第1話 『大沢家の次男、死亡する』 全28話。その21。
3 十二月六日(木曜日)
「た、大変だ。別荘地の自宅で宗二郎さんが……宗二郎さんが、死んでいる。東京の刑事さん達にはもう既に知らせてあるから、探偵さんも早く宗二郎さんの家まで急いで来て下さい!」
時刻は朝の八時三十分。慌てふためきながら勘太郎の部屋に駆け込んで来たのは、昨夜の草五郎社長の
宮下の話によれば、朝の七時三十分頃に宗二郎から新たなメールを貰った宮下は、八時丁度に宗二郎の家を訪れる。
玄関先で何度もドアを叩き呼び鈴を慣らすが、いくら呼び掛けても宗二郎が出て来る気配が全くなかったので、仕方なく宮下は裏口へと回り再度宗二郎に呼び掛ける。
ドアへのノックや再度の呼びかけにも一向に応える様子のない宗二郎にしびれを切らした宮下は、意を決してドアノブにその手をかける。
続いて家の外にある車の車庫には宗二郎の愛車でもあるイエローカラーの日産のセレナが止まっていたので、何処にも外出していないと確信した宮下はそのままの勢いで家中を
だがそんな宮下の思いも空しくテーブルの上に置かれた飲みかけのグラスは何故か物悲しく部屋の雰囲気を
そんな不自然さが残る部屋の様子を
「それで、結局家からいなくなっていた宗二郎さんは一体何処で見つかったのですか?」
「家の中では無く、何故か家の外の林が広がる庭の中から死体となって発見されました。残念ながら宗二郎さんもまた大蛇に首を強く絞め上げられての窒息死の様です」
「なんだって、宗二郎さんもまた大蛇に首を強く締め上げられて殺されたと言うのかよ。くそう~まさかあの殺人大蛇が二日に渡り連続して村の家々に現れるとは流石に思ってもいなかったぜ。それで……宗二郎さんから送られて来たと言うメールには一体何と書かれていたのですか」
「大蛇に関する論文がたった今完成したから、朝の八時頃に私の家を訪ねて来てくれ。
まさか大蛇の事で
「まさかここに来てこんな形で事を急ぐ事になろうとは正直思わなかったぜ。と言う事は羊野が言う用にこれからも殺人大蛇の殺しは続くと言う事なのかな」
「そうは考えたく無いですけどね」
「五分だ……五分で身支度を済ませるから、宮下さんは俺を宗二郎さんの家まで案内してくれ!」
そう言うと勘太郎は着ていた
*
五分後、何とか身支度を整えた勘太郎は宮下に案内されるがままに、大沢家の次男・大沢宗二郎が死んでいたとされる彼の別宅へと足を踏み入れる。
勘太郎達が泊まる民宿から~宗二郎が住む別宅までの距離は徒歩にして僅か五分の距離なのだが、道を知らないせいか何故か時間が長く感じる。そんな
因みに余談ではあるが、あの白い羊こと羊野瞑子は今はいない。彼女は単身一人で朝早くから隣町へと出かけているからだ。
車の免許を持っていない羊野は仕切りにバスの時刻表を気にしていたみたいだったが、結局は六時十五分の始発で隣町まで出かけたようだ。
そんな羊野に勘太郎は「羊野の奴、あの羊のマスクを被って一人で町中をほっつき歩くつもりか。本当に大丈夫なんだろうな」と言いながらかなり心配している様子だったが、今更そんな心配をしても仕方がないので今だけは羊野の事を信じる事にしたようだった。
そんな事を考えながら村の中を走っていると、勘太郎は宗二郎宅の前へと辿り着く。その
「凄いですね。ここが宗二郎さんのご自宅なのですね。宮下さんはこの家の庭先で宗二郎さんの遺体を発見したんですね」
「ええ、そうです。最初は酔った弾みに悪ふざけて寝ているだけかとも思ったんですけど。顔色は死人の用だったし、体を
「あなた方……そうか、じゃもう既にあの特殊班の刑事達がここに来ていると言う事ですね。これはまた川口警部か山田刑事辺りに嫌みを言われるぞ」
そんな勘太郎の
もう既に数時間は経っているのか、生気の無いその顔はまるで
その大沢宗二郎は何故か
だが……そんな事は勘太郎が敢えて言わ無くとも特殊班の人達ならもう既に知っていると思うので、ここは敢えて言わないでおく。何せ下手に知ったかぶりをするとまた何を言われるか分からないからだ。
そんな
「よう黒鉄の探偵、
「いえいえ、そういう訳には行きませんよ。何せ依頼人の義理の息子さんでもある杉一郎さんに続き、今度は昨日まで元気だったあの宗二郎さんが亡くなってしまったんですから、これは何としてもその
「まあ、そう言う事だな。何せまた大沢宗二郎の首筋には前の被害者達と同じ様に紐状の何かで首全体を強く絞めつけた死斑の後がくっちりと残されているからな。圧迫による窒息死で先ず間違いは無いだろう」
「死亡推定時刻は」
「ざっと見て深夜の一時から~三時の間くらいだと思う。それと衣服にまた蛇の抜け殻らしき破片が
そこまで言った山田刑事に、川口警部の
「おい山田、なに
「す、すいません川口警部。ついこいつのペースに乗せられてしまって。直ぐに仕事に戻りますから」
「ん?黒鉄の探偵、今日はあの白い羊は一緒ではないのか」
「羊野の奴は今、別行動で隣町に出かけています。何でも今日の夕方頃までに大蛇神の謎を突き止めるとか言っていましたが」
「なに~大蛇神の謎だとう。あの白い羊……まさか何か証拠になるような物でも見つけたんじゃないだろうな。あいつは証拠を掴む為だったらどんな汚い手段でも平気で使う危険な女だぞ。なぜそんな危険人物を一人で行かせたりしたんだ黒鉄の探偵。あいつがもしなんの罪も無い一般人に危害を加えたら、また
「絶対にそうはなりませんよ。何故ならあいつは凶悪凶暴ではあるけれど、決して馬鹿ではありませんから。理にならない無駄な殺しなんて間違ってもしません」
「それとなぜ白い羊が出かけた事を俺に言わなかった。契約では、白い羊の行動には必ず黒鉄の探偵が
「いや、この事はもう既に赤城先輩が知っていますから特に連絡する事は無いと思ったんです。あれ、まさか赤城先輩から話を聞いていないのですか」
その勘太郎の言葉に『余計な事は言うな』と必死にジェスチャーを送る赤城刑事だったが、そんな彼女の顔は瞬時に青ざめる。
「赤城ぉぉ、お前、知っていたのか!」
「す、すいません。つい言うのを忘れていました」
「赤城ぉぉぉ、きさまあぁぁーっ!」と怒鳴って見せた川口警部だったが、直ぐに怒鳴るのを止め勘太郎の方を見る。
「まあいい、赤城のことは後回しだ。それで黒鉄の探偵、他に聞きたいことはあるか。一応上からの命令でお前の質問には何でも応える用にとキツく言われているからな。答えられる事は全て応えてやるさ」
「それじゃ聞きます。さっき山田刑事が言おうとした、宗二郎さんの遺体が過去に死んだ三人の被害者達と大きく違う点とは一体何なんですか」
「アルコールだよ。伊藤松助・大沢早苗・大沢杉一郎の体からはアルコール成分は検出されなかったが、この大沢宗二郎の体内からは大量のアルコール成分が検出させれいる事がわかった」
「分かったって、宗二郎さんがお酒を飲んでいたのはリビングにあるウイスキーグラスを見れば大体は分かりますが。アルコール成分の検出ってそんなに早く出来る物なのですか」
「ああ、できるよ。ここにいる赤城刑事は鑑識の免許も持っているからな。機材さえあれば直ぐにでも出来る」
「ああ、そう言えば赤城先輩は鑑識の資格も持っていたんでしたね。普段が普段だけにすっかり忘れていましたよ」
「勘太郎、あんたねぇ。私のこと普段はどういう先輩だと思っているのよ」
「いや~腐れ縁の非常に面倒くさい先輩だと思っていますよ」と言いながら勘太郎は、顔を引きつらせながら文句を言う赤城刑事に万遍の笑顔を向ける。
「大量のアルコールですか。ウイスキーを飲んだ
「ああ、そうだな。だがな黒鉄の探偵、昨夜のあの夜に蛇野川美弥子が言っていた占いの予言の事を忘れたのか。確かあの蛇野川美弥子はこう言っていた。『追求する牛水時に』『森に囲まれたねぐらで』『小賢しい人が』『酒気により災いあり』この言葉の言っている意味はこの大沢宗二郎にピタリと当てはまるとは思わないか」
「つまり川口警部の考えでは、大沢宗二郎は大蛇神の正体に
「大蛇神の秘密に気付いた大沢宗二郎を、犯人が大蛇神の占いを上手く利用して呪いに見せかけて殺害したと俺は考えている。そう思わせるかの用に彼の死亡時刻はきっちりと牛水時だからな。しかも大沢宗二郎が飲んでいたウイスキーのグラスには睡眠薬を入れられた形跡も残っている。恐らく犯人は薬で大沢宗二郎を眠らせてから庭先まで運び。その後は謎の大蛇トリックで殺害した物と考えている」
「
「ああ、そうだな」
「それに……大蛇トリックですか。あ、そう言えば昨夜、宗二郎さんから宮下さんに送られてきたメールには『今まで謎だった大蛇の正体やそのトリックに
「それはまだ分からんが、その可能性は十分にあると言う事だ。一体大沢宗二郎は何を知ってしまったのか。その証拠につながる様な物があるかどうかをこれから
「それで、もう一つの違う点とは一体どんな物ですか」
「ああ、もう一つは、大沢宗二郎の右手のひらからクシャクシャに丸められたメモ用紙が見つかったのだよ。そしてそのメモ用紙にはこう書かれていた。『私の考えが浅はかであり、そして間違いだった。神の大蛇、大蛇神様は確実に存在する』とな」
「大蛇神は存在するだって……。蛇神の存在を決して信じず。生物学的にしかその大蛇の存在を信じ用としなかった、あの大沢宗二郎さんがそう言ったのですか?とても信じられませんが」
「もしかしたら大沢宗二郎は、本当に大蛇は存在していると言う確たる証拠を掴んだのかも知れない。逆に
「で、でもこの事は草薙村の人達には大きなショックになりますよ。何せ唯一大蛇神の存在を生物学的に証明使用としていたあの大沢宗二郎さんが、最後は大蛇神の存在を認めるかの用なメモを残して死んだのですから。つまりもうこの村には大蛇神の存在を否定し疑う人物は誰一人としていないと言う事です。もしこれが大蛇神に対する恐怖心を利用した蛇使いの洗脳術だったのだとしたら、それはとても恐ろしい事です。村の人達を信仰と恐怖で操るだなんて常人にはとても出来ない芸当と発想です。まさにこんな事が平気で出来る人物は、狂人と呼ばれる人種だけだと言う事がよ~く分かりました」
「ああ、そうだな。この精神的に歪んだ異常なやり方は、あの白い羊と同じ臭いを感じる。これはもしかしたら冗談抜きで、あの円卓の星座の狂人が絡んでいるのかも知れないな」
そう言うと川口警部はまた新たな証拠を見つける為、山田刑事を引き連れてそそくさと宗二郎宅の家の中へと入って行く。そんな中その場に残された赤城刑事と勘太郎は、ただ黙々と証拠となる写真を撮りながら変わり果てた大沢宗二郎の体を再度調べ始めるのだった。
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