第1話 『四人の暴漢者達と対峙する』   全28話。その10。


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 来訪者がさり、しばらく猟師の男が消えた方角を眺めていた勘太郎と羊野は、ベンチから立ち上がると再び村の中を歩き出す。


 だがもう日が落ち始めていたせいか外を歩く村人の姿は全く見えない。いや、それどころか道をすれ違う人すら見当たらない。

 この時期は田畑の仕事もないので、もう既に皆家路にと付いているのだろう。

 それでも勘太郎と羊野は諦めずに大蛇の情報を探し続ける。


「中々人に行き当たりませんね、黒鉄さん」


「ああ、そうだな。やはり最初の時のように家々を訪ねて聞き込みをするのがセオリーなのだろうが、もう辺りはすっかり暗くなってきたし、そろそろ俺達も宿に帰るとするかな。これ以上は家々を回ってもただ迷惑なだけだろうしな」


「ええ~ぇ、もう帰るんですか。もっと民家を回りましょうよ。日が落ちてからが私達の本番でしょ」


 ふざけんな、俺は早く宿に帰って夕食をたらくふ食べたいんだ。疲れてるし腹も空いてるんだよ。だから俺の邪魔をするな!帰らせろ。早く宿に帰らせてくれ!……と大声で言いたいのだが、上司としてそんなことは口が裂けても言えないなので、勘太郎は仕方なく最もらしい言い訳を考える。


「まあ、羊野君、少し落ち着きなさい。もう夜が暮れようとしている時にお前のその格好を見たら村の人達がますますびっくりするだろう。だから今日はこのくらいにして溜まった疲れを宿で癒やすんだ。体調管理や休憩も立派な仕事の内だぞ。明日の朝になって、体調が悪くて仕事が出来ませんなんて言われたらそれこそ本末転倒ほんまつてんとうだからな」


「なるほど、確かに黒鉄さんの言うことにも一理ありますわね。でも何だか腑に落ちない所も幾つかありますが……」


 如何いかにも最もらしい事を言って上手く煙に巻かれた用にも感じたが、羊野は仕方なく上司である勘太郎の指示に従う。


 今宵の宿への道を歩くこと五分。民家から少し離れた道に差し掛かったその時、羊野は無言で勘太郎の行く手を停止させる。


「黒鉄さん、止まって下さい。どうやら私達を手厚い歓迎でもてなしてくれるお客さん達のご登場ですわ」


「な、なんだと?」


 その言葉に勘太郎の心臓が大きく高鳴たかなり、言い知れぬ緊張と鼓動こどうが全身を駆け巡る。


 勘太郎は喧嘩けんかや命を掛けた争いごとには慣れていないが、それでも勇気を奮い立たせ前を見る。すると三十メートル程離れた木々の裏側から茶色い作業着を着た四人の正体不明の男達が姿を現す。

 その四人の男達は皆殺気をあらわにしながら、ゆっくりと勘太郎と羊野の前に歩み寄る。


 手には鉄パイプを持ち。顔には正体が分からない用に蛇の頭部を思わせる蛇マスクを深々と着用している。そんな四人の不気味な男達が手に持った鉄パイプを地面に叩き付けながら迫ってくるのだから、勘太郎の恐怖は尋常ではない。


「な、何だか向こうはやる気満々の用だな。こんなバイオレスな危険な展開、俺は聞いてないぞ。これは絶対に草五郎社長から特別労働手当と危険手当てを貰わないとな!」


「ホホホホホーっ! 久しぶりに面白そうな展開になってきましたわね。黒鉄さん、あれはやっちゃっていいんですよね。殺しちゃっていいんですよね」


「いや、出来れば極力殺さない方向で頼むよ。マジでだぞ。俺の責任に関わるから」


「ええ~、向こうはこちらを撲殺ぼくさつする気満々なのにですか。手を抜いて戦うのは意外と難しいんですよ」


「いいから頼む。奴らを殺さずに行動不能にしろ。行け、白い羊!」


「了解ですわ、黒鉄さん」


 勘太郎の命令を受け動き出した羊野は、白いロングスカートのすそを両手でつかみ上げると勢いよくその厚手のスカートを巻くし上げる。その思わぬ行為に一瞬四人の男達の動きが止まるが、その瞬間瞬時に抜き放たれた羊野の両手には二振ふたふりの大きく……そして長い包丁がしっかりと握られていた。


 だが男達が驚いたのは何も羊野が持っている二双の包丁だけでは無い。その羊を模したマスクがまた不気味さを誘い、全身から放たれるその殺意は狂気となって前へ立つ男達を嫌でも震え上がらせる。その姿は正に…恐怖や危険を娯楽ごらくとらえる狂人その物だった。


 そんな羊野を見て四人の男達は当然たじろぐ。


「な、なんだ…あの白一色の羊人間は…?」


「ハッタリだ。ハッタリに決まってる!相手はただの羊の皮を被った頭の可笑しなコスプレ女だ。恐れることは無い。囲んで袋にしてしまえばいいだけの話だろう」


「ああ、だけどあの女、包丁を持ってるし何だか様子が可笑しいぞ」


 ただならぬ殺気を感じたのか四人の男達は対峙する羊人間の姿に狼狽ろうばいしていると、その好機を逃すまいとばかりに羊野の赤い眼光が怪しく光る。


「ではこちらから行きますわよ」


 言葉と同時に動いた羊野は、一番前にいた男性に走り寄ると強烈な上段蹴りを入れる。その不意打ふいうちの用な素早い攻撃で完全にあごを捉えられたその男は、勢いよく後ろへと吹き飛ばされる。


「があぁっ!」


 強烈な蹴りを受け倒れ込む仲間の姿をただ呆然と眺めていた三人の男達だったが、自分のなすべき事を思い出したのか手に持った鉄パイプを構えながら羊野を威嚇する。


「ちくしょう。な、何なんだこの白い羊は……まさかあの蛇マスクの男と同類かよ!」


「いいから攻撃しろ。叩き潰せ!」


 互いに奮起ふんきしながら二人の男は手に持った鉄パイプを同時に振り下ろす。その軌道きどうを見切りながら寸前の所で全て交わす羊野はまるでネコ科の猛獣の用だ。

 その電光石火の用な動きで二人の男の攻撃をかわしきった羊野は、手に持つ二双の包丁を構えると今度はこちらの番とばかりに包丁の刃先を振り下ろす。


「さあ、遊びましょうか。私の攻撃に貴方達は一体何秒持ちこたえてくれるのかしら?楽しみですわ」


 言葉が途切れた瞬間、羊野の包丁から繰り出される素早い斬激ざんげきが二人の男達に目がけて叩き込まれる。その両腕から繰り出される強烈なラッシュを二人の男達は手に持った鉄パイプで辛うじて防いでいる状態だったが、その恐怖と気迫に圧倒され今にも倒れそうな勢いだ。


「ホホホホッ、もう少しで刃先が体に刺さってしまいますわよ。もっとしっかり防いで下さいな。これじゃ直ぐに終わってしまいますわ!」


「い、異常だ。この女異常だぜ!こいつワザと包丁の刃先を鉄パイプに当てて俺達の反応を楽しんでやがる!」


「だ、駄目だ。包丁のラッシュが早過ぎて防ぎきれない。た、倒れる……」


 その狂気に満ちた猛攻撃に男達の心が折れた瞬間、羊野の手に握られた包丁のが二人の男の顔面に叩き込まれる。その瞬間鼻や口からはおびただしい血が流れ、激痛と衝撃で二人の男達は思わずその場へと倒れ込む。


「ホホホホッ、手を抜いて戦うのは不本意なのですが……黒鉄さんの命令では仕方ありません。一応あれでも私の上司ですからね……命令には従って置かないとね。と言う訳で、残るは一人です」


 悲鳴を上げながら静に崩れ落ちる二人の男の前で、羊野はまるでホラー映画に出て来るシリアルキラー(殺人鬼)の用に不気味に笑い出す。その奇妙な見た目から来る異様さと内側から来る謎の狂気が対峙する者の恐怖心を更に煽り、嫌でも掻き立てる。

 相手からしてみたら、両手に大きな包丁を持った羊人間が殺気を放ちながら襲いかかって来るのだから、それはもう恐怖でしかないだろう。


 遠目からそんな事を考えていると、余裕を噛ます勘太郎の前に拳を構えた一人の男が仁王立ちで立ちはだかる。

 どうやら羊野とまともに戦っても勝てないと悟ったその男は、何とか勝機を見出そうと両腕を構えながら威嚇をする。恐らくは勘太郎を捕まえて人質にでもするつもりなのだろう。

 そんな男の必死の覚悟に、勘太郎は不適な眼差しを向けながら堂々と身構える。


「ふ、たった一人で挑んで来るとは、俺もずいぶんと甘く見られた物だな。羊野にすら勝てない奴が俺に勝てる訳が無いだろう。まあいい、ここは黒鉄探偵事務所の所長として俺の力をくと見せてやるのも面白いかな!」


 格好良く虚勢きょせいを張っていた勘太郎だったが内心は違う。行き場の無い心の叫びが勘太郎の脳裏を過る。


 あ……相手は一人か。見た感じは弱そう出し(どこで落としたのか)鉄パイプも持ってはいないみたいだ。これなら俺でも何とかなりそうだな。よし、取り押さえてみるか。


 そんな事を考えながら、勘太郎は震える体で迫り来る相手と対峙するのだった。

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