第228話

まもる……、葵っ」

 自分にしがみついて泣きじゃくる僕に、虎君は僕を抱き締めて泣かないでと言ってくれる。

 それが嬉しくて、僕は泣き止むどころかますます涙してしまって……。

「葵、ごめんっ。ごめんな……。ずっと隠してて、ごめん……。好きになって、本当にごめん……」

 僕を抱き締めて謝ってくる虎君の言葉は、僕が虎君を傷つけたあの日に言った言葉に対するもの。

 でも、あの日の僕は知らなかった。虎君の本当に本当の気持ちを、僕は知らなかった……。

 だから、だから今は―――。

「ヤダ! 謝っちゃヤダっ!! 僕のこと、好きなままでいてっ!! 僕のことだけ好きでいてっ!!」

「! で、でも―――」

「僕、知らなかったのっ! 虎君が僕のことを大切に想ってくれてるって、全然知らなかったのっ」

 困惑する虎君にしがみついたまま、僕は叫ぶように伝えた。虎君は姉さんのことが好きだと思っていた。と、正直に自分の勘違いを伝えた。

 すると虎君は僕を一層強く抱きしめて、切なげにも声を荒げ、「そんなわけないだろっ」って僕の勘違いは本当に勘違いだったんだと教えてくれた……。

「俺にはずっと、ずっと葵だけなんだ。葵だけを愛してるんだ……」

 そう言ってくれる虎君に、泣くなと言う方が無理な話だ。

 僕は虎君に一層強くしがみつくと、僕も同じ気持ちだと伝えた。

「虎君が好きっ、好きなのぉ……。虎君だけなのぉ……」

 想いを伝え、子供のように泣きじゃくってしまう僕。

 虎君はそんな僕を抱き締める腕を緩めると、僕を引き離し、視線を合わせるように両手で頬を包み込んできた。

「葵、本当に……? 『家族』としてじゃなくて、本当に俺を『好き』でいてくれるのか……?」

「好き……、虎君が、好きぃ……大好きぃ……」

 顔を歪ませ、涙ながらに伝えた。虎君が好きだ。と。誰よりも虎君の傍に居たい。と。

「―――っ、ま、もるっ、葵っ」

 再び虎君の腕の中に閉じ込められた僕は、虎君の背中に手を回ししがみつくと、虎君からもちゃんと言葉が欲しいと訴えた。もう二度とこんな苦しい勘違いをしないように、虎君の想いを僕に教えて欲しい。と。

「葵、愛してる。誰よりも、何よりも、葵を愛してる……。葵だけを心から愛してるんだ……」

 望むままに与えられる言葉達。それはどれも干上がっていた僕の心を潤し、満たしてくれるものだった。

 僕は虎君の腕の中、涙に濡れた頬をそのままに虎君を見上げ、目を見て伝えてと我儘を言った。

 虎君は僕と額を小突き合わせると、もう一度『愛してる』と言ってくれた。

 とても切なげに。とても苦し気に。まるで口に出せるほど軽い想いじゃないと言わんばかりに……。

「虎君……。僕も、僕も大好きっ。大好きぃ……」

 信じられない気持ちは、まだ残ってる。

 でも、それでも夢じゃないと、これは現実なのだと思えるのは、虎君が此処にいるから。

 僕を包み込む虎君のぬくもりを、こんなにも傍で感じるから……。

「葵、泣かないで……」

「無理っ……、無理だよ……。こんなに幸せで、泣くなって方が無茶だよぉ……」

 ポロポロ零れる涙に虎君が辛そうな顔をする。

 でも、これは悲しいからの涙じゃない。辛いからの涙じゃない。

 これは、喜びの涙だ。

 虎君に想いが通じて、更に虎君から同じ想いが返されて、こんな幸せなことは他にない。

 だからこんなにも涙が溢れて止まらないんだ。

 そう涙ながらに伝えれば、虎君は「それでも」って言いながら唇を目尻に寄せて涙を拭うように何度も何度もキスを落としてきた。

「葵が泣いてるとどうしていいか分からなくなる……」

「どうもしなくていいから、傍にいて……。ただ、ただ傍にいてくれるだけでいいの……」

 チュッと口づけられる目尻。もう永遠に得られないだろうと思っていた虎君の唇のぬくもりを感じてドキドキする僕は、虎君が一緒に居てくれたらそれだけで涙は止まるからと甘えた。

「葵……」

「虎君……」

 頬に添えられる大きな手。僕はその掌に頬を摺り寄せ、愛しさを噛みしめた。

 僕を見つめる虎君の眼差しに胸が締め付けられ、ドキドキする胸の鼓動を聞きながら目を閉じる。

 何故目を閉じたのか、自分のことだけど分からない。でも、そうすることで虎君をより一層近くに感じられる気がしたんだ……。

 視覚を閉ざした僕の感覚は、それを埋めるために鋭くなる。

 おかげで、見えてはいないけど虎君が僕の頬を包み込んだまま顔を近づけてきたと感じることができた。

(虎君……。虎君、大好き……)

 そう心の中でも想いを告げれば、僕の唇に暖かくて柔らかい何かが触れた。

 それはきっと、虎君の唇だ……。

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