大切な人 第16話

「お前本当に慶史けいしに嫌われてんなぁ。自業自得だけど」

「反省はしてるつもりなんだけどな」

「『つもり』は『つもり』であって『反省してる』わけじゃねーし!」

「慶史、口調……」

 威嚇する慶史の口調は乱暴なものに変わっていて、放っておけば虎君に殴りかかりそうだ。

 僕は大人しく虎君から離れて、親友の心が落ち着くように宥める言葉を口にする。まぁ僕が宥めているのにいつものように後ろから悠栖ゆずが茶化して煽ってくるんだけど。

「キーキーうるせぇぞ、慶史。なんか親と離れた子ザルみたいだよな?」

「僕を巻き込まないでよ」

「だーまーれー! バカは俺の許可なく喋んな!!」

 ああ。もう。ほら、収拾がつかなくなるじゃない。

 僕は悠栖の余計な一言に人知れず溜め息を漏らしてしまう。

 朋喜ともきは巻き込まれたくないと顔を背けてるし、本当、どうしよう……。

「あ、あの、マモちゃん……」

 とりあえず慶史の宥め役に徹しようと決めた僕を呼ぶのは、凪ちゃんだ。

 どうやら海音君が虎君の傍にいるから僕の方にやってきたみたい。

(慶史じゃないけど、なんでそんなに虎君を苦手視するんだろう?)

 凄く優しい虎君は僕限定みたいだけど、凪ちゃんには優しい虎君だったと思うのに。

「どうしたの? 凪ちゃん」

「シゲちゃん、どこ……? お部屋……?」

 慶史はまだ悠栖と喧嘩してるけど、凪ちゃんの不安な表情に慶史よりも凪ちゃんを優先してあげなくちゃと慶史から手を離す。

 と、ストッパーが外れた慶史はさっそく悠栖と取っ組み合いの喧嘩を繰り広げそうになってるけど、朋喜が何とかしてくれるって信じておこう!

茂斗しげとは僕が怒らせて部屋に篭っちゃったんだ。凪ちゃん、悪いけど呼びに行ってやってくれる?」

(あ、しゃがまなくても視線が近い……。凪ちゃん、身長延びたのかな……)

 前までならしゃがんで合わせていた視線。それなのに今は全く屈んでいないのに凪ちゃんと視線を合わせることができる。

 これは流石にショックだった。

「うんっ。行ってくるね……!」

 結構衝撃的な事実発覚に動揺を隠せない僕だけど、凪ちゃんは早く茂斗に会いたいのか僕のことなど気にせず踵を返してリビングから出て行ってしまった。

 でもまぁ知らない人ばかりの中に極度の人見知りが放り込まれたら逃げたくなるのも無理はないか。って気持ちを切り替える僕。

 凪ちゃんが消えたドアから慶史達を振り返れば、この短時間に何があったのか、床に蹲ってる悠栖とそんな悠栖の腰を心配そうに叩いている朋喜と明らかに『やり過ぎた』と言いたげな顔をしている慶史の姿があって、目が丸くなってしまった。

「え、何。これ、どういう状況なの?」

 目を瞬かせて尋ねるも慶史はどもりながら答えにならない声を返してきて、全然理解できない。

 すると状況を説明してくれたのは海音かいと君だった。

「慶史が勢い余ってそいつに金蹴り喰らわせたんだよ」

「! え!? 嘘!?」

「本当っ! いくら何でも酷すぎるよ!!」

 悠栖はどうやらノーガードで蹴りを喰らったらしい。

 同じ男なら辛さが分かるだろうに信じられない!

 そう怒りを露わにする朋喜に流石に慶史も反省したのか、声を小さくも「ごめん」と素直に謝って見せた。

「悠栖、マジでごめん。生きてるか……?」

「し、死んでる……」

 まだ喋らすな。

 そうジェスチャーで伝えてくる悠栖は痛みのあまり怒りはまだ現れていないようだった。

「……まもる、俺は海音と出て来るよ」

「! え、なんで?」

 悶絶している悠栖を心配していたら、虎君が遠慮がちに僕に告げてくる。

 今からみんなで喋って親睦を深めようと思っているのに、一体どうして?

 困惑する僕だけど、虎君は苦笑を濃くして一度慶史を見ると僕の耳元で理由を口にした。

「このままだと藤原が悪者になりかねないからな」

「! でも―――」

「ごめんな。でも、諸悪の根源と一緒に過ごすのはまだ早いみたいだし、な?」

 葵と一緒に居たいけど、藤原への謝罪として自分ができることをしたいから。

(もうっ! そんなこと言われたら、分かったって言うしかないじゃない!)

 狡い言い方だと思いながら、僕は、僕の友達のために行動してくれる虎君の優しさが本当に大好きだと思った。

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