第1話 『大沢家の次男、死亡する』    全28話。その21。


            3  十二月六日(木曜日)


「た、大変だ。別荘地の自宅で宗二郎さんが……宗二郎さんが、死んでいる。東京の刑事さん達にはもう既に知らせてあるから、探偵さんも早く宗二郎さんの家まで急いで来て下さい!」


 時刻は朝の八時三十分。慌てふためきながら勘太郎の部屋に駆け込んで来たのは、昨夜の草五郎社長の伝言でんごんを告げる為とメールをくれた宗二郎の事で民宿を訪れた宮下達也だった。


 宮下の話によれば、朝の七時三十分頃に宗二郎から新たなメールを貰った宮下は、八時丁度に宗二郎の家を訪れる。

 玄関先で何度もドアを叩き呼び鈴を慣らすが、いくら呼び掛けても宗二郎が出て来る気配が全くなかったので、仕方なく宮下は裏口へと回り再度宗二郎に呼び掛ける。

 ドアへのノックや再度の呼びかけにも一向に応える様子のない宗二郎にしびれを切らした宮下は、意を決してドアノブにその手をかける。

 いきおいよくドアノブを回すと鍵が閉まっていないことに気づいた宮下は単身家の中へと乗り込むが、そこで見たのはテーブルに置かれたウイスキーのボトルや飲みかけの液体の入ったグラスと言った人の存在を思わせる痕跡こんせきの後だった。


 続いて家の外にある車の車庫には宗二郎の愛車でもあるイエローカラーの日産のセレナが止まっていたので、何処にも外出していないと確信した宮下はそのままの勢いで家中を隈無くまなく探し回る。

 だがそんな宮下の思いも空しくテーブルの上に置かれた飲みかけのグラスは何故か物悲しく部屋の雰囲気をいろどり。ピーナッツと柿のタネが入ったおつまみの小皿は、まるでついさっきまでそこに宗二郎がいたかの様な生活感をかもし出す。

 そんな不自然さが残る部屋の様子をじかに見て来た宮下は懸命けんめいかたるが、勘太郎は冷静な態度を守りながら静かに問い掛ける。


「それで、結局家からいなくなっていた宗二郎さんは一体何処で見つかったのですか?」


「家の中では無く、何故か家の外の林が広がる庭の中から死体となって発見されました。残念ながら宗二郎さんもまた大蛇に首を強く絞め上げられての窒息死の様です」


「なんだって、宗二郎さんもまた大蛇に首を強く締め上げられて殺されたと言うのかよ。くそう~まさかあの殺人大蛇が二日に渡り連続して村の家々に現れるとは流石に思ってもいなかったぜ。それで……宗二郎さんから送られて来たと言うメールには一体何と書かれていたのですか」


「大蛇に関する論文がたった今完成したから、朝の八時頃に私の家を訪ねて来てくれ。斬新ざんしん宗教論しゅうきょうろんかかげる君の意見が是非ぜひとも聞きたい……と言う宗二郎さんからのメールがありました」


 まさか大蛇の事でつねに対立している宮下に意見を求めるとは一体どういう風の吹き回しだと本気で思ったが、今は事件現場に行くのが先決だと勢いよく布団の中から立ち上がる。


「まさかここに来てこんな形で事を急ぐ事になろうとは正直思わなかったぜ。と言う事は羊野が言う用にこれからも殺人大蛇の殺しは続くと言う事なのかな」


「そうは考えたく無いですけどね」


「五分だ……五分で身支度を済ませるから、宮下さんは俺を宗二郎さんの家まで案内してくれ!」


 そう言うと勘太郎は着ていた浴衣ゆかた豪快ごうかいに脱ぎ捨て、仕事着でもある黒いダークスーツ姿へと素早く着替え直す。そして上着のわきふところには、強力な強化ゴム弾をマガジンに内蔵したデザートイーグルを模した危険な玩具、通称つうしょう黒鉄の拳銃が革製のホルスターケースの中にそっとおさめられていた。


            *


 五分後、何とか身支度を整えた勘太郎は宮下に案内されるがままに、大沢家の次男・大沢宗二郎が死んでいたとされる彼の別宅へと足を踏み入れる。


 勘太郎達が泊まる民宿から~宗二郎が住む別宅までの距離は徒歩にして僅か五分の距離なのだが、道を知らないせいか何故か時間が長く感じる。そんな流行はやる思いを抱きながら勘太郎は、急ぎ足で歩く宮下の後へと続く。

 因みに余談ではあるが、あの白い羊こと羊野瞑子は今はいない。彼女は単身一人で朝早くから隣町へと出かけているからだ。


 車の免許を持っていない羊野は仕切りにバスの時刻表を気にしていたみたいだったが、結局は六時十五分の始発で隣町まで出かけたようだ。

 そんな羊野に勘太郎は「羊野の奴、あの羊のマスクを被って一人で町中をほっつき歩くつもりか。本当に大丈夫なんだろうな」と言いながらかなり心配している様子だったが、今更そんな心配をしても仕方がないので今だけは羊野の事を信じる事にしたようだった。

 そんな事を考えながら村の中を走っていると、勘太郎は宗二郎宅の前へと辿り着く。その門構もんがまえはまるで西洋建築せいようけんちくのペンション風になっており。初めて見た勘太郎はその雰囲気に圧巻させる。


「凄いですね。ここが宗二郎さんのご自宅なのですね。宮下さんはこの家の庭先で宗二郎さんの遺体を発見したんですね」


「ええ、そうです。最初は酔った弾みに悪ふざけて寝ているだけかとも思ったんですけど。顔色は死人の用だったし、体をすって見たら既に冷たくなっていたので急いであなた方に知らせたんですよ」


「あなた方……そうか、じゃもう既にあの特殊班の刑事達がここに来ていると言う事ですね。これはまた川口警部か山田刑事辺りに嫌みを言われるぞ」


 そんな勘太郎の溜息ためいきこたえるかの用に、現場には既に宮下達也からの連絡を受けた川口警部・山田刑事・赤城刑事の三人の特殊班の刑事達が、地面に仰向あおむけによこたわる大沢宗二郎の死因しいん丹念たんねんに調べている真っ最中だった。


 もう既に数時間は経っているのか、生気の無いその顔はまるで蝋人形ろうにんぎょうの様に白く。首全体に広がる赤黒く変色した死斑しはんの跡は、その圧迫あっぱくの凄まじさを物語っていた。

 その大沢宗二郎は何故かくついておらず、中の靴下くつしたも何故か汚れてはいなかったので、酒に酔った勢いで一人で歩いて庭先に出たと言う可能性はこれで無いと言う事が証明される。と言う事は必然的ひつぜんてきに誰かにかつがれてこの庭先まで運ばれて来たと考えた方が恐らくは自然なのだろう。

 だが……そんな事は勘太郎が敢えて言わ無くとも特殊班の人達ならもう既に知っていると思うので、ここは敢えて言わないでおく。何せ下手に知ったかぶりをするとまた何を言われるか分からないからだ。


 そんな鬼気迫ききせま緊迫きんぱくした現場に勘太郎と宮下が近づくと、宗二郎の死因しいんを調べていた山田刑事が勘太郎に向けて軽く皮肉ひにくをぶつける。


「よう黒鉄の探偵、随分ずいぶんと来るのが遅かったじゃないか。昨日はゲロも吐いてたし、具合が悪かったら今日も昼まで寝てても良かったんだぞ」


「いえいえ、そういう訳には行きませんよ。何せ依頼人の義理の息子さんでもある杉一郎さんに続き、今度は昨日まで元気だったあの宗二郎さんが亡くなってしまったんですから、これは何としてもその真相しんそうを調べないといけませんよね。それにしても昨晩さくばん大沢邸襲撃おおさわていしゅうげきに続き、今度は宗二郎さんの家の方にまで現れるとは流石に思いもしませんでしたよ。それで……宮下さんの言っている用に、宗二郎さんの死因はやはり……伊藤松助・大沢早苗・大沢杉一郎と同じ用に、首全体を何かで強く圧迫されての窒息死で、先ず間違いありませんね?」


「まあ、そう言う事だな。何せまた大沢宗二郎の首筋には前の被害者達と同じ様に紐状の何かで首全体を強く絞めつけた死斑の後がくっちりと残されているからな。圧迫による窒息死で先ず間違いは無いだろう」


「死亡推定時刻は」


「ざっと見て深夜の一時から~三時の間くらいだと思う。それと衣服にまた蛇の抜け殻らしき破片がいくつか付着ふちゃくしているのを発見したから、大沢宗二郎を殺した犯人はまたれいの大蛇で先ず間違いないと俺達は考えている。だがそんな大沢宗二郎の死体には、今までに亡くなった伊藤松助・大沢早苗・大沢杉一郎の死体とは明らかに違う点が二つだけある。それは……」


 そこまで言った山田刑事に、川口警部のしぶい声が飛ぶ。


「おい山田、なに何気なにげに黒鉄の探偵に情報提供じょうほうていきょうをしてるんだよ。お前はちゃんと刑事としての仕事をしろ。こいつには俺が対応する」


「す、すいません川口警部。ついこいつのペースに乗せられてしまって。直ぐに仕事に戻りますから」


 いそぎ勘太郎からはなれる山田刑事と入れわる用に、今度は川口警部が相変わらずの渋い顔をしながら力強く勘太郎の前に立ちはだかる。


「ん?黒鉄の探偵、今日はあの白い羊は一緒ではないのか」


「羊野の奴は今、別行動で隣町に出かけています。何でも今日の夕方頃までに大蛇神の謎を突き止めるとか言っていましたが」


「なに~大蛇神の謎だとう。あの白い羊……まさか何か証拠になるような物でも見つけたんじゃないだろうな。あいつは証拠を掴む為だったらどんな汚い手段でも平気で使う危険な女だぞ。なぜそんな危険人物を一人で行かせたりしたんだ黒鉄の探偵。あいつがもしなんの罪も無い一般人に危害を加えたら、また刑務所けいむしょの中に逆戻りだぞ」


「絶対にそうはなりませんよ。何故ならあいつは凶悪凶暴ではあるけれど、決して馬鹿ではありませんから。理にならない無駄な殺しなんて間違ってもしません」


「それとなぜ白い羊が出かけた事を俺に言わなかった。契約では、白い羊の行動には必ず黒鉄の探偵が付添人つきそいにんとして必ず同行するはずだが」


「いや、この事はもう既に赤城先輩が知っていますから特に連絡する事は無いと思ったんです。あれ、まさか赤城先輩から話を聞いていないのですか」


 その勘太郎の言葉に『余計な事は言うな』と必死にジェスチャーを送る赤城刑事だったが、そんな彼女の顔は瞬時に青ざめる。


「赤城ぉぉ、お前、知っていたのか!」


「す、すいません。つい言うのを忘れていました」


「赤城ぉぉぉ、きさまあぁぁーっ!」と怒鳴って見せた川口警部だったが、直ぐに怒鳴るのを止め勘太郎の方を見る。


「まあいい、赤城のことは後回しだ。それで黒鉄の探偵、他に聞きたいことはあるか。一応上からの命令でお前の質問には何でも応える用にとキツく言われているからな。答えられる事は全て応えてやるさ」


「それじゃ聞きます。さっき山田刑事が言おうとした、宗二郎さんの遺体が過去に死んだ三人の被害者達と大きく違う点とは一体何なんですか」


「アルコールだよ。伊藤松助・大沢早苗・大沢杉一郎の体からはアルコール成分は検出されなかったが、この大沢宗二郎の体内からは大量のアルコール成分が検出させれいる事がわかった」


「分かったって、宗二郎さんがお酒を飲んでいたのはリビングにあるウイスキーグラスを見れば大体は分かりますが。アルコール成分の検出ってそんなに早く出来る物なのですか」


「ああ、できるよ。ここにいる赤城刑事は鑑識の免許も持っているからな。機材さえあれば直ぐにでも出来る」


「ああ、そう言えば赤城先輩は鑑識の資格も持っていたんでしたね。普段が普段だけにすっかり忘れていましたよ」


「勘太郎、あんたねぇ。私のこと普段はどういう先輩だと思っているのよ」


「いや~腐れ縁の非常に面倒くさい先輩だと思っていますよ」と言いながら勘太郎は、顔を引きつらせながら文句を言う赤城刑事に万遍の笑顔を向ける。


「大量のアルコールですか。ウイスキーを飲んだ形跡けいせきがあるんですから、体内にアルコールが残っていてもそんなに可笑しな事じゃ無いでしょ」


「ああ、そうだな。だがな黒鉄の探偵、昨夜のあの夜に蛇野川美弥子が言っていた占いの予言の事を忘れたのか。確かあの蛇野川美弥子はこう言っていた。『追求する牛水時に』『森に囲まれたねぐらで』『小賢しい人が』『酒気により災いあり』この言葉の言っている意味はこの大沢宗二郎にピタリと当てはまるとは思わないか」


「つまり川口警部の考えでは、大沢宗二郎は大蛇神の正体につながる何か重要な証拠を知ってしまったから。森に囲まれたねぐら、つまりは自分の家で。小賢しい人、つまりは宗二郎さんが。お酒を飲んでいる所を誰かに襲われて、その後大蛇に絞め殺されたとでも言いたいのですか」


「大蛇神の秘密に気付いた大沢宗二郎を、犯人が大蛇神の占いを上手く利用して呪いに見せかけて殺害したと俺は考えている。そう思わせるかの用に彼の死亡時刻はきっちりと牛水時だからな。しかも大沢宗二郎が飲んでいたウイスキーのグラスには睡眠薬を入れられた形跡も残っている。恐らく犯人は薬で大沢宗二郎を眠らせてから庭先まで運び。その後は謎の大蛇トリックで殺害した物と考えている」


ていたのですか。だから大沢宗二郎のいていた靴下くつしたは外にいたにも関わらずよごれてはいなかったのですね。庭先に歩いて出たのなら靴下の裏には土が付いているはずですからね。両手の爪も割れたり剥がれたり鬱血うっけつした跡は無いみたいです。普通首を圧迫されたら苦しさの余り手に防御痕ぼうぎょこんが付くはずなのですがその形跡も見られない。爪に付いていたのは大蛇の抜け殻の破片だけですしね」


「ああ、そうだな」


「それに……大蛇トリックですか。あ、そう言えば昨夜、宗二郎さんから宮下さんに送られてきたメールには『今まで謎だった大蛇の正体やそのトリックにせまる重要な話があるので、明日の朝九時に探偵さんや東京から来た刑事さん達を連れて自分の別荘まで時間通りに来てくれ。それまでの間私はこの驚きの事実を論文にまとめたいと思うので、明日の朝まで人との連絡や訪問の一切を堅く禁ずる』という内容のメールが書かれていました。なのでその重要な証拠とやらを知ってしまったが為に、大沢宗二郎は蛇使いに殺されてしまったのでしょうか?」


「それはまだ分からんが、その可能性は十分にあると言う事だ。一体大沢宗二郎は何を知ってしまったのか。その証拠につながる様な物があるかどうかをこれから徹底的てっていてきに調べるつもりだ」


「それで、もう一つの違う点とは一体どんな物ですか」


「ああ、もう一つは、大沢宗二郎の右手のひらからクシャクシャに丸められたメモ用紙が見つかったのだよ。そしてそのメモ用紙にはこう書かれていた。『私の考えが浅はかであり、そして間違いだった。神の大蛇、大蛇神様は確実に存在する』とな」


「大蛇神は存在するだって……。蛇神の存在を決して信じず。生物学的にしかその大蛇の存在を信じ用としなかった、あの大沢宗二郎さんがそう言ったのですか?とても信じられませんが」


「もしかしたら大沢宗二郎は、本当に大蛇は存在していると言う確たる証拠を掴んだのかも知れない。逆にあるいは、犯人が捜査を攪乱かくらんする為に宗二郎の遺体を利用してワザと右手のひらに偽物の紙切れを持たせたかだ。その二つのどちらかに間違いは無いだろう!」


「で、でもこの事は草薙村の人達には大きなショックになりますよ。何せ唯一大蛇神の存在を生物学的に証明使用としていたあの大沢宗二郎さんが、最後は大蛇神の存在を認めるかの用なメモを残して死んだのですから。つまりもうこの村には大蛇神の存在を否定し疑う人物は誰一人としていないと言う事です。もしこれが大蛇神に対する恐怖心を利用した蛇使いの洗脳術だったのだとしたら、それはとても恐ろしい事です。村の人達を信仰と恐怖で操るだなんて常人にはとても出来ない芸当と発想です。まさにこんな事が平気で出来る人物は、狂人と呼ばれる人種だけだと言う事がよ~く分かりました」


「ああ、そうだな。この精神的に歪んだ異常なやり方は、あの白い羊と同じ臭いを感じる。これはもしかしたら冗談抜きで、あの円卓の星座の狂人が絡んでいるのかも知れないな」


 そう言うと川口警部はまた新たな証拠を見つける為、山田刑事を引き連れてそそくさと宗二郎宅の家の中へと入って行く。そんな中その場に残された赤城刑事と勘太郎は、ただ黙々と証拠となる写真を撮りながら変わり果てた大沢宗二郎の体を再度調べ始めるのだった。

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