第193話

 僕が虎君を想って泣く度、朋喜ともき達は僕を慰め、何とか笑わせようと精一杯のことをしてくれた。

 本当はもっと楽しくて笑いに満ちたクリスマスパーティーだっただろうにと僕が気を病めば、僕の罪悪感が吹き飛ぶぐらい楽しませてくれた。

 かけがえのない親友達に、僕は感謝してもし足りなかった。

 パーティーの二日目が終わろうとしている深夜、慶史けいしのベッドを占領して眠りこけている悠栖ゆずと空きベッドに身を寄せて眠っている朋喜と慶史の姿を床に敷いた布団の上で見渡す僕は、三人を起こさないように今の時間を確認するために携帯に手を伸ばした。

(日付、変わっちゃってる……)

 クリスマス・イブからクリスマスに変わった日付。画面の上部には未読メッセージを表すアイコン。

 クリスマス・イブだと騒ぐ悠栖達の笑い声を聞きながら横になってから四時間以上経っている現実に、時の流れがあまりにも早いと感じてしまう。

(パーティーの途中で寝ちゃうとか、ダメだなぁ、僕)

 盛り上がっていただろうパーティーに水を差してしまったことは夜が明けたら謝ろう。

 きっと慶史と悠栖は茶化してくるだろうな。なんて考えながら、二日間碌に寝れてないんだから仕方ないと言い訳しようと一人笑った。

 でも、笑い顔はすぐに消えてしまう。

 優しい三人が眠っている今、自分一人の空間で僕が考えることなんてたった一つしかない……。

(虎君から連絡来てるかな……)

 握り締めた携帯のディスプレイから光が消え、真っ暗になった携帯の画面を眺めたまま、二日間碌に確認していない携帯に溜まったメッセージには虎君からのメッセージもあるのかな……と淡い期待を抱いてしまう。

 でも、もしも連絡が入っていなかったら? と考えたら怖くてメッセージを確認する気にはなれなかった。

 いや、きっとメッセージは何度か届いているはず。僕の知っている虎君は、そういう人だから。

 なら何が怖いのか。僕は目を背け続けている恐怖と向き合うように目を閉じた。

(ねぇ虎君……。僕のこと、心配してくれてる……? それとも、姉さんの心配で忙しい……?)

 メッセージを確認すればすべてわかること。

 でも勇気のない僕は確認することができず、不安な心が生む想像に心臓が締め付けられる思いをする。

(虎君……。……会いたいよ……)

 携帯を握り締め、想いが届いてほしいと願いを込めて額に押し当てる。

 虎君に会いたくて、本当に、本当に会いたくて、ただ会いたくて……。

(我儘だって分かってるけど、姉さんと付き合うのはもう少し待って欲しい……。僕が二人に『よかったね』って言えるようになるまで―――、ううん、僕が二人の姿を見ても泣かないようになるまで……)

 大好きな虎君。大好きな姉さん。

 二人には絶対に幸せになって欲しいのに、二人で幸せなって欲しいと思えない自分。

 僕を大切にしてくれる二人の想いに対する明らかな裏切りとも言える心に、この二日間で僕は何も変わっていないと声を殺して涙を零した。

(違う……。変わってないわけじゃない……。僕はこの二日間でもっとずっと醜いことを考えるようになってる……)

 綺麗事を並べて自分を偽っても、本心はずっと僕の傍にいる。

 見ないようにと目を背けても、本当の心はジッと僕を見つめて逃がしてはくれない。

 僕は、……僕はいつか二人を傷つける言葉を口にしてしまいそうで、怖い……。

「……眠れないの……?」

「! け、いし……」

 頑張って声を殺していたから眠っている皆には気づかれるわけがないと思っていた僕を驚かせるのは、横になったまま僕を見つめている慶史の眼差し。

 さっきまで閉ざされていたはずの瞳は真っ直ぐ僕に向けられていて、どうして起きているんだと狼狽えてしまう。

 慶史はそんな僕の行動を予測してか、人差し指で『静かに』と合図を送ってきた。

 僕は自身の口を手で塞いで何度も頷いて見せた。

 すると、慶史は朋喜を起こさないように気を付けながらベッドを降りて、そのまま僕の手首を掴むと何も言わず引っ張り起こしてきた。

(慶史……?)

 僕が立ち上がったと確認するや否や、慶史はそのまま足音を殺して部屋のドアへと歩いてゆく。

 手首を掴まれたままの僕は当然それに引き摺られるようについて歩くしかなくて、足音を殺して歩くのに苦労した。

「け、慶史……」

 部屋を後にして廊下に出れば、暖房の効いていない空間は寒くて身体が震えた。

 さっきまで暖かかった部屋でちょうどよかった服のままでは風邪を引きそうな寮の共有ゾーンを歩く慶史に戸惑いの声を掛ければ、静かな声で「もうちょっと待って」と短い声が返ってきた。

 どうやら目的地があるみたいだと察した僕は、大人しく慶史に手を引かれるがまま後をついて歩く。

 ふと廊下の窓の外へと目をやれば澄んだ冬の夜空に瞬く星が沢山見えて、一瞬だけ現実を忘れられた……。

(そっか……。此処は標高が高いし、周りに他の光が無いから家よりもずっと沢山星が見られるんだ……)

 あまりにも綺麗なその輝き。

 目を細めてその幻想的な空間に見入る僕は、憐れなほど純粋に考えていた。

(虎君に見せてあげたいな……)

 と。

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