第3話 『襲いかかる馬人間の更なる追跡』 全29話。その12。


            *


 周りに注意しながらしばらく歩くと、集合住宅地の死角となっているその場所に小さな公園がある。


 マンションや民家に囲まれたその場所は一昔前の古い遊具が設置されており、よ~く注意しないとそこに公園があることさえ気付きにくい、そんな簡素な場所になっていた。

 そんな小さな公園に備え付けられてある電灯と屋根付きの休憩所の下で勘太郎と春ノ瀬桃花はただひたすらに羊野の帰りを待つ。


 公園の端に停めてある古い車を何となく見ながら勘太郎は、犯人を追った羊野に悪態をつく。


「羊野の奴、一体何処まで行ったんだ。待たされるこっちの身にもなれって言うんだ」


「勘太郎さん、私達がここに来てまだ五分しか経ってはいませんよ。最低でも後三十分くらいは待ってあげましょうよ」


「桃花さんは優しいな」


「いいえ、勘太郎さんが厳しすぎるんですよ。何だか羊野さんには厳しいですよね」


「いや、あいつも俺に対する態度は充分に厳しいから」


 そんなたわいの無い話をしながら勘太郎と春ノ瀬桃花は互いに笑う。


「それで、羊野さんと合流し次第、その後はどこに行くんですか?」


「そうだな、取りあえずは近くのビジネスホテルにでも泊まるか。まだ空きの部屋があればいいんだが」


 そこまで言葉を語った時、勘太郎は自分が見ている視界に何か違和感を感じ、前へと歩き出す。


「なんだ、あれは」


「一体どうしたんですか。勘太郎さん?」


「いや、今まで気付かなかったんだが、あの公園の端に停めてある車の屋根の上……なんか大きくへこんでないか。それにその屋根の上から人形の足の様な物が見えるんだが」


 そう言いながら勘太郎がその停めてある車の前まで近づいたその時、勘太郎の顔はみるみる恐怖と緊張へと変わる。


「どうしたんですか」


「来るな! こっちに来るんじゃない。人だ。男の人が車の屋根を突き破りながら血まみれで死んでいる。血の乾き具合と体の死斑の後からして、恐らくは死んでまだ一~二時間しか経ってはいないはずだ。そしてその死因は恐らくは何処か高い所からの落下でこの車の上に直接落ちた物と思われる。その証拠に頭の頭蓋骨陥没や体中の骨が骨折し折れているのが一目で分かるからな」


 車の車体の上に落ちた人の死体を観察しながら勘太郎は、その不可思議な死因が本当に空からの落下かどうかを丹念に調べる。

 その疑問を証明する為に車の回りを見渡して見たが、この車から三十メートル以内の回りには人が飛び降り出来そうな高い樹木や建屋は一つもなかった。


「この公園の中にある車から三十メートル以外の外には確かに民家やマンションが建ち並んではいるが、その距離から例え飛び降りても三十メートル離れたこの車の上に落ちる事は先ず不可能だな。それに死体をこの車の上に運んだ形跡は何処にも無い様だ。その証拠にこの車の屋根の陥没や衝撃は間違いなくこの人間の重さで出来た後だ。それは間違いないだろう。だとするなら、この死体の男は一体どうやって空からこの車の上に落下したんだ。分からん……その天空落下の謎がどうしても分からない」


 勘太郎がそうブツブツと独り言を言っていると、遠くで勘太郎を見ていた春ノ瀬桃花の声が恐怖で突然裏返る。


「か、勘太郎さん。早く、早くその場から離れて下さい。どうして……どうして……あの羊野さんが追ったはずの馬人間がどうしてここにいるの?」


 その春ノ瀬桃花の言葉に勘太郎が車の反対側を見ると、そこには馬の頭と両手をだらりと下げた強欲なる天馬が「う……うう……」と唸り声を上げながらその場に立っていた。


 一体いつからその場にいたのかは分からないが、その強欲なる天馬は勘太郎の姿を見ると行き成り「ヒヒ~ン! ヒッヒヒヒイイィィィーン!」と叫び声を上げながら、まるで獰猛な暴れ馬がごとく勘太郎に襲いかかる。

 強欲なる天馬の初打を何とか交わした勘太郎は、近くに落ちていた角材の棒を素早く拾い上げると強欲なる天馬の足を目がけて振り下ろす。


「これでも、くらえぇ~い!」


 だがその攻撃を素早くジャンプで交わした強欲なる天馬は、両手を地面に付きながら、まるで四足歩行の獣の様に素早い動きで勘太郎を翻弄する。


「強欲なる天馬、お前、羊野の追跡の裏を掻いて俺達を付けていたな。しかもあの約束の根も乾かない内に行き成り二回も俺達を襲って来るとは、一体どう言う了見だよ。まさかとは思うが俺達と昼に石階段中腹で交わした狂人ゲームのルールをもう忘れたのか!」


 角材で威嚇しながら目の前にいる強欲なる天馬に対話を呼び掛ける勘太郎だったが、その呼び掛けに強欲なる天馬はまるで野生の馬の様な荒々しい雄叫びでその答えを返す。


「ヒッヒヒヒイイィィィーン。ヒッヒヒヒイイィィィーン!」


「な、何なんだよ、お前。本当に言葉が通じないのか? その姿を春ノ瀬桃花に見られたとか言う理由で、俺達を……いや、春ノ瀬桃花を積極的に殺しに来たり。そうかと思えば今度はこんな深夜に春ノ瀬宅にわざわざ来て春ノ瀬桃花の入信と拉致誘拐を実行しようとしたり。そして今はまるで言葉の通じない獣と戦っている様な、そんな風にすら感じるぞ。お前は本当にあの今まで俺達の前に現れた強欲なる天馬本人なのか。本当に分からなくなって来たぜ!」


 いつもの様に長い木の棒を所持してはいないが、あの知性も言葉も全く感じ無いその姿はまるで本当の野生動物となんら変わらないかの様だ。そんな不気味さと恐怖が嫌でも勘太郎の危機感知能力を刺激する。この目の前にいる強欲なる天馬は極めて危険な存在だと直感で分かったからだ。

 勘太郎は自分の身と春ノ瀬桃花を守る為にその持っている角材の木の棒をガムシャラに振り回すが、その攻撃をまるで野生の動物のごとく全て交わした強欲なる天馬は、勘太郎に馬乗りになりながらその首を両手で締め上げる。


「ヒッヒヒヒイイィィィーン!」


「ぐ……首が……なんて力だ。このままでは……首を絞めつけられて死んでしまう。早くなんとかしないと……」


 強欲なる天馬の猛攻に散々抵抗してみたが、その圧倒的な力に勘太郎は全く太刀打ち出来ない。


 ま、不味い……このままでは意識が……。


 春ノ瀬桃花が遠くで震えながら何度も勘太郎の名前を呼んでいるようだったが、意識が段々薄れてきた勘太郎にはその言葉さえ聞こえなくなって来ている用だ。

 その強烈な締め付けと無情な酸欠に、もうここまでかと諦めかけたその時、遠くの方から猛スピードで近づいて来るバイクの音が勘太郎の耳の前でピタリと止まる。その瞬間、勘太郎の首を絞め上げていた強欲なる天馬はまるではじかれたかのように素早くその場から離れる。


「ゲホ、ゲホッ、ゲホッ! なんだ、一体何が起きたんだ。羊野の奴が駆けつけてくれたのか?」


 そう思い意識が回復した勘太郎はその音のした方を直ぐさま見ると、そこには黒い色をした自動二輪のバイクが激しいエンジン音を響かせながらその場に立っていた。

 そのバイクに乗る人物は黒いライダースーツにフルフェイスのヘルメットを被り、その首元にはまるで一昔前のテレビで見た特撮ヒーローの様な赤いマフラーが風になびいていた。


「危ない所だったな。なんかたまたまこの通りを通りかかったら正体不明の馬人間に人が襲われている姿を見かけたものでな、急いで駆けつけたんだよ。それで……一体あの馬人間は何者なんだ?」


 そう勘太郎に話掛けて来たのはたまたまこの道を通りかかったと言っている謎のフルフェイスの男だった。


 羊野の奴じゃない。誰だこの男は? そう一瞬考えた勘太郎だったが、寸前の所で命を救ってくれた命の恩人には違いないので勘太郎はそのフルフェイスライダーの男性に素直に感謝の言葉を述べる。


「あ、ありがとう御座います。お陰で命拾いをしました」


「どうやらかなりの大ピンチだった様だな。これは急ぎ駆けつけた甲斐があったと言う事かな」


 そう言うとそのフルフェイスライダーの男は微妙な距離を取る強欲なる天馬の方に視線を向けると、まるで相手を威嚇するかの様に強欲なる天馬の前に立ちはだかる。


「それで、あんたはこれからどうするんだ。まさかまだやるつもりじゃ無いだろうな。これだけ騒いだんだから、もう流石に周りの人が様子を見に来ても可笑しくはないんじゃないかな」


 その言葉が通じたかは分からないが、強欲なる天馬はそのライダーの姿を見ると「ヒッヒヒヒイイィィィーン!」と暴れ馬の様な鳴き声を上げながら素早い動きでその場を後にするのだった。

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