第1話 『円卓の星座の狂人達の関与』   全28話。その15。


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 数分後。死体は綺麗にかたづけられ、今は何も無いその現場周辺を勘太郎と羊野は入念に調べ始める。だがそんな二人の元に麓の駐車場で捜査をしていた川口警部と山田刑事がまた姿を現す。どうやら二人の刑事はまだ現場を立ち去らない勘太郎と羊野を邪魔だと思っている用だ。


「ふん、証拠にも無くまだ現場でウロチョロしていたのか。白い羊と黒鉄の探偵。本来この事件は探偵の仕事ではなく警察の仕事なんだからな。今回お前らは特別の中の特例でこの件に関わらせてやっていることを忘れるなよ!」


「全くですよ。いくら草薙村村長の直属の依頼があったとはいえ、民間の一探偵が殺人事件にここまで絡む事が出来ること事態異例何だから有難く思えと言う事だ。そうですよね、川口警部」


「ま、まあ……そう言うことだな」


「でも毎度の事ながら不思議ですよね。なんでこの白黒探偵は警察と同じ用に事件現場に足を踏み入れる事が出来るんですか。それにみんな文句は言うけど本気で二人を追い出そうとはしないみたいだし、どう考えても可笑しいじゃないですか。何でも署内の噂じゃあの白黒探偵は奇妙で不可思議な殺人事件には必ず顔を出していると言う話ですし、黒鉄探偵事務所には奇妙な点が多すぎます。しかも本庁から我々に下される命令は決まって『黒鉄探偵事務所の捜査には全面協力しろ』と言う物ですし、ハッキリ言ってあの探偵事務所は可笑し過ぎますよ。つまり警視庁長官を始めとした上の連中達は皆、何故かあの黒鉄探偵事務所の捜査の介入を許していると言うことですよね。普通こんな命令は絶対に有り得ない事です。川口警部、いつも不思議に思っていたのですが黒鉄探偵事務所の人達は何でこんな勝手な捜査が許可されているのですか。何で誰も彼らを深く罰しようとはしないのですか。本当に不思議でなりませんよ?」


「そ……それはだな……」


 いつもの用に現場を好き勝手に捜索をする勘太郎と羊野を見ながら、山田刑事は己の胸の内を明かす。

 そんな山田刑事の疑問に川口警部が口ごもっていると、その場の雰囲気を壊すかのように羊野が態とらしく二人に声を掛ける。


「ホホホホッ、何やらお取り込み中の所申し訳ありませんが、もうしばらくこの現場を調べさせて貰いますわ。成るべく現場を荒らさない用に努力いたしますのでどうか安心して下さい。……多分……」


「あぁぁ~、白い羊。お前今小声で……多分……と言っただろう。現場を踏み荒らす気満々だな!」


「お前ぇぇー、現場を荒らす為の伏線、伏線のつもりか。おいおい、勘弁してくれよ!」


 羊野の最後の『たぶん』という捨て台詞を聞き逃さなかった川口警部と山田刑事は、好かさず抗議の声を上げる。

 そんな彼らとのやり取りを黙って見ていた勘太郎は、山田刑事の疑問に答える為神妙な面持ちで口を開く。


「警察の上層部と(俺の親父)黒鉄志郎とどんな繋がりがあったのかは今となっては流石に俺達にも分かりません。ただ人からの噂話を聞くと、前の所長の黒鉄志郎と大物の政治家や警察の上の人達とは、大なり小なり何かしらの繋がりがあったと聞いています。多分俺の推測だと、恐らくは『円卓えんたく星座せいざ』に関する取り決めの話じゃ無いかと思うのですが」


勘太郎の口から出た円卓の星座と言う謎の言葉に、山田刑事は何かを考えながら首を傾げる。


「え、円卓の星座……どこかで聞いた事がある用な言葉だな。確か何処かの犯罪組織の名前だったかな?」


 その言葉を聞いた川口警部は青い顔をしながら山田刑事の思考を遮る。


「もういい、この話はここで終わりだ。下手な詮索せんさくはするな!」


 仕切りに考え込む山田刑事を見て、川口警部が慌てて話を打ち切ろうとする。


「な、何ですか、突然。川口警部は何か知っているんですか?」


「山田、お前は特殊班に配属されてからまだ日が浅い、だから今はまだこの件には成るべく関わらない方がいい。過去にあの黒鉄志郎が関わっていた事件だと言うのなら尚更だ」


「それは一体どう言う事ですか?川口警部。そんな説明じゃ全く分かりませんよ!」


「お前はまだ何もわからんでいい。さあ、俺達もそろそろ仕事へ戻るぞ。あの仕掛けから新たな証拠も見つかった事だしな」


 川口警部は、まだ納得がいかない山田刑事を引き連れて仕事に戻ろうとするが、何かを思い出したのか熱い視線を勘太郎に向ける。


「上の連中は、二代目・黒鉄の探偵と、元・円卓の星座の狂人・白い羊のコンビを使って、あの危険極まりない不可能犯罪を掲げる謎の組織、円卓の星座に挑ませるつもりらしいが、詰まる所はお前達はただの捨て駒だ。それにお前達が捜査権限を使っていろんな場所に自由に捜索が出来るのも、あの『壊れた天秤』が陰ながら、白い羊と黒鉄の探偵との狂人ゲームを望んでいるからだと前に上の上層部から聞いたことがある。だからこそ上の連中もお前らの捜査権限を特例で認めていると俺は考えている。それが一体何を意味しているか、当の関係者でもあるお前達には分かるはずだ。黒鉄の探偵、悪いことは言わん。よく分からない殺人事件には無闇に首を突っ込むな。あの狂気の狂人・壊れた天秤がお前達を使って実験と評してもて遊んでいることが分からんのか。奴らに関わり続けたら命が幾つあっても足りはしないぞ!それとさっきも言ったが……その仲間でもあったそこにいる白い羊には十分に気を付ける事だ。そいつも殺人事件を心から楽しむことが出来る、恐ろしい悪知恵を持った生粋の異常者だからな!」


 それだけ言うと川口警部は、山田刑事と共に疑惑漂う蛇神神社を後にする。どうやら二人は隠しカメラを仕掛けていたとされる、この山の麓にある駐車場へと戻るつもりの用だ。

 そんな川口警部の鬼気迫る凄い迫力に勘太郎と羊野は暫し押し黙っていたが、その数秒後、先に口を開いたのは羊野の方だった。


「私、随分と嫌われている見たいですね。それにやめろと言われても私は好きでやってますし、やめるつもりは毛頭ありませんわ。黒鉄さんはどうですか?」


「ああ、勿論俺も好きでやっているさ。謎の秘密組織、円卓の星座の壊滅と、その創設者でもある狂人・壊れた天秤の逮捕は俺の親父が果たせなかった悲願でもある事だしな」


 勘太郎はそう意気込みながら、まるで自分に言い聞かせるかの用に応える。その強気な言葉を口にする事で自分の意志をそして決意を確かな物としたいのだろう。

 とは言った物の、黒鉄探偵事務所に舞い込んで来る全ての依頼にあの円卓の星座が絡んでいるとは流石に考えにくいので、今回の大蛇事件も恐らくは組織とは何の関係も無い案件だろうと勝手に納得する。


「ふふふ、黒鉄さんは臆病で弱い癖に無駄に偽善めいた正義感だけはありますからね。そんな高い志があるのなら、もう素直に警察官にでもなった方がいいのではありませんか」


「俺…頭悪いし、縦割り組織で仕事をするのは苦手何だよ」


「なるほど、納得がいきましたわ。まあ、確かに黒鉄さんは……そうなのでしょうね」


 自分は警察官には向いてないという内向的・閉鎖的な考えを謙遜けんそんしながら言ってみた勘太郎だったが、逆に羊野に簡単に納得され少し悲しい気分になる。

『黒鉄さんは警察官でも充分にやっていけますよ』的な事を羊野に言って貰いたかったのだが、そう思惑通りに優しい言葉を掛けてはくれないらしい。

 そんなどうでもいい事で落ち込んでいると、どこからとも無く知的そうな男性の声が聞こえて来る。勘太郎は何となくその声に聞き覚えがあった。


 昨日の昼に大沢家の大広間で会った、どこぞの大学で生物学を学んでいた生物学者。大沢家の次男・大沢宗二郎その人である。


「君達は確か……親父が雇ったという、昨日大沢家であった白黒の探偵だな。君達も兄さんの死体を調べにここへ来たのか」


 宗二郎は不適な顔を向けながら歩み寄って来る。その姿が近づくにつれ、宗二郎の着ている白い白衣が泥だらけである事に勘太郎は気付く。恐らくは大蛇の痕跡を見付ける為にこの周り一帯を血眼ちまなこになって探していたのだろうと推察される。

 勘太郎は泥だらけで近づく宗二郎を見つめながら、とりあえずは社交辞令と言う名の挨拶をする。


「貴方は確か、大沢宗二郎さんですよね。確か生物学者の。な、なんて言っていいのか分かりませんが、お兄さんの大沢杉一郎さんがこのような事になってしまって、とても残念です」


「ああ、伊藤さんや母に続いてまさか兄までもがこんな形で死んでしまうとは……ハッキリ言ってショックだし酷く驚いているよ。だからこそ私はここへ来たんだ。一体兄は何故この場所に一人で来て、そして何に巻き込まれたのか。それを調べる為にね」


 そう言うと宗二郎は一瞬悲しそうな表情を見せたが、またいつものすかしたインテリフェイスに戻すと自分の主張を淡々と語り出す。


「確かに肉親だから心の整理も付かないし悲しい気持ちもあるが、だからこそここは冷静になってこの事態を調べないといけないと思うんだ。少なくとも私は一人の生物学者としてそう考えている。それにこの件に関しては警察からの捜査協力も得ている事だしな」


「なるほど。つまり周りの現場状況だけでなく、大沢杉一郎さんの遺体の方も既に調べてあると言う事ですね」


「ああ、兄の遺体が発見されたと言う一報を貰ってから直ぐにここへ来て、兄の遺体やその藪の周辺も全て調べていたのだよ。何せあの謎の大蛇を見たと言う情報も同時に聞かされていたからね。大蛇が残した痕跡こんせきの一つでもあればいいと思って」


「それで、何か分かったことはありましたか」


「ん~っそうだな。どうやらこの大蛇は、現場にいた兄・杉一郎の首元に巻き付いてから、その長い巨体を使ってジワジワと絞め上げて殺したみたいなんだが……なんか可笑しいんだよ。考えれば考えるほど腑に落ちないと言うか?」


「何が腑に落ちないと言うんですか。教えて下さい、宗二郎さん」


 悩みながら話す宗二郎の言葉に、勘太郎は急かす用に聞き返す。


「前にも言ったが、この大蛇神と呼ばれている大蛇は普通の大蛇よりも遙かに大きいと前にも話したよな」


「ええ、言ってましたね。大きさが尋常じゃないと」


「はい、言ってました」


 話を振られた勘太郎と羊野は同時に頭を下げる。


「しかしそうなるとこの大蛇は尚更外での活動なんか出来なくなるはずなんだ。何せ蛇は体温調節の効かない(爬虫類)生き物だからね」


「まあ、普通に考えたらそう言う結論に至るでしょうね」


 羊野がこの事件に関わってからズ~と言い続けていた大蛇に関する疑問を、生物学者でもある大沢宗二郎が同じ論点に行き着く。


「宗二郎さん、あなたも羊野と同じ用にそこに着目しますか。この大蛇は生物学的に有り得ないと」


「ああ、何せあの巨体を維持しながら、この冬の山々を活発に移動できる変温動物へんおんどうぶつなんて先ず考えられないからな。普通の蛇ならこの時期には土の中で冬眠に入っているはず何だよ。それに獲物を仕留める際の攻撃方法もそうだ。大概のボア科のニシキヘビは獲物を仕留める際には先ずは獲物に噛みついてから素早くその体を巻き付ける物だが、兄の杉一郎の体に大蛇が噛みついた跡が一つも見当たらないんだ。それは既に亡くなっている母親の大沢早苗や社員の伊藤松助も例外ではない。普通大蛇が噛みつきもせずに獲物に巻き付くなんて先ず有り得ないだろう。何せ蛇が獲物に噛みつくのは(毒を持っている蛇は例外として)逃げようとする獲物を確実に固定して素早くその体に巻き付かせる為でもあるのだからな。だからこそ私はこの殺人大蛇を研究し、ズ~ッと探し求めている。だが勘違いするなよ。私はそこにいる羊のお嬢さんの用に、この大蛇を誰かが偽装した人為的な偽物だとは考えてはいない。もしかしたらこの大蛇は何らかの環境の変化から生まれた突然変異種かも知れないからな」


「この蛇神神社周辺に巣くう大蛇が、恒温動物の哺乳類の用に自律的に体内の温度を調整制御できる動物に進化したと言う仮説ですか」


「まあ、そう言う事だ。我ながら馬鹿馬鹿しい仮説だとは思うが。だが実際に大蛇の目撃例が何例かあるのだから、その可能性も否定は出来まい!そしてこの大蛇は一年前に死んだ(従業員の)伊藤松助や四週間前に死亡した(我が母)大沢早苗を絞め殺した同じ個体の蛇であると私は信じている」


 宗二郎はこの周辺に大蛇がいるかも知れないと期待をしている用だが、勘太郎は内心半信半疑だ。勘太郎からしてみたらこの大蛇は村の人達が言うように異形の類いの物かも知れないと心のどこかで思っているからだ。なので大蛇神信者でもある宮下達也の考えも頭ごなしには否定は出来ない。

 そんな矛盾に思い悩んでいると、突然勘太郎の後ろの方から否定的な声が飛ぶ。宗二郎の『大蛇突然変異説』の仮説を真っ向から否定する、羊野瞑子の声である。


「突然変異種の大蛇ですか。それこそご都合主義的で、あり得ないでしょう。目撃者が見たと言う大蛇は間違いなく犯人が用意した作り物の大蛇で間違いありませんわ。ええ、間違いないです」


「ほほ~ならこの一連の殺人事件は、犯人が偽物の大蛇を使って、大蛇の害獣被害に見せかけた何らかのトリックだと言いたいのか。あの大蛇は本当は張りぼてか何かで出来ている作り物で、実際には存在しないと、そう言いたい訳だな。それこそナンセンスだ。大体その大蛇が作り物だと言う証拠は何処にも無いだろう!」


 歯に衣着せぬ羊野の言葉に宗二郎は少し憤慨するが、これまでに調べ上げた大蛇に関する情報を宗二郎は惜しげも無く話し出す。


「今までの目撃例と同じ用に今回(大沢杉一郎)兄を襲った大蛇は全長数十メートル以上はある大物と推察される。胴回りが恐らくは八十センチ以上はある事からボア科の熱帯に住む大蛇と言う線が濃厚だ。大型の蛇の種類にはアナコンダやビルマニシキヘビ、そしてインドニシキヘビなど色々と考えられるが、恐らくこの大蛇は世界最大の蛇とも呼び声の高いアミメニシキヘビで先ず間違いはないだろう」


「な、何故そんな事が分かるんですか。目撃者でもある猟師の岡村たけしの詳しい情報は一般人であるあなたにはまだ伝わってはいないはずなのに。大蛇の大きさや、その種類も言い当てるだなんて?」


 勘太郎のその疑問に宗二郎では無く、羊野が代わりに答える。


「恐らくは、杉一郎さんの首元に残されていた死斑の跡の大きさから、その大蛇の全体像を推測したのでは無いでしょうか。大蛇の種類を当てたのは、大蛇の抜け殻の破片からその模様や形を見たからですよね。違いますか」


「ああ、そう言う事だ。よく分かったね、羊のお嬢さん。その通りだ。まあ、実際に大蛇の脱皮の抜け殻が他にも見つかっているんだから、そこからDNA遺伝子を調べて特定する事も出来るんだが。私はあの蛇マニアで有名な小島晶介からの意見を聞いてそれを参考にしているよ。だから先ず間違いはないと思うよ。あいつは実際にいろんな蛇を飼っているから蛇の種類の見分けが、脱皮の皮を見ただけで分かるらしいんだよ。本当に恐ろしい着眼を持った奴だよ」


「へ~ぇ、ただのにわかの蛇マニアの叔父さんだと思っていたのですが、案外凄い人だったんですね。流石は黒鉄さんのお友達ですわ」


「いや、だから、お友達じゃ無いからね……あいつは」


 勘太郎は面倒くさそうに羊野の冷やかしを否定する。


「なら少し蛇についての体の構造を簡単に語ろうか。獲物を呑み込む際の蛇の口が一体どうなっているのかをこれを機に知っておかねば、この大蛇事件の真相には到底辿り着けないだろうからな」


 その理屈は流石に無理があるだろうと思わずツッコミを入れたい勘太郎だったが、宗二郎が余りにしゃべりたそうだったので、仕方なく二人は話を聞く事にする。


「蛇の頭の骨と言うのはゆるく、そして結合しているのでそれぞれがかなり自由に動く仕組みになっている。下顎したあごは方形骨と言う骨を仲立ちにして頭骨につながっているので口を大きく開く事が出来るのだが、顎の先には伸び縮みする靱帯じんたいがあり。その顎の骨を左右別々に動かす事によって獲物を仕留めた際は効率良く呑み込む事が可能となっている。こうして蛇は獲物を呑み込む事が出来るのだが、この大蛇は特に変だ。何せ獲物を仕留める際に、獲物に噛みついた跡が一つも見つからないんだ。それに死体に残された死斑の跡もそうだ。被害者の首には大蛇に巻き付かれた死斑の跡がくっきりと残されているが、その跡は首だけで後の体の方は巻き付かれた形跡が何処にも見当たらない。つまりこの大蛇は人を襲う際には噛み付きもしないで首に巻き付き。体の方には触れもしないで被害者を仕留めた事になる。そんな事が実際にあり得るのだろうか?いや、有り得ないだろう!」


 蛇の体のことで説明してくれると言っておきながらまた話が脱線してしまった事に羊野は内心安堵し。勘太郎はすかさず質問に移る。


「それで、蛇は一体どうやって獲物を認識しているんですか?」


 内心勘太郎はこの蛇の話に全く興味は無かったが、ここで何も質問しないと頭が悪いと思われかねないので、つい見栄を張り質問をする。

 だがそんな勘太郎の姿勢に宗二郎は掛けていた眼鏡を直しながらニヤリと笑う。どうやら蛇の話に興味を示したと思われた用だ。


「フフフッ、黒い服の探偵さん。そう言うやる気のある質問はとても好感が持てますよ。蛇と言うのは本来、余り視力が良くないんですよ。だからこそ獲物えものらえるさいは鼻と口の間の部分にあるピット器官と呼ばれる(赤外線)熱を察知する熱センサーで獲物の体温を感知して獲物を襲います。獲物の体に噛み付いた際は、その素早い動きで即座に長い胴体を獲物の体に巻き付かせて相手を締め上げます。その締め上げる力はとても強力で、獲物の吐く呼吸に合わせて徐々に締め上げて窒息死させるのが大体の蛇のやり方です。そして獲物を仕留めた後は当然捕食をします。ですがこの大蛇に関してだけは人間を捕食しようとした形跡が一切見当たらない。せっかく仕留めた獲物を呑み込まずに、ただ悪戯に捕らえて殺すだけだ。空腹の為に獲物として人間を絞め殺しているのでは無いのだとしたら、一体この大蛇は何の為に人間を襲い、そして殺しているのか。それが私にはどうしてもわからんのだよ。たまたま大蛇のテリトリーに被害者達が重なったのか。それとも本当に大蛇自身がターゲットとなる獲物を自ら選んで襲っているのか、そこが正に謎なのだよ」


 宗二郎が眉間みけんにシワを寄せながら語っていると、どこからともなく不気味な影が割って入って来る。

先程赤城刑事に現場から連れ出された、蛇神の存在を頑なに信じる大蛇神信仰の信者、宮下達也である。


「フフフフ、だからいつも言ってるでしょう。その大蛇は特別な存在であり。罪深い人間にさばきを与える為に現れた神の化身なのだと。その証拠にその有難い高貴なお姿を見た人達は今までに何人もいます。なのでこれは紛れもない事実なのです。いい加減その事を認めたらどうですか、宗二郎さん。あなたが生物学的に大蛇の存在を証明仕様なんてするからややこしくなるんですよ。ちない部分があるのは、それはこの大蛇がただの蛇では無く蛇神様の化身でもある神の大蛇だからです。この草薙村で蛇神様の存在を否定しているのは、大沢草五郎社長と大沢宗二郎さん……あなた方親子二人だけですよ」


「いえ、私も全く信じて無いんですけど!」


 宮下達也の発言に堂々と否定の声を上げた羊野だったが、そんな彼女の発言は完全に無視される。

 熱心な大蛇神信者でもある宮下は信仰愛が強いせいか、不気味に……そしてねっちっこく宗二郎にからむ。その姿はまるで大蛇神の存在を広める為に現れた恐怖の伝達者の様だ。

 そんな宮下の言動に勘太郎がげんなりしていると、後を追って来た赤城刑事が困り顔で宮下の腕を掴む。


「またここへ来てたのですか。勝手に現場に入られては困りますと何度も言っているでしょう。宮下さん、あなたはここへは入れないのですから、証拠保持しょうこほじの為にも現場には入らないで下さい。絶対ですよ!」


「堅いことを言わないで下さいよ。私も死んだ大沢杉一郎さんを知る人物の一人なんですから。それに大蛇神様が一体どんな風に杉一郎さんに天罰を与えたのかを今一度この目に焼き付けて置こうと思いましてね。わざわざ戻って来たんですよ。でもどうやら一足遅かった見たいですね」


「ち、ちょっと宮下さん、今の発言は流石に不謹慎ですよ。ここには肉親もいるんですから」と言う赤城刑事の声に「おっと失礼、つい本音が」と言いながら宮下が意地悪っぽく笑う。そんな宮下のあからさまな態度に宗二郎が目を細めながら嫌な顔をする。


「天罰って、それはどういう事だよ、宮下!」


「どうもこうも……これは歴とした祟りであり、そして復讐劇だと言っているのですよ。不運にも一家が離散した蛇野川家に関わる……大蛇神の呪い。こう言えば嫌でも分かりますよね。大沢家の宗二郎さん。もう既に三人も大沢家の関係者が蛇に関わる事件で死んでいるんですから。これはもう認めるしか無いですよね。大蛇神の呪いを」


「大蛇神の呪いだとう。そんなのは非科学的だしナンセンスだ!馬鹿げてる。あり得ない!絶対に有り得ない事だあぁ!!」


「そうですかね。私は充分にあり得ることだと思うのですが。そこの所をもう少し二人で語り合いましょうか。宗二郎さん!」


「ああ、いいだろう。望むところだ。お前の大蛇神とやらの存在説など、私の仮説で全て論破してやるよ!と言うわけで探偵さん。私は宮下と話がありますのでこれにて失礼します!」


 蛇の用に絡む宮下の挑発に乗った宗二郎は、互いに睨み合いながら山の麓にある駐車場の方へと降りて行く。その後ろ姿を静に見送っていた勘太郎と赤城刑事はしばらく麓の方を見ていたが、フと隣にいるはずの羊野が傍にいない事に気付く。

 一体何処に消えたんだとばかりに周りに目をやると、石垣いしがきが並ぶ溜池のふちで何かを調べている羊野の姿を確認する。


「おい、どうしたんだ?」


 声をかけながら勘太郎と赤城刑事が近づいて行くと、羊野は池の水の中に長い木の棒を突き入れながら池の深さを調べ始める。


「溜池の広さは畳にして二十畳ほど……水の深さは約一メートルくらいと言った所でしょうか。底にヘドロが沈殿ちんでんしているせいか、下は泥土が多くて水が汚いですね」


「この溜池がどうかしたのか。この溜池付近はもう既に地元の警察官達が丹念に調べたから大蛇に繋がる用な証拠は何も無いはずだぞ」


「本当にそうでしょうか。確かに殺人に繋がる証拠は何も見つかってはいない用ですが、大蛇をまるで生きている生物の用に動かし実在させる。そんなトリックの証拠なら大体の仮説は立てられますわ」


「仮説を立てられるだと。それは一体どういう事だよ。羊野!」


 興奮気味に話を聞こうとする知りたがりの勘太郎に、羊野は被っている羊のマスクを時々手で直しながら説明をする。


「この溜池全体に張られている水面を見て下さい。溜池の水の中に木の杭の用な物が何本か突き刺さっているのが見えますよね」


「ああ、確かに刺さっているな。だがそれが一体なんだと言うんだ」


「あの木の杭の配置……脈絡みゃくらくが無い用に見えて何だか不自然だとは思いませんか」


「ん~そうか、普通だと思うが。あれは夏に水草を掃除する為に、小舟を縛り付けて置くための杭だろう」


「目撃者でもある岡村たけしさんの話によれば、この大蛇は溜池の上にある土壁の用水路の穴の中へ逃げ込もうとしている所を岡村さんに見られています。ですが目撃されたのは大蛇の下半身部分だけで上半身の方は誰にも見られていません。これが何を意味すると思いますか」


「何を意味するって……まさか大蛇の上半身部分の方はまだ誰にも目撃されて無いから、もしかしたら偽物の可能性があるとでも言いたいのか。でもその大蛇の下半身部分の胴体や尻尾の方は蛇行しながら動いてたって話じゃないか。ならそれは本物の大蛇なんじゃねえ~のか」


「なら結論から言います。この大蛇の上半身部分は土管の中に消えて行ったのでは無く、元から上半身部分は無かったのでは無いかと推測されます。その証拠にこの大蛇は用水路から流れる冷水の中をわざわざ突っ切って逃げています。気温が暑い春や夏ならともかく、水が冷たい冷水の中に逃げ込むなんて先ずあり得ない事です。普通の蛇なら暖かさを求めて、冷水流れる土管より暖かい土の中や建物の中なんかに逃げ込むはずですからね」


「確かにそう言われて見れば、冬の用水路で泳いでいる蛙や蛇は見たことが無いな。両生類や爬虫類は皆冬眠しているからか」


「まあ、そんな所です。そして池の水面から出ている何本かの木の杭を使って宛も大蛇が水面を蛇行移動した用に動かす事が出来たのだとしたら……偽の大蛇をまるで生きている用に目撃者に見せ付ける事はそう難しい事では無いと思いますよ」


「つまりお前の仮説では、水面の所々に出ている木の杭の間を利用して、予め用意して置いた偽の大蛇の胴体を水面に這わせて準備をして置くと言う事だな。そして被害者を殺害後は、目撃者が現れるタイミングを見計らって、何らかの方法を用いてその作り物の大蛇の下半身部分を用水路の土管の中へと一気に引きずり込む。そうする事によってまるで大蛇が用水路の中へと消えた用に見せかける事が出来ると言う事か」


「はい、そう言うことですわ。この水面から出ている木の杭のコーナーを使って蛇行を再現する事が出来れば、まるで大蛇が体をくねらせながら移動している用に見えますからね。しかもこの木々に覆われた暗い庭先で見たのなら尚更です。皆が心のどこかで神の大蛇は本当は実在すると信じているからこそ、この水面に出ている木の杭の配置には誰も気付けなかったのでしょうね」


 羊野は羊のマスクの後部から伸びた白銀の髪をなびかせながら雄弁に語る。だがそんな羊野に勘太郎は慌てた用に否定的な言葉で遮る。


「いやいやいや、あの水面から出ている幾つかの木の杭の間を這わせて大蛇を移動させると言う仮説は確かにやろうと思えば出来なくも無い話だとは思うが……それでもそれを現実に実行するには流石に無理があるだろう。それにそれを裏付ける物的証拠が無い以上それは単なる仮定の空論に過ぎないんだぜ。そうだろう羊野。もし仮に大蛇作り物説で行くのなら、その下半身部分の大蛇を動かしていると思われるその動力は一体何だ。あの円形にして百二十センチの広さの土管の中に単独で移動し。僅かに流れる水の流れに逆らって、何処に続いているのかもよく分からない長い穴の中を自由に移動できる大蛇の動力とは一体?」


「それはまだ今の段階では何とも言えませんが、その大蛇が逃げ込んだと言われている用水路の入り口付近を見て下さい。先程入り口のコンクリート部分を調べてたら何かの破片の塗料と思われる物が付着していましたわ。つまり何かが移動する際にコンクリートの角にでも当たって削られた、何かの破片の一部だと思われます。勿論同じ用な塗料が二~三本の木の杭にも付着していましたわ。私の推測が正しければ、この付着していた塗料の破片は大蛇に繋がる証拠になるかも知れませんね」


「それは赤城先輩に言って鑑識にでも調べて貰わないと、今の段階では何とも言えんなぁ。まあ、地元の警察はこの事件は本物の大蛇による害獣被害だと信じているみたいだから、今回も獣害事件と言う事で終わるかも知れないな。まあ一応鑑識も犯人に繋がる物的証拠を調べてはいる見たいだが、また色々と証拠不十分で終わりそうな感じだし、進展しんてんの望みはかなり薄いかも知れないな」


「でも東京からわざわざ来た川口警部達が捜査をしているんですから、そう悲観ひかんする結果にはならないかも知れませんよ。あれでも皆さん特別に配属された選りすぐりの警視庁捜査一課の刑事さん達ですから」

「まあ、捜査一課は捜査一課でも、特殊班と言うよく分からない配属だけどな。そ、そんな事よりだ。普通に考えたら犯人が被害者を殺した後にわざわざ偽物の大蛇を使って、その後に来た第一発見者にその大蛇の存在を見せ付ける意味が全く分からないんだが。なので大蛇の存在を岡村たけしに目撃させると言う説は流石に無いと俺は判断するぜ」


「やはり、これだけの証拠では不十分だと言いたいのですか」


「不十分も何も犯人に繋がる証拠が見つかったのならいざ知らず、お前が見つけたのは土管のコンクリート部分の角にこびりついていた塗料の用な何かの破片だけだからな。流石にそんなのは証拠品にはならないと思うぜ。何故ならこの周辺を調べていた鑑識さん達がその破片を証拠品として押収していないのが何よりの証拠だ。それに実際その証拠品はただのゴミという可能性の方が断然に高いんだから、今から鑑識で調べて貰ったとしてもその苦労と時間はただの徒労とろうで終わるかも知れないぜ」


「ええ、私の考えが間違っていたのなら、自然とそうなるでしょうね」


「まあこんな奇想天外な発想や推理も俺達ならではなのだから、お前の奇抜きばつな推理も決して無駄では無いと俺は思うぜ。そう俺達は人が噂する様な名探偵では無い。地道な捜査と仮説と推理、そして幾つもの失敗と検証を重ねて犯人へと近づく。それこそが俺達の本来の姿だ。俺達はこの蛇神神社で蠢く大蛇の謎に出来るだけ迫れればそれでいい。そうだろう!」


「確かに……ですが私はあの小さな塗料の破片が大蛇に繋がる重要な証拠だと信じていますがね。もしこの証拠品がその逃げた大蛇に繋がる何らかの証拠だとしたら、芋ずる式にその姿を見せない蛇使いの謎にも迫れるかも知れませんからね」


「まあ、そんな犯人が本当にいたらの話だがな。今の所はそんな犯人の姿は確認されてはいない。まあ~強いて言うなら、昨日の村の若者達を使って俺達を襲わせたと言う蛇マスクの男が一体誰なのかと言う謎か。だがそいつが本当に蛇使いかどうかは分からんがな」


 相変わらずの奇想天外な推理をする羊野とそれに疑問を投げ掛ける勘太郎を赤城刑事はただ静に見守っていたが、一旦落付いたのを見届けると赤城刑事はすかさず話に割って入る。


「フフフ、中々に面白い仮説を聞かせて貰ったけど。その仮説が正しいと言うのなら先ずはそれを裏付ける確たる証拠を見つけてくる事から始めないとね。私はもうしばらくここで現場を調べていくつもりけど、勘太郎と羊野さんはこれからどうするの?」


「そうですね。取りあえずは、蛇園を経営していると言う小島晶介と、動物模型のアトリエを構えていると言う自称芸術家の池ノ木当麻の二人に聞き込みに行きたいと思っています。あ、それと、大沢宗二郎から昨日のアリバイについて聞くのを忘れてましたから、そちらの方は赤城先輩に頼んでもよろしいでしょうか」


「仕方ないわね。まあ私もこの後聞こうと思っていた所だから、次いでに調べといてあげるわ」


「ア~ザンス!(有難う御座います)お願いします!」


「何か気づいた事や分かったことがあったら必ず私に連絡しなさい。いいわね。くれぐれも単独行動は控える事。わかった!」


「ええ、分かってますよ。何か分かったら必ず連絡します。赤城先輩!」


「それと羊野さんが見つけた用水路の土管の先に付いていたと言う何かの黒い破片は、私が責任を持って調べて置いて上げるから安心しなさい。後で結果を連絡するわ」


「ええ、お願いしますわ。赤城刑事さん」


 張りのある明るい声でハキハキと応える羊野だったが、フと何かを思い出したのか赤城刑事に問い掛ける。


「あ、そう言えば先程、この蛇神神社の下にある駐車場の入り口付近に仕掛けていたとされる隠しカメラを回収したと聞いたのですが、それは本当でしょうか。もし可能なら私達にもその映像を見せてはくれませんでしょうか……て言うか、やっぱり見せて下さい。一秒でも早く。見たくて見たくて仕方ありませんわ!」


「な、何で、川口警部と山田刑事と私しか知らない情報をあなたが知っているのよ。この隠しカメラの事は私達三人とある人物しか知り得ない事なのに!」


 そんな赤城刑事の驚きの言葉に勘太郎はハッとしながら羊野の方を見る。

 そう言えばさっき山田刑事と川口警部がそれらしい話を俺の前で少しだけ話していたが、もしかしたら羊野は二人の仕草や口の動きからその隠しカメラの事を瞬時に知ったのでは無いだろうか。そう考えないと流石に説明が付かない。何せ刑事達が三人でひた隠しにしていた秘密を羊野は何故か知っていたのだから。

 それにしても俺と川口警部と山田刑事の三人が話をしている時に、羊野は五十メートル程離れた大沢杉一郎の死体の傍近くにいたのだから、言葉や声は全く聞こえないはずなのだが。毎度の事ながら羊野の洞察力には頭が下がる思いだ。


「まあ、知っているのならいいわ。その隠しカメラの記録をあなた達にも特別に見せてあげるわ。この隠しカメラは昨日の午後十七時から~真夜中の午前二時までの十時間程映せるバッテリー対応型だから、もし羊野さんの言う用にこの事件に大沢杉一郎さんを殺害した犯人がいるのだとしたら必ずこの隠しカメラに映っていると言う事になるわ」


「いいんですか、赤城さん。せっかくの証拠映像を勝手に私達なんかに見せて。後で川口警部と山田刑事に叱られちゃいますよ」


「フフフッ構わないわ。何せ白い羊と黒鉄の探偵に捜査協力をしろと言う命令は、上からの指示だからね」


「そうですか……それは助かりますわ。それにしても大沢杉一郎さんが死亡した時刻は昨日の午後十九時から二十一時までの間ですか。ならその時間、犯人は必ず何らかのアクションを起こているはずですよね。これは今から隠しカメラの中身を見るのが楽しみですわ!」


「じゃ私はちょっと行って、川口警部からその隠しカメラを借りて来るわね」


「分かりました。では赤城先輩が戻って来たら、その録画映像ろくがえいぞうの中身を確認させて貰います」


 被害者・大沢杉一郎の死亡推定時刻時に動いていたとされるその隠しカメラに大きな期待を込める羊野と赤城刑事は、そのまだ見ぬ確信と期待に心踊らせる。そんな二人の様子を横目で見ながら勘太郎は、今も不気味にそびつ蛇神神社をマジマジと見上げるのだった。

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