第216話

「うぅ! 寒い寒い寒いっ! 死ぬ! マジで死ぬ!!」

「死ぬなら静かに死んでくれない? 今のまま死なれたら、死んだ後も煩そうだし」

「うるせーな! いちいち突っ込んでくんなよ! つーか、慶史けいしはなんでそんな平気なんだよ!? 寒くなったのか!?」

 ワイワイ騒ぎながら管理人室に入ってきた慶史と悠栖ゆず

 上着もなく今まで外にいたのかと驚く僕を他所に、朋喜ともきは立ち上がると二人に歩み寄って「どうだった?」と恐らく虎君の様子を尋ねているだろう質問を投げかけた。

 寒いに決まってるでしょ! とか、全然寒そうに見えねぇーよ! とか、まだ言い合いを続けていた二人は朋喜の問いかけにピタリと言い合いを止め、視線を合わせると息ピッタリに肩を竦めて見せた。

「ダメだね。あれはもう無理だと思う」

「俺らの声なんて全く耳に入ってねー感じだった」

 よほどショックなことがあったんだろうと言葉を続ける二人。

 でもそれ、凄くわざとらしいからね?

 チラッとこちらを見てくる視線は、正直苛立ちすら覚える。

 僕は顰め面でそっぽを向くと、何を言われても騙されないんだからと口を噤んだ。

「目的は果たしたの?」

「無理。無抵抗の相手を殴れるほど俺、腐ってないから」

「俺も。思いっきり右で蹴り入れてやろうって思ってたけど、そんな気力も削がれたわ」

 だから、わざとらしいってば! どうせ虎君に避けられたんでしょ?

「そんなに? まさか事情とか全然知らない感じなの?」

「そうだったみたい。こっちは茂斗しげとが話してるって思ってたのに、とんだ誤算だよ」

「えぇ……。じゃあ、もしかしてまだ何も知らないの?」

「一応話したよ。でも全く聞こえてないだろうね。あれは」

「まさに抜け殻って感じだったよな」

 虎君の様子を声を大きく話す三人。

 でも、僕は騙されたりしない。

 確かに僕は虎君を傷つけてしまったけど、呆然自失になるほどのことじゃないはず。姉さんに同じことを言われたら、そうなってもおかしくないとは思うけど……。

(あ、ダメだ……。せっかく怒る気力が戻って来てたのに……)

 自分で考えて自分でダメージを受けるとか、僕って本当に馬鹿だ。

 僕は唇を噛みしめ、再び頭の中を巡る虎君と姉さんの姿を必死に追い払おうと試みた。

「でもそんな状態の人、どうしたの? まさか放置したとか言わないでよ?」

「そんなわけないでしょ? ちゃーんと門のところまで送り届けてやったし、優しい俺に感謝してもらいたいよ」

「『門のところまで』って……それ、ダメじゃない? 家までとは言わないけど、せめてバスに乗せるとかしとかないと……」

 門までってことはつまりクライストの敷地外までってことでしょ?

 朋喜は、真冬の寒空の下周辺にコンビニも何もない場所にそんな人を置き去りにしたら死んじゃうよ!? なんていっそう大きな声を上げる。

(うるさいっ……)

「平気平気。敷地外だし、凍死体が見つかっても問題にならないって!」

「! 慶史君!」

「朋喜朋喜、冗談だって。それぐらい分かるだろ?」

「分かってるけど! でも慶史君ならやりかねないって悠栖も思うでしょ!?」

 お願いだからもうやめてよ。三人の魂胆は分かってるんだから。

 何を言われても、僕は信じないから。

「信用ないなー。ちゃんと門の前で待ってた茂斗に引き渡したから安心してよ」

「! え? 茂斗君も来てたの!?」

「来てた来てた。ついでに茂斗もまさかこんな展開になるなんて思ってなかったからめちゃくちゃ慌ててたよ」

「だよなー。でも、当然っちゃ当然じゃね? マモがどえらい誤解してることも改めて説明してたけど、あの声も聞こえてねぇーだろ?」

「たぶんね」

 続けられる茶番劇。

 僕はとうとう耐え切れなくなって、ふつふつと湧き上がる怒りを理性でなんとか押さえながらテーブルを叩いて立ち上がった。

「! まもる、今の話聞いて―――」

「僕のことはもう放っておいてよ!!」

 立ち上がった僕を見て、慶史が今の話を聞いていたかと尋ねてくる。

 あんな大きな声で喋っておきながらわざとらしすぎる質問。僕は怒りを抑えられず、三人に怒りをぶつけて管理人室を飛び出した。

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