第217話
毎年大晦日は家族で過ごし、年が明けるとみんなで近くの神社に初詣に行って一年の幸せをお祈りしていた。おみくじを引いてその結果に一喜一憂して、笑い合って過ごしていた。
でも、今年はたった一人、真っ暗な部屋で年明けを迎えた。
年明けを迎えるカウントダウンをしようと
人生最悪の年明けを迎えて、今日でもう三日。
僕は食事はおろか水分を取ることも億劫で、我慢できなくなるまで何も口にせずにただひたすら眠って過ごしていた。
(今、何時だろう……。外、暗くなってきたし、夕方、かな……)
瞼を持ち上げてぼんやりと窓を見れば、茜色に染まった空が目に入った。
夕暮れ時の綺麗な空。きっと以前ならグラデーションがかった空に感動して、『誰か』にそれを伝えようと写真を撮ったりしていただろう。
でも、今は驚くほど何も感じなくて、自分の心が死んでしまったのかと思った。
また夜が来て、朝が来て、一日が過ぎていくんだと、そんな当たり前のことを考えて、いつまでこれが続くのかとゾッとした。
最初は僕を心配して一日に何度も様子を見に来ていた慶史達も、朝と夜に僕が命を軽んじる行動を起こしていないか確認するだけになっていた。きっと三人とも僕に呆れ果てているに違いない。
けど、それは当然だと思うから、悲しいとも思わない。
泣いてばかりの僕は三人のアドバイスにも耳を貸さず、全く前に進もうとしないただただ迷惑をかけ続けているだけの存在だ。
慶史達じゃなくても呆れ果てていい加減にしてくれと思うに決まっている。
僕は、全身におもりをつけられたように重くなった身体をゆっくりと起こし、夕闇に侵食される部屋を見渡すようにベッドの上に座ると通知用のLEDがチカチカ点滅している携帯をしばらくぼんやりと眺めた。
無心のまま数十分が過ぎ、漸く携帯に手を伸ばした僕。
使い慣れない携帯のロックを解除すれば、メッセージアプリには僕を心配する母さんからのメッセージと、今後を尋ねる父さんからのメッセージが数件届いていた。
僕はそれらのメッセージを一つ一つ確認するも、返信することなくアプリを閉じて携帯を元の場所に戻した。
そしてそのままごろんとベッドに寝転がると寝返りを打ち、ベッドから離れた慶史の勉強机に視線を送る。
ベッドに寝転んだままでは勉強机の上は確認できない。でも、そこに何が置いてあるか知っている僕は、何度も何度も蘇る胸の痛みを覚え、目頭を熱くした。
慶史の勉強机の上には僕の携帯が置いてある。それは今触っていた携帯とは違い、以前から持っているもの。一週間以上電源を切ったままの、僕の携帯……。
今触っていた携帯は、大晦日に僕を迎えに来た父さんと母さんが置いて行ったもの。家には帰りたくないと我儘を言った僕に、連絡が取れない状態で放っておくことはできないって強い口調で言ってきた父さんが最大限の譲歩として押し付けてきたものだ。
渡された携帯には父さんと母さんの連絡先だけが登録されていて、他の誰にも番号を知られいない携帯だった。父さんと母さんは、僕が絶対に帰らないと頑なに拒むことを見越していたみたいだ。
寮父さんに何度も頭を下げて僕の意思を尊重してくれた父さんと母さんは、慶史達にも頭を下げ、僕の面倒を頼んで帰って行った。
あれからたった四日しか経っていないはずなのに、母さんから届いたメッセージの件数は100通に届きそうだった。
毎回僕の様子を尋ね、心配しているという文面を書き綴っている母さんの心境を考えると、流石に落ち込む。
でも、それでも僕はどうしても一日に一回、返事をすることが精一杯だった。
(だって父さんも母さんも知ってるんだよね……?)
僕が何故家に帰りたくないのか。僕が何故こんな塞ぎ込んでいるのか。二人はもう知っているのだろう。
父さんと母さんはあの日から一度も尋ねてこなかった。不自然なまでに話題に出さなかった。いつもなら絶対に出てくるだろう名前が、一度も出てこなかった……。
(虎君、姉さんと上手くいってるのかな……)
目を閉じ、思うのは大好きな人の幸せ。
でもそれは穏やかな気持ちで願うモノではなくて、苦しくて心臓が痛くて拒絶したいほどの悲しみを纏った想いだった。
上手くいかなければいいのに。
別れちゃえばいいのに。
そう願ってしまう自分の醜さが、どうしても止められなかった。
(僕は汚い……こんなにも、汚くて嫌な人間だったんだ……)
自分が綺麗な存在だなんて思っていたわけじゃない。
でも、人の不幸を願う卑しい人間ではないと思っていたのに、そうじゃなかった。
僕はずっとずっと、虎君の想いを知った日からずっと、虎君の不幸を願ってしまっている。
一番大好きな人なのに、一番大切な人なのに、その人の幸せを願うことがどうしてもできないでいる。
知りたくなかった自分の本性は、僕がなりたくないと思っていた人間そのものだった。
(こんな僕のことなんて誰も好きになってくれない。僕も必要としてくれない……)
僕の本性を知れば、みんな僕から離れていくに決まってる。家族も友達も、みんな、みんないなくなってしまう。
だから、僕は知りたくなかったと震える唇から息を吐き、鼻をつんざく熱いものにギュっと目を閉じた。
毎日、本当に毎日泣き続けているのに、涙は枯れるどころかまだまだ溢れてきて、泣いた分だけ心が干上がっているようだった。
(僕の弱虫っ……)
辛くて悲しくて苦しくて、死にたいと毎日思ってる。
それなのに僕は自殺を試みるどころか身体を傷つけることすら怖くてできなかった。
死にたいはずなのに、消えてしまいたいはずなのに、それでも生きることにしがみついている自分の心はみっともなくて、今もなお僕を出口のない苦しみに閉じ込めてしまう。
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