第2話 『綾川エリカ行方不明になる』      全25話。その19。


          * 一月十八日(金曜日、曇り)


 時刻は午前の八時〇五分。今日はタイムリミットでもある狂人ゲームの最終日と言う事もあり生徒達が登校してくる時刻に併せてワゴン車に乗り込んだ勘太郎・羊野・緑川の三人は、後ろから赤いポルシェで付いて来る(警視庁捜査一課特殊班)赤城文子刑事を入れた四人で江東第一高校の建屋へと向かう。


 だがビジネスホテルが江東第一高校から割と近場に合った事もあり三分くらいで江東第一高校の駐車場についた四人は、車の中でミーティングをしながらこれからどう動くべきかを簡単に話合う。そんな現場を仕切る赤城刑事の着ている赤いジャケットの内側が大きくブルブルと震え出す。

 その振動が自分の持ち歩いているスマホ携帯からだと気付いた赤城刑事は直ぐさま電話に出るが、話を聞くにつれその顔はみるみる緊張へと変わる。


 その緊迫したやり取りからどうやらただ事では無い用だと感じた勘太郎は危機感が漂うやり取りを固唾を呑みながら見守っていたが、通話が切れると同時に直ぐさま話の内容を赤城刑事に確認する。


「赤城先輩、なんか深刻そうに話していましたが一体何の電話だったんですか? この事件に関わることですか」


「ええ、川口警部からよ。あの不良グループの仲間の一人の綾川エリカが昨夜から家を出たまま帰って来ていないらしいのよ」


「綾川エリカがですか」


「家族の話によると昨夜の十八時三十分頃に一度家に帰って来たみたいなんだけど、その後の十九時〇五分頃にちょっと出かけて来ると言い残して家を出たまま帰って来ないとの事なのよ。家族が警察に連絡したのが朝方の七時三十分頃らしいから、これから警察も行方不明者として綾川エリカを捜索する事になるわね」


「でもそれって大丈夫なんですか。この事件に他の警察が関わると言う事は狂人ゲームのルール違反になってしまうんじゃないですか」


「まあ、大丈夫でしょう。他の警察官達は皆狂人ゲームの存在自体知らないでしょうし、階段落下事件とは関わりの無いただの行方不明者の捜索と思っているでしょうからね。今回の事件の障害には見なされないはずよ」


「そうですか。それにしても階段から落ちて死んだ王子大輝が関わる絶望王子の存在をかなり恐れていたあの綾川エリカが、なぜ何の疑いも無く犯人の言葉にのこのことついて行ったのでしょうか。と言う事はやはり犯人は綾川エリカのよく知る人物と言う事になりますよね」


「まだ犯人に誘拐されたと決まった訳じゃないわ。もしかしたら何処かで余所の友達と夜更かしして遊んでいるだけかも知れないしね」


 赤城刑事が話すその突然の出来事に勘太郎が困惑していると、隣で聞いていた羊野が赤城刑事に質問をする。


「それにしても何故綾川エリカさんは一度帰ってきたのに再び家を出たのでしょうか。しかも学校から帰ってきたその直ぐ後にです。誰かと前もって約束していたのか。或いは家にいた時に何かしらの知らせがあったから家を出たかのどちらかですよね。それにもし計画的に誘拐されたのなら家に帰る前に行方不明になっていたでしょうから、一度家に帰って来ていると言う事は彼女の家の固定電話の方にもしかしたら電話があったのかも知れませんね。何せ今現在彼女のスマホは紛失したままですからね。赤城さん、そこの所は家族の方々は何か言ってはいなかったのですか」


「ええ、言っていたわよ。綾川エリカさんが家に帰宅したその直ぐ後に固定電話の方に電話が掛かってきたらしいのよ。電話にはその家の母親が出たらしいんだけど、その相手の電話主は『江東第一高校の生徒の者ですが、綾川エリカさんはご在宅ですか。無くされたスマホの事で電話を差し上げたのですが』と丁寧に言うからエリカさんに電話を渡したとの事よ」


「それで電話越しに聞いた相手の特徴や性別はどうだったのでしょうか。それにその電話の内容をもし聞いていたら教えて下さい」


「その綾川エリカさんの母親も直ぐにエリカさんに電話を交代したからよく聞き取れなかったらしいんだけど。話の内容からして無くしたスマホの事で相手が電話を掛けて来たと証言しているわ。それに声の感じからして男性の声だったらしいんだけど声が余りに低かったのかその年齢までは分からないとの事よ」


「電話を掛けてきたのは男の人で、年齢は不詳ですか……どうやら綾川エリカさんはその男の人の電話を受けて何処かへ出かけたらしいですわね」


「出かけたって一体何処によ?」


「それはまだ分かりませんが、その呼び出した男の人があの不良達を狙っている絶望王子の一人なら綾川エリカさんの身が危険ですわね。相手の電話にのこのことついて行った所を見ると、案外相手は綾川エリカさんのよく知る人物なのかも知れませんね。スマホが見つかったから取りに来て下さいとか言って彼女をおびき出したのだと思いますよ。綾川エリカさんの性格からして人の手にスマホが渡っているのは生理的に嫌だと思いますから、今夜中に取り返しに行ったのでしょうね」


「そんな彼女のスマホへの執着を知っていたからこそこの犯人はワザと彼女のスマホを盗んで彼女をおびき出すことに成功したと言う事か。となるとやはりお前の言う用にこの犯人は綾川エリカさんの事をよく知る人物と言う事になるな。やはりあの生徒や先生達の中に犯人がいるのか?」


 額に手を当てながら悩む勘太郎に、羊野は白い羊のマスクを装着しながらワゴン車の引き戸を開ける。


「私の想像ですが、恐らく綾川エリカさんはまだしばらくは殺されないと思いますよ。何せまだ死傷させたいと思っているターゲットの不良達が三人も残っていますからね。なので彼らを呼び出す為に現在行方不明の綾川エリカさんを利用すると思われます」


「なるほど、その為の誘拐とも考えられるな。もし綾川エリカを死傷させるつもりなら昨夜の内に何処かで階段落下トリックを使っているだろうからな。こんな絶好のチャンスを見す見す逃すと言う事は羊野の言っている事も強ち間違ってはいないのかも知れないな」


「そう言う事ですわ。では先ずは従来道理に校舎の中を捜索しながら聞き込みをしますか。もしかしたら何かより良い情報が聞けるかも知れませんし」


「はあ~っ、こんな事をしてて本当に大丈夫なのか。今夜は狂人ゲームの最終日だぞ」


「めんどくさがってはいけません。聞き込みや情報収集は警察や探偵に取って最も基本的で重要なお仕事の一つですよ。この作業を年密に行ったか行ってないかで今後の展開が大きく変わる事もあるのですから。一つ一つの地道な作業無くして証拠を集める事は出来ませんわ」


「まさかお前の口からそんな正論を言われるとは夢にも思わなかったよ。流石は我が黒鉄探偵事務所が誇る俺の探偵助手だな」


 綾川エリカの行方不明の情報に正直勘太郎は不安を隠しきれなかったが、今は悩んでいても仕方が無いので従来道理に自分の仕事をする。そんな勘太郎に付き合うかの用に羊野瞑子や赤城文子それに緑川章子が登校してくる生徒達を捕まえて聞き込みを開始するが、一秒一秒の時間の経過が勘太郎の不安と焦りに更なる拍車を掛けていた。こんな事をしていて本当に大丈夫なのかと。


「あの~校内に現れると言う絶望王子の事で聞きたいことがあるのですが、お話よろしいでしょうか」


「あの不良達を恨んでいるかも知れない人物の事を聞きたいのですがよろしいでしょうか」と赤城刑事と緑川章子が次々に登校して来るめぼしい生徒に焦点を当てながら忙しそうに聞き込みをするが、勘太郎はこのやり方に疑問を持つ。


 必死に聞き込みをする赤城文子刑事と緑川章子も恐らくは勘太郎と同じ気持ちなのだろうが当の羊野に至っては特に何も心配をしていないかの用な落ち着いた態度をしている。そんな羊野を見ていた勘太郎は不安が晴れないのか思わず彼女に声を掛ける。


「おい羊野、本当にこんな事をしていていいのか。聞き込みよりももういい加減に犯人を絞って捜査をした方がいいんじゃないのか。綾川エリカの身も心配だしな」


「犯人の捜索の事なら大丈夫ですわよ。そんなに焦らなくても恐らく午後辺りに事は動きますから」


「どういう事だよ」


「私達にタイムリミットがあるのと同じ用に犯人側にもタイムリミットがあると言う事ですわ。これは素人が画策した個人的な復讐劇では無くあの円卓の星座の狂人が絡んだ狂人ゲームですからね、恐らく犯人は今日中に他の不良達を死傷させる為に動きざる終えないと思いますよ」


「まさかお前それを待っているのかよ。なら早く他の天野良夫・玄田光則・大鬼力・近藤正也の四人の生徒達を保護しないと」


「何故ですか。彼らの元に必ず絶望王子が現れるのですからこの高校の校内に集めて絶望王子を迎え撃てばいいだけの話じゃないですか。あちらも人質の綾川エリカさんを餌に他の不良達をおびき出す気満々なのですから、こちらもあの不良達を使って絶望王子をおびき出せばいいだけの話では無いのですか」


「つまりあの不良達を囮にして絶望王子をおびき出すと考えているのか。それは余りに非人道的だし危険が大き過ぎる!」


「ですが、あの四人の不良達に割ける人員はいないですよね。基本的にこの狂人ゲームに他の警察官は使えませんから」


「ならこの狂人ゲームに参加が許されている川口警部や山田刑事を今すぐに呼んだらどうだ。何なら黄木田店長も呼べば四人くらいなら人をつける事が出来るんじゃないのか」


「それじゃあの不良達をワザと泳がせて絶望王子を釣るという当初の計画にひびが入るじゃないですか」


「お前そんな事を考えていたのかよ。本当に事件を解決する為だったら人質の事や被害者の事は考えない奴だな」


「だってこのゲームの勝敗に直接関係ないじゃないですか。人質がいくら死のうと最後に事件を解決さえ出来れば私達の勝ち何ですから」


「いや、相手の正体やそのトリックも分からず、人質が全員死傷してしまったら俺達の負けじゃないのか。だからこそ犯人もタイムリミットまでに何とか使用と焦っている訳だからな」


「大丈夫ですわ。昨夜の内にあの不良達には死にたくなかったら絶対に高校に来いと電話を掛けましたから恐らく登校して来るでしょう。もし来なかったら私自らが各家へと乗り込んで優しく起こしてあげますと付け加えて起きましたからね」


「お前……それはただの脅しだろう」


「とにかくです。ただこうやって待ち構えていれば向こうから犯人は来てくれるのですからここは気長に待つのが得策だと思いますよ」


「でももし当てが外れて犯人が現れなかったらどうするつもりなんだよ」


「どうもしませんよ。向こうが来なかったら最悪痛み分けの引き分けと言う事になるだけですよ。でもそれは向こう側も望んではいない結果だと思いますから、何か私達の意表を突く用な方法を考えて来ると私は予測していますわ」


「くそ~っ、必ずしも正攻法では来ないと言う事か」


 やがて来るであろう絶望王子の襲撃に不安視しながら勘太郎は校舎へと入っていく生徒達の表情を見る。その表情は誰もが明るく何かを待ち侘びる用な雰囲気を醸し出していた。そこで勘太郎は改めて気付く。


「あ、そう言えば今日は午後の十八時から~二十一時まで毎年恒例の江東第一冬祭りと言うイベントがあるんだったな。ついうっかり忘れてたぜ」


「ええぇ~っ、今さらですか。黒鉄さん、しっかりして下さいよ」


 そんな事を話ながら勘太郎は聞き込みにいそしんでいたが、羊野の予測通りに事態は動く事となる。午後の十五時に川口警部から知らせがあったからだ。


 黒の防空頭巾を被ったボロボロのマント姿の学生が、金属バットを振り回しながら町中の目に入る障害物を叩き壊していると言うショッキングな話が突如舞い込む。

 その知らせを受けた赤城刑事は勘太郎と緑川章子をその場に残し、羊野瞑子と二人で町中で金属バットを振り回しながら暴れている絶望王子の元へと急ぐ準備をする。


「今川口警部から連絡があったわ。町中に突如絶望王子らしき人物が金属バットを振り回しながら現れたと言う報告があるから、今からちょっと行ってくるわね。もしかしたら犯人側の陽動かも知れないから勘太郎と緑川さんはここにいて頂戴。その代わり羊野さんを借りて行くわね」


「ホホホホッ、そんな訳でちょっと行って来ますわ、黒鉄さん。あ、私が留守中に何か遭ってもくれぐれも無茶はしないで下さいよ」


「マジで……二人ともマジで行っちゃうの。物凄く心細いんですけど」


「赤城刑事に羊野さん、事を済ませたら出来るだけ早く帰って来て下さいよ。黒鉄先輩と二人だけでは流石に物凄~く不安ですから」


 そんな二人の抗議の声を聞きながら赤城刑事と羊野の二人は、絶望王子が現れたという現場へと急ぐのだった。

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