恋しい人 第84話
「僕、虎君に心配かけてた?」
「ん。いや……、学校で何かあったんだろ?」
眉が下がってしまう僕に虎君は苦笑を漏らし、安心した理由を教えてくれる。学校から出てきた時浮かない表情をしていた。と。
心配かけないようにと取り繕っていたつもりだけど、やっぱり虎君にはお見通しだったようだ。僕は気まずいと思いながらも笑って、隠そうとしていたことを謝った。
「謝らないで。……俺は葵が『幸せだ』って笑えるならそれでいいから。な?」
「うん。ありがとう。虎君は優しいね」
「愛してる人に優しくしたいって思うのは当然のことだよ。……葵が話したいって思う時に話してくれたらいいから」
だから無理に喋ろうとしなくていいよと言ってくれる虎君。僕はつくづく甘やかしてもらっているなと思う。
僕が虎君の立場ならすぐにでも話して欲しいと思うに決まっているのに、虎君は自分よりも僕を優先してくれる。でも、いつも待っているというわけじゃなくて、強引に聞いて欲しいと思っている時はちゃんとそうしてくれるから、本当に僕のことをよく分かっている。
(それもこれも全部僕のことが好きだから、……愛してるから、なんだよね……)
いつも僕のことを考えていてくれるからこそ僕の心が分かるのだろう。僕はまだ虎君の心が分からない時があるから、ちょっぴり悔しいと思ってしまう。僕だって虎君の心が分かるようになりたい。と。
僕は虎君に甘えるように頭を摺り寄せ、話を聞いてくれる? と尋ねた。虎君から返ってくるのはもちろんと言う返事。
「今日ね、姫神君に僕が虎君と付き合ってることとか話したんだ」
「! そっか。……酷い事、言われなかったか?」
「うん、大丈夫。僕は虎君から姫神君の過去を聞いていたから姫神君が本当はどう思っているかちゃんと理解できたよ」
教えてくれてありがとう。
そう笑えば、虎君は笑顔ながらも何処か辛そうな表情を見せた。
きっと僕が姫神君に酷いことを言われたと思ったのだろう。僕は『大丈夫』としか言わなかったから。
(『言われなかったよ』って言えばよかった……)
言い直すことはできるけど、でも今更酷いことは言われていないと言ったところで信じてはもらえないだろう。
僕は自分の短慮さに反省を覚える。でもその一方で、姫姫神君の本心とは別の言葉には確かに傷ついたと素直に認める自分も居て、その葛藤があるから口にできる言葉はやっぱり『大丈夫』しかなかったと思った。
少し考えこんでしまった僕に向けられるのは心配そうな眼差し。僕はハッと我に返り、慌てて笑顔で心配しないでと伝えた。
「ちゃんと最初から説明するから、ね?」
「分かった。……本当に、葵が辛くないならでいいからな?」
言葉にするのも辛いと言うのなら、話せるようになるまで待つと言ってくれる虎君はやっぱり優しい。
めいいっぱい甘やかしてくれる虎君に僕は平気だよと笑い、今日のお昼休みの出来事を話した。
できるだけ姫神君の印象が悪くないように言葉を選んだおかげか、話し終えた僕に虎君は仲違いしなくてよかったと言ってくれた。
僕が姫神君と仲良くなりたいと思っている気持ちを大事にしてくれる言葉は愛に溢れていて、言うことを聞かなかったことに対する憤りは全く感じない。
僕は寄り添ってくれる虎君の手に手を重ね、迎えに来てもらった時に気落ちして見えていたのは朋喜と姫神君が仲直りしたか見届けられなかったからだと伝えた。
「ああ、そうか。俺が迎えに来てたからか……」
「! 虎君は何も悪くないからね? 慶史が大丈夫って言ってるのに気にしてる僕が悪いんだから」
「葵こそ何も悪くないだろ? ……友達が喧嘩していて気にならないわけないよな?」
葵は優しいから気になって当然だよ。
虎君は髪を撫で、僕の良いところだからと言ってくれる。
理解のある恋人に僕は胸がきゅんとしてしまう。優しい笑顔にますます夢中になってしまう。
(抱き着きたいっ……キスしたいよぉ……)
此処がお店じゃなければ迷わず抱き着いてキスしていただろう。僕は手を握り締め、衝動を必死に耐える。
「藤原から連絡来てるかもな」
「! ううん。まだ来てないと思う。慶史のことだから電話してくれると思うし」
こういうことは文字だけだと僕が変な勘違いをするかもしれないと慶史はいつも電話してくれる。だからきっと今回も電話が来るはず。
そう伝えれば、虎君は微妙な顔をして見せた。
(虎君?)
「藤原への態度を改めるって約束したけど、こういう事があるからライバル視するんだよなぁ……」
何か不味いことを言ってしまったのかと眉を下げた僕に気づいたからか、虎君は僕の肩を抱いたまま、嫉妬丸出しで情けないけど……と項垂れる。
もしかしなくても虎君のヤキモチは僕の一番の理解者でありたいと願っているからかもしれない。
虎君は僕の肩に頭を預けて「ごめんな」と謝ってくる。僕は虎君の頭を撫で、「好きなのは虎君だけだよ」って想いを伝えた。
「葵は俺の恋人だって分かってるけど、それでも嫉妬はするよ……」
「! そうだよね。僕も虎君が僕だけって分かっててもやっぱりヤキモチは妬いちゃうもん」
一緒だねって笑ったら虎君は僕を見つめ、「キスしたくなった……」って呟いてくる。僕も同じ気持ちだけど、でもお店の中でキスするのは流石に恥ずかしすぎるから今は我慢してと苦笑い。
「分かってるよ。流石に我慢する。……でも帰ったら暫く放してあげられないから覚悟してといて?」
熱っぽい眼差しは真剣そのもの。囁かれた言葉に僕の頬っぺたは熱くなる。僕が想像するのは、キスの先に待つ大人の階段だ。
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