんじゃないぞ。いいな、分かったな!」


「それはお前達次第だな。ではまた10分後に西園寺長友警部補佐に電話を掛けさせるよ。ちくしょう……ちくしょう……」



そう言うと西園寺長友警部補佐に自分の思いを話させた暴食の獅子は、西園寺長友警部補佐の悔しがる声を聞きながら電話を切るのだった。

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