恋しい人 第86話
『葵君、心配かけてごめんね? 姫神君の話ちゃんと聞いたし、ちゃんと謝ってくれたからもう大丈夫だからね』
『お、俺も迷惑かけてごめん……』
「僕の方こそごめんね? そもそもの発端は僕なのに……」
謝らないでと二人に訴えて、自分こそ二人が仲直りしたことを見届けずに帰ってしまってごめんと謝った。二人が仲直りしてくれてよかったと安心したことも伝えた。
すると朋喜と姫神君は気にしすぎだと笑う。僕に非はないとも言ってくれる。
『葵は今家? 声響いてる気がするんだけど、まさか外じゃないよね?』
「ガレージだよ」
『! 何してんの! 早く家入りなよ!』
春でもまだ夜寒いでしょ!? 風邪ひきたいの!?
そう捲し立てる慶史に僕は苦笑いを浮かべながらそんなに寒くないよと伝えた。
でも、伝えた後、自分が今虎君に抱きしめられていることを思い出す。虎君が僕を包み込んでくれているから寒くなかっただけだった。
(慶史にバレたら不機嫌になりそう……。でも、分からないよね……?)
僕は携帯を耳にあてたまま虎君を見上げる。すると虎君は僕を見下ろしていて、目が合うとにっこり笑ってくれて心が温かくなる。大好きな笑顔に頬が緩むのは仕方ない。
甘えるようにその胸に頭を擦り付ければ、髪にキスが落ちてくる。
いつもならチュッと音が聞こえるキス。でも今は音は聞こえない。それはきっと僕が電話中だからだろう。
(二人だけの秘密っぽくてなんかくすぐったいや)
心配事は無くなったし、これで心置きなく甘えられる。なんて、早く二人きりになりたいと思ってしまう自分の欲の強さには失笑を隠せない。
『……もしかして、居るの?』
「え? な、何が?」
音も声も漏れていなかったはず。でも慶史は何かを察したのか、声のトーンを落として不機嫌を露わにする。
僕は反射的に誤魔化そうとするも、声が上擦ってしまった。電話越しから聞こえるのは盛大な溜め息だ。
『居るんだね。あいつが』
『あいつって……。名前を呼んだらダメなあの人かよ』
忌々しいと言わんばかりの声に苦笑い。少し離れたところから悠栖の突っ込みが聞こえて、そういえば最近小説を読んでるって言ってたっけと笑ってしまった。
『煩い。にわかが口挟むな』
『へーい』
「声怖いよ」
悠栖への八つ当たりに心の中で謝りながら、そんなに不機嫌にならないでよとお願いしてみる。
すると慶史はまた大きなため息を吐いて、『さっさと葵を家に入れてください!』って大きな声。
煩すぎて耳を放してしまう僕に虎君は手を重ねてきて、何かと思っていたらそのまま携帯のマイクに向かって口を開いた。
「葵が風邪を引く前にそうさせてもらうよ」
『やっぱり居た』
「できれば今後はあまり葵に心配をかけないでくれよ?」
薄く笑う虎君の笑顔はちょっぴり意地悪な雰囲気を纏っていて凄くセクシー。けど、ドキドキしながらも心が複雑なのは、僕の虎君なのに今この表情をさせたのは僕じゃないから。
別に慶史に向けた笑顔じゃないって分かってるけど、それでもやっぱり慶史に嫉妬しちゃう。
『俺達は葵のことをめちゃくちゃ大事にしてますからご心配なく! なんなら先輩より大事にしてますから!!』
「ははは。随分ユーモアのセンスが磨かれたな、藤原。今のは面白かったぞ」
『声だけで笑うのやめてもらえません? 電話越しでも殺気は伝わりますからね??』
「酷い言われようだな。葵の友達相手に殺意なんて持つわけないだろ?」
『今まさに持ってますよね!? もうホント怖いんですけど!!』
葵電話奪って! 早く!!
頭の上から聞こえる慶史の怒号に僕は苦笑いを浮かべ虎君を見上げる。もういいでしょ? と。
虎君は肩を竦ませると僕から手を放して、再び抱きしめてきた。
僕は虎君の腕の中、慶史にごめんねと謝った。慶史からは『どうして葵が謝るの!』って怒られたけど、僕なりのアピールだから謝らせて欲しい。
(虎君は僕の虎君だもん)
そう。これは虎君の恋人は僕だからっていうアピール。こういうのって何て言うんだっけ? マウントをとる、だっけ?
我ながら心が狭いと思いながらも、誰にも虎君をとられたくないから仕方ないと自分に言い訳をした。
(でもあんまり嫉妬深いと重いって言われそうだし、気を付けよう)
『悪いのはあの人であって葵じゃないからね!? 聞いてる!?』
「聞いてるよ。……そろそろ家に入らないと門限過ぎそうだから切るね?」
『! 分かった。お説教は明日ね』
「うん。分かった。ありがとう、慶史。……みんなもありがとう、また明日ね」
慶史はムッとしながらも引いてくれて、本当、いい友達だ。もちろん悠栖も朋喜もかけがえのない友達。姫神君とはこれからもっと仲良くなりたいな。
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