第169話
しがみついて泣く僕を抱き締めてくれる虎君の腕が愛しくて、この腕が僕のものになればいいのにと呆れるほど強く願ってしまう。
「うぅ……、とら、くんっ……、とらくん……」
「
虎君は切ない声で何度も謝ってくる。葵が泣いてるとどうしていいか分からなくなる……。って喉奥から絞り出したような辛そうな声に、僕は虎君の胸に顔を埋めたままいやいやと首を振ってぎゅっと抱きついた。
(離れたくない。離れたくないよぉ……)
今だけ『弟』としてじゃなくただの『葵』として抱きしめて欲しい。
浅はかな望みだと分かっているけど、どうしても『想い』を止める事が出来なかった。
「とらくっ、うぅ……、とらくぅ……」
「葵、お願い。泣かないで……。もう二度と怖がらせるような事はしないから、お願いだから……」
「ちがっ、ちがうのぉ……。怖いんじゃ、ないのぉ……」
辛そうな声と言葉は、泣きじゃくる僕を傷つけ怖がらせたと思っているから。
でも僕が今泣いている理由は全然違う理由だから、抱きついたまましゃっくり混じりでそれを伝えた。
「とらくん、と、らくんっ、だいすき、……だいすきぃ……」
嬉しいから、幸せだから泣いてるんだよ。
そう伝えたかったのに、唇から零れたのは僕の『想い』そのもので、一度口から出た『想い』は止め処なく溢れてしまって、虎君の名前を呼んではただひたすらに『大好き』だと想いを伝えた。
僕の告白に、僕を抱きしめる虎君の腕から力が抜ける。拒絶を恐れた僕は引き離されることを拒むようにより一層強く抱きついてしまった。
(ヤダっ……、やだ、虎君、行かないで……)
一縷の望みにすがり付くようにしがみつく僕。すると次の瞬間、背骨が折れてしまいそうなほど強く抱き締められた……。
「―――っ、お、れも、……俺も、葵が大好きだよっ……」
「!!」
必死に声を絞り出したような虎君の声は、僕の思考を止めてしまう。
抱きしめてくれる腕からも伝わってくる虎君の『想い』は、僕と同じものだと、今言われた気がした。
信じられなくて顔を上げれば、顔を歪め僕を見下ろす虎君と目が合った。
「葵……、大好きだよ……。本当に、本当に大好きだよ……」
こつん、と額が触れあう。
もう一度『想い』を伝えてくれる虎君は、とても苦しそうで辛そうだった。
(どうしてそんな顔してるの……?)
言葉にする度に傷ついているような虎君。
僕は苦しそうな虎君の頬に手を伸ばし、今度はちゃんと口に出して尋ねた。どうしてそんな顔をするの? と。
「葵が大切なんだ。……本当に、何よりも大事なんだ……」
頬に触れる僕の指先。
虎君は僕の手を握りしめると、そのまま指先へと口づけて見せた。
「! と、とらくん……」
指先へのキスなんて初めてで、目が回りそうなほどドキドキしてしまう。
虎君はそのまま僕の掌にキスをして、そして唇を滑らせ手首に触れる。僕に触れる虎君の唇は薄く開いてとてもセクシーだった……。
ものすごい速さで鼓動する心臓の音は、僕から他の音を奪ってしまう。
ドクドクと脈打つ命の音を聞きながら、僕は虎君から目が離せない……。
息をすることを忘れそうなほどただただ僕にキスを落とす虎君を見つめていれば、虎君は僕を好きだと言いながら薄く開いた唇で僕の手首に歯をたてる。
じゃれつく仔犬の甘噛みのようなくすぐったさと痛み。そして、恋人同士のような甘さ。
僕はその妖艶な雰囲気に息がうまくできなくなる。
「と、とらくん、だめっ……」
知らない世界を垣間見た気がして、目が回る。
目は開いているはずなのに、虎君の顔すらぼやけてしまう。
(なにこれ。なにこれぇ……)
限界を超えて、倒れそうになる。
でも、僕が倒れる前に虎君はもう一度僕に手首に唇を寄せると、ちゅっと甘ったるい音を響かせキスを落とし、再び僕を抱き締めてきた……。
「こんなところでごめん……」
周囲は他の事に夢中だろうけど、こんなにたくさん人がいる場所でしていいことじゃなかった。
そう謝ってくる虎君の腕の中、僕はもう一度虎君の背中に手をまわして抱きつき返すと、『嬉しかった』と伝えるように首を振った。
言葉として口に出すのは流石に恥ずかしすぎて無理だけど、でも虎君にはちゃんと想いは伝わったみたい。
虎君は何も言わず、ただ力一杯抱き締めてくれたから……。
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