第2話 『容疑者、近藤正也の証言』       全25話。その15。


         四 『疑惑の追及』


            1


「お邪魔するよ」


 溜息をつきながら入って来たのはリーゼント風の髪型をした近藤正也である。呼び出しに素直に応じた近藤正也は勘太郎と羊野の顔を見ながら静かに部屋の中央にあるパイプ椅子へと座る。


「それで、俺は今から昨日のアリバイを言えばいいのかな?」


 もう既に何で呼び出されたのかを予想していた近藤正也は挑発的に腕組みをすると勘太郎が話す前に先に話を切り出す。

 まあ、話す手間が省けて大変助かるのだが、もう既に前もってアリバイの予防線を張られている用で勘太郎はこれからの展開とやりにくさを感じていた。


「わざわざここまで足を運んで貰って申し訳ありません。我々が言おうとしていることを既に知っているのなら話が早いです。では手っ取り早く質問します。昨夜の二十三時から一時までの間、貴方は何処で何をしていたかを教えて下さい」


「昨日の二十三時頃は部屋でスマホを弄ってたかな。スマホでYouTuber(ユーチューブ)動画を見ていたんだよ。それと二十四時頃に家の母親がそろそろ寝ろと部屋に入ってきたから家の母親が証人になってくれると思うぜ」


「そうですか……目撃者がちゃんといるのですね」


 真実を述べているのか、それともこの日の為に既にアリバイを用意していたのかは分からないが、目撃者がいることで又しても行き詰まってしまった勘太郎の代わりに羊野が代わりに口を出す。


「確かにちゃんと目撃者はいる用ですが近親者の証言は余り信用されないと言う事は知っていますか。だってそうでしょう、だって家族なんですから、もしかしたら貴方をかばって嘘の証言をしている可能性も否定は出来ませんからね」


「だがそれを実際に証明することも出来ないだろう。何せ現実問題、俺のアリバイを証明してくれる人物は俺の姿を部屋で目撃している母親だけだからな。それともし仮にこっそりと二階の部屋から玄関に向かおうとしても必ずリビングの前を通らないと行けないから必ず見つかってしまうけどな」


「見つかるって誰にですか?」


「家の父親にだよ。昨日も家の父親は深夜の一時までテレビを見ていたらしいからな。どうせまた酒でも飲みながらダラダラしてたんだろうよ、全くしょうも無い奴だぜ。それにもし仮に俺が犯人で家を出ようとしたなら家の盆暗の父親に必ず見つかるだろうし。そんな俺を心配してかばってくれる用な甘い父親でも無いから、もし深夜に外に出ようとしている所を見つかったら間違いなくぶん殴られ兼ねないからな。でも皮肉にもそれが逆に俺のアリバイを強固とする物になってくれているんだけどな」


 そう吐き捨てる用に話すと近藤正也はしかめっ面をしながら小さく肩を落とす。その様子からどうやら近藤正也と父親との仲はそれ程良くは無い用だ。恐らく大きな確執があるのだろう。

 そんな事を勘太郎が思っていると隣に座る羊野がすかさず次の質問に移る。


「アリバイの事は一応分かりました。では次の質問です。昨日の十八時十分頃に私達が屋上に行った時に貯水槽のタンクの裏側に隠れていましたが、その理由は本当に五階に現れた絶望王子の姿を見たからですか? 絶望王子を見たと言う貴方の証言が嘘なら貴方自身がもしかしたら絶望王子である可能性もある訳ですよね」


 その羊野の言葉に近藤正也は鼻で笑う。


「おいおい、俺はあの天野良夫君達と同じ不良グループ達の仲間の一人だぜ。それに半年前に俺の友達の金田海人が目の前で大怪我をさせられているのになんで俺が絶望王子に扮してまで人を襲わないとならないんだよ。んな訳が無いだろう!」


「そうでしょうか。どうやら絶望王子はもう一人いるみたいですし、貴方がワザと人混みが少ない時間に金田海人君を自分の家へと招いて、もう一人の絶望王子に階段で襲わせたのでは無いのですか」


「一体なんの為にだよ。言っておくが俺は親友を再起不能にして通り魔まがいのことをした覚えはないぞ。恨みだって特にないしな。的外れもいいとこだぜ!」


「中学生時代、あの王子大輝君とは随分と仲が良かったそうじゃないですか」


「だから俺が王子大輝の為に復讐でもしたと言いたいのかよ。あり得ないだろうそんな事は。俺はその王子大輝を高校生時代に虐めていた不良達の仲間の一人なんだぜ。その俺が虐めに加担したかを追求される事はあっても、まさかその王子大輝の為に復讐しようとしたかと聞かれた事は流石に無かったぜ!」


「貴方は随分とさっきから自分が王子大輝君を虐めた事を積極的に主張しているようですが実際は全くと言っていいほど王子大輝君を虐めてはいない。ただ見ていただけ……そうではありませんか。貴方をこの生活指導室に呼ぶ前に幾人かの生徒に話を聞いたのですが、貴方が王子大輝君を直接虐めている所を見たと言う人は誰もいませんでしたよ。それどころか貴方が王子大輝君を陰ながら気遣う所を見たと言う人が何人かいた程です。もしかして貴方は本当は王子大輝君が目の前で階段から転落して死んでしまった事に実は大きなショックを受けているのでは無いのですか。あの小枝愛子さんと同じように心にトラウマが出来てしまう程に。だから貴方はあの不良達から距離を置くようになった。そうではありませんか」


「いや、的外れもいいとこだぜ。別に俺はあいつらを避けている訳じゃ無いし会えば話くらいはするよ。それに金田海人とは友達として付き合いが続いていただろう」


「本当にお友達だったのですか? 何でも小枝愛子さんの話では、王子大輝君が階段から落ちて原因を作ったのは金属バットを振り上げた金田海人君らしいじゃないですか。ならその後誰が王子大輝君と小枝愛子さんを後ろから蹴り落としたかは、恐らく貴方は知っているはずです。だから貴方は金田海人君と友達関係を続ける振りをして一緒に行動していたのでしょ。その方が自分に疑いが掛かること無く復讐を遂げる事が出来ますからね」


「何勝手なことをぬかしてんだよコラ! んな訳ねえーだろう! 王子の奴の事なんか何とも思っちゃいねえーよ。勝手に俺と王子の奴を友達になんかしてんじゃねえよ!」


 確かにある生徒から、近藤正也と王子大輝は中学時代は大変仲が良かったと言う話だけでそこまで話を飛躍させるのは流石に無理があるだろうと内心勘太郎も思っていると、羊野は悪戯っぽく笑いながら少しおどけた感じで舌を出す。


「すいません少し話を盛りすぎましたが、でも少なくとも貴方は王子大輝君が階段から落ちたことに大変大きなショックを受けている事だけは事実だと確信しています。そしてそんな貴方に近づいてきた人物が必ずいたはずです。貴方の罪の意識を嗜め、協力しろと触発して来た人物が」


 確かに近藤正也の言動には幾つか腑に落ちない謎があるが、そこから犯人との関係性を突いてくると言う事は羊野には確信めいた物が恐らくあるのだろう。勘太郎はそう思いながら近藤正也がどう言い返すのかを静かに見守る。


「犯人って誰だよ。見てもいない事をぬかしてんじゃねぇ~よ。それに王子のことでショックも受けてねえし、ましてやあいつの為に復讐しようだなんて考えたこともないぜ! 俺を無理やりいい人に仕立て上げすぎじゃないのか。大体そんなに王子大輝の事を俺が思っているのなら、王子と小枝が階段から天野君に蹴り落とされた時点で俺がその事を先生や警察に密告しているだろう!」


 その近藤正也の言葉に今まで愛想良く話していた羊野の顔が不気味にニヤリと笑う。


「な……なんだよ?」


「私は別に、小枝さんを誰が突き落としたかなんて一言も言ってはいませんよね。でも今貴方はハッキリと言いました。黒鉄さんも聞いていましたよね」


「ああ、聞いていたな。この耳でハッキリと」


「一体なんの事だよ?」


「貴方は今、小枝さんと王子君を階段から蹴り落としたのは天野君だとハッキリと言ったのですよ。こればかりは言い間違いでは済まされませんよね。何せあの中に不良達は四人もいるにも関わらず、その中から迷うこと無くあの天野良夫君の名前を言ってしまったのですから。そして何故その名前が咄嗟に出たのか。それは近くで小枝さんと王子君を後ろから蹴り落とす天野良夫君の姿を見ていたからでは無いのですか」


「ち、違うよ。たまたま、たまたまだよ。つい口が滑ってしまったんだ。周りの生徒達が陰口で天野良夫君が小枝を蹴った犯人だと決め付けていたからな」


「いいえ、違いますね。ならそれこそ天野良夫君達を友達だと……信頼している仲間だと信じているのなら間違ってもあんな言葉は口から出ませんよ。それに他の生徒達は皆憶測でしか言えないのでもしかしたら見たいな事しか言えませんでしたが、貴方はズバリ天野良夫君が蹴り落とした犯人だとハッキリと言いました。それはつまり近くで真実を見ていたからこそつい漏らしてしまった貴方の心の言葉だからなのでは無いでしょうか」


「違う……違う……違うんだよ。俺は……俺は……いや、まだだ……まだ終わりじゃない……そうだろう」と呟きながら頭を抱える近藤正也に勘太郎が言葉を付け加える。


「近藤君、君が実際何を考えて行動しているのかは知らないが、一人で危険な事だけはしないでくれよ。何かあったら必ず俺に報告するんだ」


「あんたに何が出来るって言うんだよ!」


 激しく睨み付ける近藤正也に勘太郎は両手を近藤の両肩にがっしりと当てながら信念に満ちた眼差しで応える。


「何が出来るかは分からないけど、今できる事に最善を尽くすつもりだ。これ以上被害が広がらない為にもね」


「あの復讐鬼と化した絶望王子は止まらないぜ」


「いや、必ず俺が止めて見せるさ。だから君の気が変わったらいつでも俺に君が隠している事を言ってくれ。必ずその情報を役立てるからさ」


「お、俺は何も隠してなんかいねえ~よ!」


「そうか、なら今はそういう事にしておこうか。では最後に一つ、近藤君は綾川エリカさんのスマホを見たことはあるのかな」


「ああ、あるぜ。赤いカラーのアップル製のスマホだろ」


「そのスマホ、本人から借りて電話したりしたことはありませんか」


「ねえよ。あいつが人様に自分のスマホを触らせる訳が無いだろう」


「なるほど、よ~く分かりました。ご協力ありがとう御座いました」


 そう言うと勘太郎は近藤正也に深々と頭を下げるのだった。

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